イブレア村の教会
集会場の奥には控室と台所。
村の結婚式やお葬式を行う場所でもあったから、料理を作れるようになっている。
ちなみに、結婚式には村の人達全員が集まるんだ。
私が覚えているのは、4年前のニコロとアリアンナの結婚式だ。もちろん集会場に入りきらないから、前の広場で披露宴をしたんだよ。
それは楽しくて嬉しくて・・・。
お酒を飲んで騒ぐ近所の男達。女達に囲まれて頬を真っ赤にして照れていたアリアンナ。ニコロはアリアンナと誓いのキスをして、それからニコロは男達に葡萄酒を飲まされてグデングデンに酔っぱらってしまった。
広場は楽しそうな村人でいっぱいだった。
荷物の整理がついたところでベアちゃんが皆を集めた。
「だいぶ雨脚が強くなった。今日は村の外での調査は無理かもしれん。出来る範囲のことをやろう。それと・・・オルランド、ジャンニと二人で村の見回りをしてくれないか?記録では村は無人のはずだが・・・盗賊なんかが住み着いていないとも限らない」
「おう。まかせておけ」
オルランドが頷く。
ジャンニ、と呼ばれたのは馬を納屋に連れて行った冒険者ギルドの職員さんだ。目立たない感じの青年だけど、体格は良さそうだ。きっと彼も元冒険者なんだろう。
オルランドが外へ出ていくと、ベアちゃんはアデルモとノルベルトに魔素濃度を測るように指示を出す。
なんだかんだでベアちゃんは効率良く人を使う。
なんというか、指示を出し慣れている人、って感じがする。
「あの、私は・・・?」
ベアちゃんに指示を貰おうと声を掛けた。
「サーラは・・・その辺に座っておいて」
「え?私も何か手伝うよ!」
「んじゃあ、お湯でも沸かしといて。外から戻ってきた皆に、体を温められるようにお茶でも振舞おう」
「わかった!」
私は建物の奥へ。
ここには何度か来たことがある。
何処に何があるかくらいは知っている。
ヤカンを見つけると流水で洗った。
森の中に作られたイブレア村には、山から引いた簡易の水道が通っている。
それは流しに掛け流されていて、常に綺麗な水が流しっぱなしになっている。水源の取水口が落ち葉なんかで詰まらない限り、その水が絶えることは無い。
こうして誰も住まなくなっても、その水は今も流れ続けていた。
洗ったヤカンに水を入れ、魔道具のコンロにかける。
けれど、魔石が無いのか火がつかなかったから、私は魔力を送って火を起こした。
魔石が入っていなくても、ある程度の魔力を送り込むことで魔道具は作動するのだ。
「ほう・・・」
感嘆したような声を上げたのはノルベルトだった。
「魔道具に合わせた魔力制御は難しいはずですが・・・。見事ですな」
「いつもやっていたから・・・」
ノルベルトが魔道具のコンロを覗き込む。
「炎も安定している。魔石で作動させるよりも綺麗に燃えているようだ」
「そんなに珍しいことなの?」
「いやはや、魔石と魔法は似ていても全く違う物ですからな。それをこんなに安定して使うとはね。そう簡単に出来ることでは無いですよ、サーラ殿」
「そっかあ。褒めてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそいいものを見せてくれてありがとう」
ノルベルトが部屋を出ていくのと入れ替わりにベアちゃんが入ってきた。
「お湯、沸いた」
コンロの火加減を弱くして、流しに沈めていたカップを取り出していく。ポットも水を切ってテーブルへ。
「ティーセット、あったのか」
「うん。集会場だからね」
「・・・半年と経ってはいなかったな。せっかくだし、お茶でも頂くか?」
「そうだね。少し待ってね、確かお茶の葉もあったはずだよ」
私は、そう言って棚を探し始めた。
雨音が響いていた。
ベアちゃんが静かにコップを持って佇んでいた。
いつもは縛り上げているグリーンの髪を解き、上着を脱いでいた。
シャツ姿のベアちゃんは、いつもより女性っぽい。いつもはかっちりした服装で、麗人といった感じなのだけど。
「サーラ、お茶を淹れるのうまいね」
コップからベアちゃんが顔を上げる。
屈託のない笑顔だった。
ベアちゃん、実はかなり若い?
「ベアちゃん、年齢、いくつなの?」
「私?19だけど・・・?」
うわ!めちゃ若かった!
「サーラ、今、失礼なことを考えたでしょう?顔に出てたよ?」
「う・・・!だってギルドマスターとかやってるんだもん。もっと上だと思うじゃない」
「まあ・・・そうだな。オルビアの冒険者ギルドマスターはなあ・・・。いわばお飾りだからな・・・・」
「おかざり?」
ベアちゃんはため息をつく。
「ああ。知ってると思うが、オルビアには魔法騎士団がある。国で一番権威のある隊だ。元々は防衛が主任務の組織だったのだが、近年の魔物の狂暴化と大型が、騎士団の仕事を増やしてしまった。他国からの侵入よりも国内の脅威ってね。だが、騎士団だけでは手が足りず、下位組織としてオルビア冒険者ギルドは、必然的に騎士団の指揮下へ入ることになったのだ。そのため、魔法騎士団で実力を認められた者が冒険者ギルドマスターとして任命されるのだ」
「ベアちゃん、偉い人」
グリーンの髪を揺らして首を振る。
「だがギルドはギルドで歴史がある。独自の組織を作り上げてきているし、魔法騎士団傘下とはいえ、独立した組織だ。他の都市の冒険者ギルドとの繋がりもある。そこへ任命されたからといって、こっちが出向いても仕事なんか貰えないんだよ。あるのは決定事項の書類にサインをしたり、魔法騎士団へ報告をしたり・・・まあ、そういう仕事でな」
「そっか・・・。中間管理職みたいだねえ・・・」
ベアちゃんは、ふっと笑う。
「いや、そういうお飾りだからこそ、こうやって出歩くことも出来るからな。ただ、まあ、なんだ。私が若くしてギルドマスターなんてやってるのは、そういう特殊な事情だってことだよ」
そうは言うけど、ベアちゃんの実力は折り紙付きらしい。
アデルモに聞いたところによれば、魔法攻撃力は騎士団長を超えているんだって。
いわば天才魔法士なんだって。
「でもほら、ベアちゃんは魔法の天才だって聞いたし」
「いや、それは・・・」
私を見つめるベアちゃん。
なんでしょう?私、何か変ですか?
あ!帽子取れてる?
さっと頭の上を確認した。
うん、大丈夫。取れてなかったよ。
「ちょっと失礼・・・」
そう言うと、ベアちゃんは私の帽子を掴んだ。抑えようとした私の動きより全然素早い。
「あ!」
私が帽子を押さえるのなんて全然間に合わなかった。
「やっぱり・・・」
「・・・」
「萌えるよね、猫耳・・・」
どゆこと?




