農夫と魔法
イブレア村へ続く道を辿れば、街道へと着く。
「よく見れば街道にも馬車の轍がある。私達の馬車以外にも、ほら、何本もある」
「本当だ。イブレアから西へ向かってるね」
「ああ。これを辿れば敵の本拠地だな」
とはいえ、ここは幹線道路だ。私は知っている。一日に何台もの馬車が通過していることを。イブレア村に繋がる道についていた轍と、幹線道路に残された轍が同じものであるとは言えなかった。
けれどベアちゃんは首を振った。
「イブレアからの道には左折する轍が多く残っていた。幹線道路を左へ向かったことは確かだ。それさえわかれば、次に分岐するポイントを探せばいいだけだ。私の推測では、そう遠くないはず」
ベアちゃんは再び歩き出した。私も後を追う。
ベアちゃんは騎士服を着ていて剣も装備していた。
後ろを歩く私は農作業姿に剣を帯刀しているという変な格好だ。でもまあ、ありえない格好でもない。昨今は農夫だからといって武装しないってわけじゃないからね。魔物や盗賊対策が半ば常識になっている世界だから。
幹線道路は灌木に囲まれて続いている。
そんなに先まで見通せるわけではない。
こういう道は盗賊にとっては隠れ場所が多くて都合がいい、とお父さんが言っていたな。
「誰か来るな」
ベアちゃんが言った方を見れば、農夫のような姿をした男が二人、歩いてきた。
「近くに村は無かったよな?」
ベアちゃんが尋ねるので、私はうなずく。
「馬車で2時間くらい行ったところに小さな町があるだけ」
とはいっても、農夫が歩いているからといっておかしなところはない。
声が届くところまでやってきて、ベアちゃんが声をかけた。
「やあ、こんにちわ。私はオルビア冒険者ギルド長、ベアトリーチェ・ディ・オルビアだ。ちょっと尋ねたいことがある」
農夫のような男たちはお互いの顔を見ると、一人が鷹揚に答えた。
「我は近くの村から来た。聞きたいこととは何だ?」
「いや、大したことではない。イブレア村のことだ。半年ほど前に魔物に襲われて壊滅した。こんなところでお前たちは何をしているのかと思ってな」
「我々は近くの村の農夫だ。イブレア村の様子を定期的に見回っている。オルビア騎士団から頼まれている。何か異変があったら知らせるように、とのことだ」
「そうか。それはご苦労だった。私はオルビアから来た。騎士団とも話をしている。お前たちのことは聞いていないが、オルビア騎士団の誰から頼まれたのかな?」
「それは、その・・・名前は聞いていない」
「報告するときはどうするのだ?」
明らかに動揺した二人は目が泳ぎ始めた。
「む、村の村長が知っていて・・・」
「そうか。ではイブレア村の見回りは不要だ。私たちはイブレアから来たのだからな。代わりに私たちが村長に報告しよう。君たちの村へ案内を頼めるかな?」
農夫姿の二人は顔を見合わせた。すると一人が言った。
「わかった、案内しよう」
そう言いながら、近づいてきた。私はぼんやりと何処の村人なのだろうと思っていた。
「サーラ、あぶない!」
突然ベアちゃんに突き飛ばされた。その目の前をソードのきらめきが通り過ぎた。
「ぐえっ」
何かを切り裂く音がして、村人の一人がソードを握りしめたまま倒れた。
「サーラ、油断しすぎ」
もう一人の村人は握っていたソードを投げ出して両手を挙げた。
「抵抗しない!抵抗しないから命ばかりはお助けください」
「サーラ、剣を回収して。それから、倒れている方に回復魔法を」
「あ、うん。はい、わかった」
私はあたふたと剣を回収して、倒れている村人Aのそばに座る。肩から腕にかけてベアちゃんの剣を受けた傷があった。
「大丈夫ですか?」
「ちくしょう、なんで不意打ちが効かねえんだ」
ベアちゃんがため息をついて答えた。
「いや、最初から殺気がだだ漏れだったし」
殺気、かあ・・・私にはまだ見えないんだよなあ・・・魔物の気配ならわかるんだけど。人の気配とか殺気とかはわからない。
今度、ベアちゃんに教えてもらおう、殺気の感じ方。
村人Aの怪我は浅く、私の初級の回復魔法で応急処置を行った。
あ、うん。回復魔法もお父さんから教わったからね。
怪我や病気を治癒する多種多様な回復魔法があるのだけど、初級では魔素のコントロールによる消毒、傷口を塞ぐ程度の治癒を行う。
ちなみに風邪なんかの病気の場合も、初級回復魔法は有効。
前世の記憶で補完した知識で説明すると、たぶん雑菌や病原菌を魔素によって殺しているんだと思う。
加えて治癒能力の加速によって傷口を塞いだり、風邪の症状である喉の腫れなんかを治癒する。
中級以上の回復魔法は詠唱も難しいし、覚えてない。
詠唱が書いてある本とかあれば出来るかもだけどね。
「初級回復魔法です。激しく動いたら傷口、また開きますからね。おとなしくしててくださいね?」
言ってみれば、病院で傷口を縫ったみたいな程度?中級魔法では怪我自体を治癒してしまうんだけどね。初級は、まあ、手当ぐらいの能力だよ。




