魔法は万能ではないのですよ
翌日、早朝から私はベアちゃんとイブレア村を出発した。
夜明け前の薄暗い時間の出発だ。
私の服装は農家の娘のままだったけど、旅装を整え猫耳と尻尾が隠れるように帽子とスカート丈の調整をした。装備は剣とマジックバッグのみ。一方ベアちゃんは騎士服で帯刀、マジックバックはコンパクトなものを持っていた。
徒歩での移動は時間がかかるけれど、最寄りの村まで15kmほどある。
3時間すこしの徒歩。
ベアちゃんと私は予定よりも早く村に着いた。
駅馬車を探し、待合所のベンチに腰を掛けた。
駅馬車の待合は村の入り口付近にあった。
馬小屋を併設して目立つ建物だ。
「日本ならクルマですぐに移動できたのに」
ぼそっとつぶやくと、ベアちゃんが頷いた。
「そうだな。というかスマホで本部に状況を知らせるとか、むしろ移動しなくてもいいんじゃないか説?」
「うん、説ある」
スマホはおろか、電話もないし。
こっちの世界で14年も過ごしたから、むしろアナログで時間がかかる感覚に慣れていたけれど、不測の事態が発生すると大変だ。
「ま、これでも駅ごとに馬を繋ぎ変えるからスピードは出るんだけど」
ベアちゃんは駅馬車のシステムを説明してくれた。
ここは寄合馬車のステーション兼、チャーター便の駅馬車の発着場。
いずれも疲れた馬を繋ぎ変えることでスピードを落とさずに運行できる。なので、行きに二日かかった道のりを、その日のうちに戻ることが出来る。
朝一で申し込んだ駅馬車に乗り込み、オルビアを目指した。
日はだいぶ上っているけれど、時間はまだ午前。オルビアまでに2回、馬を繋ぎ変える。
そうすることで、お昼にはオルビアに到着する。
「クルタス王国の軍事、政治関係者を優先して運ぶ駅馬車だからね。ちなみにギルドの重要書類も一緒に運んでいる。情報の大切さは前世で良く知っているから。私が議会に申請した」
そうか。それでベアちゃんはプーラ村の事件を知っていたのか。
「でも、私はもっと早く移動したい。いちいち駅馬車のステーションに出向かなければならないのも面倒だ」
馬車の中には私とベアちゃんだけ。チャーター便だから当然かと思いきや、いちおう6人のり馬車だから、申し込みが重なれば相席になるんだそうだ。
そしてそれとは別に定期便もあって、料金が違ってくるとのこと。
そっちは一日一往復でオルビアから王都間の定期乗合馬車のルート、オルビアから地方都市を結ぶ便は5日かけて一周しているルートの二つがあるとのことだ。
「その一周便は右回りと左回りを同時運行しているから、週に二回は地方からオルビア、王都間を移動できるよ」
アロンザたちがサンテレナから乗ってきたのもこの駅馬車だった。定期周回便の左回り。
それなりに速いとはいえ、移動速度はせいぜい時速15キロというところ。
道の悪いところでは揺れるけれど、良くできたサスペンションを備えることもあり、どっちかというとのんびりかな。少し速めのママチャリぐらいのスピード。
「サーラ、将来、私は魔導機関で馬無し馬車を走らせるよ。サーラならわかるよね?」
「つまり、バス?エンジンの代わりに魔導機関を積むって事?」
「そうだ。既に船は魔導機関船が主流になりつつある。外国では魔導機関車も走っている。もっともレールの上を走る列車だけど」
「そうだねえ。魔導機関を馬車の車体に積み込んでも、まともな舵取り装置が無いから、あっという間に大事故だもんね」
「そうなんだ。バスを運行する技術的な難関はエンジンじゃなかった。舗装状況の悪い道路を安全に運行できる頑丈さと、衝撃を和らげつつ運転手の意思を的確に伝える舵取り装置がついた車体、それが一番難しかったんだ」
日本の路線バスの四つのタイヤが、木製で金属の輪っかが嵌っているようなものだったらどうなるか?曲がらないし停まらないことは想像できるだろう?
車体も鉄製の板を高度に合理的に加工して軽量化を図った現代のバスに比べ、馬車というのは木製で強度が低い。そんなものでスピードを出したら、走行中の振動で車体が壊れてしまいかねないだろう。
「確かにねえ・・・言われてみれば魔導機関より車体の方が難しいかもね。モノコックボディーっていうけど、品質の高い鉄板なんて無いし、それを加工するプレス機もないもん」
「そうなんだ。船はなんとかなるんだがな。船体自体に可動部品は少ないし、帆船時代も長かったから技術の蓄積もある。鉄で出来た大型船は開発されたばかりだけれど、木造船の建造技術は高く、帆船から魔導船に改造されるケースも少なくはない。一方で馬車の進化は遅い。馬で引く以外に方法論が無かったから、車輪や車体に関する研究が進まなかったんだ。第一に空気入りのゴムタイヤが存在していない」
私の記憶に自動車の歴史というものがある。どうやら前世の私は自動車産業での就業経験か、マニアレベルの知識のどっちかがあったらしい。
なんでその知識があるのか思い出せなくてもやもやするけど・・・
「前世での自動車も、一番最初は馬無し馬車って呼ばれたんだ。文字通り、馬車に蒸気機関を搭載したんだけど、交通事故第一号の勲章も貰ったことで有名だよ。ブレーキとハンドルがあまりにもひどくて事故を起こしたんだ」
「まさにその状態だよ。私も最初は馬車に魔導機関を載せればスピードが出せて、馬を休める必要もなくて速いだろうと思って、技術者にそう伝えたんだけどね。普通に馬の代わりに車輪の着いた魔導機関を繋いだものを作って来たんだよ。馬以下のスピードしか出なかった上に、曲がれなかったんだ」
なんとなくわかるよ。
馬車しか知らない人は、馬の代わりに馬車を引く牽引装置を考えるよね。
でも、知っての通り、自動車っていうのはそうじゃない。前輪で舵を取り、後輪で推進力を得るのが最も理にかなった構造だ。
最も前世日本での乗用車はスペース効率重視の設計と技術の進化によって、前輪を駆動しつつ舵も行うFF方式の自動車が大半を占めていた。けど、この方式は前輪側に駆動用シャフトと車輪の向きを変えても駆動力がスムーズに伝わるためのギア装置、それとサスペンション装置の3つの要素を備えなくてはならないし、前提として左右の回転差を吸収するディファレンシャルを備えないといけない。
構造が複雑過ぎる。
馬車しか作れない技術で製作できるわけがないんだよ。
ちなみに基本系の電車の台車もディファレンシャルは備えていない。車輪を円錐にすることで、せりあがって直径が増すことで左右の回転差と同調させているのだ。
それに現代のバスも、前輪は舵、後輪は駆動で、エンジン自体も後輪の後ろにある。床の高さを下げたり、全長に対して乗車人数を増やせるメリットがあるからなんだけど、馬車の設計からすれば何もかも常識の範囲外なんだろうなあ、と思うよ。
それとモノコックボディーの問題。
普通乗用車なんかは、モノコック構造で作られている。これは虫みたいに外骨格構造のことで、外殻が強度を受け持っている。これは飛行機の設計から派生した技術なので、クルタス王国はじめ、こちらの世界には発想自体が存在していないはず。
バスは、窓面積を大きくしたり、ドア面積を広く取りたかったりするので、スケルトン構造で設計するらしいけど、要するにこれは鳥かごみたいなものだ。曲げた細い棒の組み合わせで強度を出していく方法だ。
つまり、前世の自動車って飛行機の技術の応用だったり、多くの他分野での技術が転用されて設計されている。
馬車が基本にあるわけではないんだよね。
どっちかというと自転車の方が自動車のもとになっているかもしんない。
「自動車を活用するには道路の整備も必要だし、先は長いね。前世の世界では蒸気機関車からガソリン自動車までは80年かかっているよ」
「80年かあ・・・」
ベアちゃんがため息をついた。
「ベアちゃんのためなら、私の知識は提供するよ。車体設計の知識あるよ。魔導自動車作り、協力するよ」
「ほんと?ぜひお願いするよ。バス設計チートで開発期間を短縮だ」
とはいってもね、そんなに簡単に開発は進まないと思うよ。技術っていうのは一分野だけで完結してることはまずないからね。チート知識があっても、実際に作り上げるには数多くの難関があるのだよ。
20世紀のレーシングカーなんかは、コストの問題で鉄パイプで鳥かご状にフレームを作っていたけど、こっちの世界には、そもそも鉄パイプが存在していないからね。車体設計の前提条件が揃っていない可能性が高いよ。
それはたぶん、イブレア村の泥ゾンビ発生装置も同じことだと思う。あれだって完成品ではないのだろう。ぶっちゃけ、イブレアに設置した関係者がいなかったのも気になる。費用だけは大金が掛かってそうだし、放置してるのは変だ。
クルタス王国の魔導具の常識からすれば、インフェルノでさえ燃やせない魔石を、どうやって粉末状に加工したのかだって謎なんだよ。
それに粉末魔石が無機物の核となって人型のゾンビを形作るというのも非常識レベルの技術なんだ。
そのうえ、何を目的に開発したのかも謎。
制御の効かない魔物の大軍を、しかも人型の魔物を大量に作り出す意味って?
謎は深まるばかりだよ。




