ベアトリーチェ
オルランドも、アデルモも肩を落としていた。
あたりを、沈痛な空気が包み込んでいた。
「ん?誰が死んだって?」
え?
びっくりして顔を上げると、そこにベアちゃんが立っていた。
煤汚れて、顔といい、体といい泥だらけだったが、確かにそこに立っていた。
「幽霊?」
「ば、バカ、サーラ。生きてるよ。ほら、足もあるだろう?」
日本人にしかわからないセリフで生存を主張するベアちゃんは、汚れてはいるけれど無事だった。
「え?なんで?広場、いなかった。道、いなかった」
「うん、隠れたから。インフェルノで殲滅したんだけど、どうにも脱出できそうな気配がしなくてな。洞窟に逃げ込んだんだ。確かに、そっちからもゾンビどもは湧きだしていたんだけどな、朝まで隠れらえればワンチャンあると思って」
ワンチャンって・・・ほら、アデルモもオルランドも、ジャンニさんだってポカンとしてるよ。
「まあ、立ち話もなんだ。とっとと帰ろう。教会へ戻って、風呂に入りたい。洞窟の隙間は狭くてな、しかも雨上がりで泥だらけだったんだ」
ベアちゃんは、頭をかきながら、それから何かにおびえるように辺りを見回しながら消え入るような声で話していた。
「ギルドマスター、 ご無事で・・・何よりでした」
涙をぬぐってジャンニがベアちゃんに駆け寄った。
ベアちゃんは頷くと、その手を取った。
それから、大きく息を吸い込むと、しっかりとした声で言った。
「とにかく、まずは情報の整理。休息と体制の立て直しだ」
教会へ戻ってきたころには夜はすっかり明けていた。
夜半まで降り続いた雨が、教会の屋根に光っていた。
しっかりと鎧戸で閉ざされた窓に、頑丈な正面入り口。
改めてみると、教会の作りは堅牢だった。
それに、調べたことは無かったけれど、耐魔法レンガの感じがする。
ギルド本部やオルビアで見たような重要な建物に使われているレンガと同じような感じがする。
こんな田舎の村にあるには立派すぎるかも。
「ノルベルトさん、開けてください」
ベアちゃんが扉の大きなノッカーで合図する。
しばらくして、扉の中で大きな閂を外す音がして、ゆっくりと扉が開かれた。
「ご無事で、なによりです」
泥だらけのベアちゃんと、農作業服の私を順番に見て怪訝な顔をしていたけれど、すぐに建物中へ案内してくれた。
1時間後くらい。
行動食のパンや干し肉で作った朝食に、教会に残されていたコーヒー。
全員がテーブルについたことを確認して、ベアちゃんが口を開いた。
「まずは状況を説明したい。何が起きたのか、情報を整理する」
オルランドも頷く。
「ああ、そうしてくれ」
ジャンニさんもベアちゃんをまっすぐに見ながら難しい顔をしていた。
「ギルドマスター、あなたが強い騎士なのは知っておりますが、今回ばかりは油断が過ぎましたよ」
ベアちゃんは頭を掻いて目をそらした。
「すまん。ちょっと調子に乗っていた。反省している」
まだ濡れたグリーンの髪をポニーテールに縛っただけ。ベアちゃんはコギナス湖で着ていた、ゆるふわの薄手の白いシャツに、短パン姿。
泥だらけだったベアちゃんはシャワーを使い、その間に私はベアちゃんの騎士服を洗濯して水切り、裏庭に干しておいた。
私もシャワーを使い、着替えをした。
予備のワンピース。夏服の半袖だ。飾り気のない生成りのものだ。いつもの黒い帽子、黒いロングスカートの予備は・・・持ってない。
長めのスカート丈でハイウエスト。つまり尻尾対策のデザインではあるのだけど、本当に生地が薄くて戦闘にはまったく向かないので、主に夜用で持ってきていた。帽子も予備はない。
ジャンニさんには、既に見られているし、今更隠す理由もないけれど。
一方でジャンニさん、アデルモ、オルランドは戦闘服だ。ノルベルトさんは旅装。女子二人だけがゆるふわファッションだった。
「みんな、補足する事がある時は言ってくれ」
ベアちゃんは、そう言いおいてから話を始めた。




