追跡2
イブレア村は森の中の小さな村だ。
街道からの細い一本道が続いた先にある。
村の先には人の住む集落はない。
村の奥は山に続く森が広がり、そこは魔物の住む領域だった。
私も夜中に来たことはないよ。
冒険者の噂では、日が落ちてからの魔物は5割増しで攻撃力が上がるとか。
「魔物って夜の方が強くなるって本当かな?」
先導するベアちゃんが振り向いた気配がした。
「強くはならないな」
森は深く月の明かりも届かない。ゾンビ達が森の奥へと向かったのは確かだけど、姿を確認することはもう出来なかった。
ベアちゃんがウエストポーチからペンのようなサイズのライトを取り出して灯りをつける。
カリアリ商店で売っているのを見たことはある。めちゃ高いやつだ。
「魔物、強くならないんだ。なんかちょっと安心した」
「魔物は強くならないが、暗闇は我々人間にとって不利にはなるな」
「う…」
夜には魔物の力が増すから、冒険者は日のあるうちに町へ戻るか、安全な場所で野宿する準備をする。それが冒険者の一般常識だ。
クルタス王国は、町から町までの距離が近く、大抵の場合、野宿をする必要がなかった。
なので、私の知り合いの冒険者達も、あんまり夜の魔物を知らない。
「サーラは、夜の森は初めてか?」
「うん」
「魔物の中には夜目が効くものも多い。というか、視力以外の感覚が鋭くなる、といった方がいいかな」
「ゾンビも目以外の感覚を頼りにしているのかな?」
「さあな。まだ報告例も少ないしな。前世の記憶だと、ゾンビは強い光に弱かったりするけれど。夜中に行動するのはそういう理由かもしれん」
「なるほど」
「まあ、まだ出会ったばかりの魔物だ。先入観は持たない方がいい。思い込みは時に危険だからな」
「そうだね」
見晴台、と呼ばれていた場所までやってきた。
イブレア村に住んでいた人達がつけた地名だよ。この辺りの森を、広丘の森と呼んでいた。イブレア村から少し標高があって、それが台地のように広がっているところだから。
その、台地の端、木々が切れて遠くが見渡せる場所がある。そこが見晴台。
振り返れば、月明かりに照らされてイブレアの教会の屋根が光っていた。
夜半まで降り続いた雨が月明かりに光っている。
それは、幻想的な景色。
たなびく雲が月に照らされ、人の温もりが灯らない村を浮かび上がらせる。
ふわっと、風が吹き上げてくる。
湿った空気が生暖かい。
「先へ、進もう」
ベアちゃんの声に私は前を向く。
「ここからは、私が案内するよ」
私もマジックバッグからランプを取り出す。魔石変換装置が壊れているやつだ。自分の魔力を注ぎ込んで灯りをつけた。
広丘の森には、村の人が使っていた道がある。
もちろん獣道みたいなものだけど、私は何度も通っていた。
「頼む」
ベアちゃんを追い越して茂みの中へ。
雨に濡れた木々が容赦なく服を濡らす。
雨上がりの夏の夜。
寒くなるほどではないけど、ベタついて気持ち悪い。
茂みを抜けると小川に出る。
イブレアの水道にも利用されていた小川だ。日照りでも水が枯れることはない。
小川沿いに歩いていく。




