とりあえず生で(キンキンに冷えた一杯)
まだ日は暮れていないんだけど・・・。
夕飯にしては早いかな、と思う。でも、今日は上品質魔石を二つも納品出来て懐もあったかいし・・・。
オステリア・ライモンドに行こう。
ライモンドっていうおっさんがやっている食べ物屋だ。パスタがメインの店なんだけど、肉料理がおいしいのと、エールが安いのがいい。
それと、ここ重要なんだけど、店の開くのが早く、閉まるのが遅い。
なので、いつ行っても誰か知り合いがいる。
「こんにちは、ライモンド!」
ドアを開けて、カウンターに立つライモンドに声を掛けた。
「よ、サーラ。元気かい?」
「元気だよ!とりあえずエール頂戴!」
「あいよ!今日のお勧めはグリルチキン。いるかい?」
「もちろん!」
「あいよ!」
この世界では、飲酒に年齢制限は無いよ。
それと、この店のエールは酔わない気がする。アルコール度数とか書いて無いしね。
店の中を見渡すと、何人かの客がいた。
その中に知った顔を見つけた。
「サーラ!今日は早いね」
「ジャン、今日は仕事じゃないの?」
ジャン、16歳。男。冒険者。茶色い髪に細目で目つき悪いけど、悪い人じゃないよ。
「うちのパーティーは大物狙いだからな!金が無くなるまでは細かい仕事はしない主義なんだ」
計画性の無いこと言ってるけど、それは日本の感覚だよ。こっちの世界では普通だね。コツコツと仕事が出来る真面目な人なら、そもそも冒険者なんてしてないよ。
ライモンドが渡してくれたエールとグリルチキンを受け取り、お金を払う。
ここでは支払いは注文ごとにするんだ。
計画性が無くて、信用も無い冒険者が入り浸る店だから、まあ、当たり前だね。
ジャンが手招きするので、同じテーブルに座る。
ジャンとは、何度か仕事をしたことがある。大物狙いの仕事をするっていうのは嘘では無く、その時はアースドラゴン狩りを請け負っていた。
ジャン達のリーダーはアデルモ。30歳を少し超えたベテラン魔法士で、槍も使う。アイス系攻撃魔法と、初級のヒールを使えるんだって。
魔法を使える冒険者はレアなんだけど、例外があるんだ。
アデルモは没落貴族だっていう噂だ。
この国は、基本的には豊かで平和なんだけど、国の中央では政権争いとか貴族の足の引っ張り合いとか、よくわかんないけど、なんかそういうのをやってるらしいよ。
たまーにいるんだってさ、没落貴族の冒険者って。
アデルモは強いけれど無謀では無く、狩りの対象が手強い時は「臨時のパーティーメンバー」を募集するんだ。
実に堅実だね。
アースドラゴンは、本物のドラゴンでは無いのだけど、かなり大型の魔物で、近接戦闘が危険だった。だから、魔法が使えるものを集め、遠距離攻撃で弱らせてからジャンとアデルモでとどめを刺す、という作戦で仕留められた。
さすがベテラン冒険者、戦闘の指示も的確だったよ。
「サーラはエールかい?てことは、今日はいい魔石が採れたんだ?」
「うん、上品質が二つと並品が一つだよ」
ちなみに、稼ぎが悪い時はエールでは無くて、水だ。魔法で水は出せるから、自分のコップで自分の魔法で出した水を飲むことになる。
「ソロでかい?なかなか腕を上げたじゃないか」
私はジャンの背中をバシンと叩く。
「もう、お世辞ばっかり!」
エールに口を付けた。ん、少しぬるいかな・・・。
その瞬間、知らない記憶が蘇った。
前世でのことだ。
これは「居酒屋」という場所だ。とりあえずビールを頼むっていうのが、お約束だったらしい。
そしてその生ビールというのは、おそろしくキンキンに冷えているのだ・・・。
「サーラ、どうしたんだい?サーラ?」
「あ、ジャン・・・いや、なんでもないよ。ちょっと何か思い出しただけ・・・」
「ん?なんだい、それは」
仕事終わりには、良く冷えた生ビール・・・。
私は目の前のエールを冷たく冷やしたくなった。
「ねえ、ジャン。エールを冷やそうと思うんだけど・・・?」
「は?いきなり何を言い出すの?」
「アイスミスト!」
冷気を放出する魔法。主に凝縮した氷の霧を発生させ、敵を低体温にして動きを鈍くする攻撃魔法であり、肉を冷凍保存するのにもつかわれる生活魔法でもある。
「お、サーラ、相変わらず魔法の腕は凄いね。テーブルの上がほとんど凍ってない」
かなり弱めに魔法をかけた。
強くかけるとエールくらい、すぐに凍り付くからね。
飲んでみる。
「ぷは!冷たい!これはいいね。疲れが吹き飛ぶ感じがする!」
「お?そうなのか?サーラ、俺のエールも冷やしてくれよ!」
私の飲みっぷりを見てジャンが自分のコップも突き出してきた。
あ、うん。ガラス製のジョッキとかじゃないよ。
木のコップに入ってる。
私は中身を覗く。
「ジャン、ほとんど入ってないよ。これじゃあいくらセーブしても凍っちゃうよ」
「そうなのか?じゃあ、注文するかあ・・・ライモンド!エールをくれよ!」
ライモンドがカウンターの向こうで片手を上げて振り向いた。
「ジャン、エールは1杯かい?2杯かい?」
ジャンは私を見た。私は指を二本立ててみた。
「2杯だ!」
「ありがとう、ジャン」
「おう!」
奢ってくれるというので、遠慮なく1杯目を飲み干す。冷たいエールはさらさらと喉を流れていく。そして気分が良くなってくる。
ジャンがカウンターへ行き、エールを二杯、受け取ってきた。
「さあ、約束だ。サーラ、魔法をかけてくれ」
「いいよ、ジャン。アイスミスト!」
二杯のエールに氷魔法をかける。
「さあ、いいよ」
「じゃあ、試してみるか!」
コップにはうっすらと霜が降りている。ちょっと冷えすぎたかな。
「ぷは!旨いな!少し冷えすぎて香りが弱いが、これはなかなかいい!」
私も自分のコップに口を付けた。
「ぷは!おいしい!やっぱり冷えたビールはいいね」
「ん?ビール?」
「あ、私の以前いたところでは、そう言っていたんだ・・・」
誤魔化して、チキンに手を伸ばす。
エールを奢ってもらったから、チキンを一つ、ジャンの皿に放り込んであげた。
「お。サンキュ」
ジャンはパクリとグリルチキンを食べてしまう。
私は味わってかぶり付く。
「うまあ・・・幸せだあ」
ハーブが効いたチキンだ。手掴みで食べてる。おいしい。指先についたソースも嘗めちゃう。
ジャンが見てるけど気にはしないよ。冷えたエールを片手に私をじっとみつめている。
「ん?なあに?」
「なあサーラ、そういうの・・・あんま人前でしないほうがいいと思うぞ・・・?」
「ん?なんのこと?」
ジャンが肩を竦めるけど、なんのことだか・・・。
「それはそうと、サーラ、聞いたか?フォクシーの村に水龍が出たらしい。近いうちに討伐依頼が出るって噂だぞ」
「水龍?あれって湖とかに出るんじゃなかったっけ?フォクシーは漁村じゃなかったっけ?海の」
「ああ、そうだ。サンテレナから海岸沿いに10キロほど行ったところにあるのがフォクシー村だ。でも、フォクシー村から陸地に向かって2キロほど歩くと大きな沼がある。水龍は、そこに出たらしい」
ええ、迷いましたとも。
未成年にビールを飲ませても良いか?
答えはノーです。
お酒はハタチになってから。
でも、魔力がある少女は酒精を安全に分解できるのです。
都合の良い設定、大事。
成人の男女が転生したら、仕事上がりに一杯って大切じゃないですか。
しかも冒険者なんて、その日暮らしの底辺ですよ?
いわば、中卒で怪しい日雇いの力仕事してるわけっすから。
飲まなきゃやってられないでしょ。。。