馬車での移動(2)
「いいところ・・・だったよ」
「そうか。報告書を読んだら気になってね。サーラのギルドカードをチェックさせてもらったよ」
冒険者の身分証明書、ギルドカード。
この世界、魔法はあるけれど、前世の私が知っていた世界ほどはファンタジーじゃない。魔法がなんでも解決してくれるほど便利ではない。
ギルドカードは金属製のプレートになっている。
別に魔導具でもないし、なにか仕掛けがあるわけでもない。
二枚一組になっていて、正式依頼を受けると一枚をギルドに提出するのだ。
なんでかって言うと、依頼失敗で冒険者が死んだり行方不明になった場合、そのカードに記載された親類に連絡をしたり、救出のための手続きをしたりするためだ。だからそこには、出身地や所属なんかが書かれている。
私のカードには、しっかりとイブレア村出身と書いてある。
ベアちゃんが見たというのは、アロンザとゴブリン討伐を受けた時に提出した時だろう。
出身地以外にも、大型の魔物を討伐した記録が記されていたり、冒険者ランクが書かれていたりする。
ちなみに私のランクはCだ。
初期ランクはFだけど、ゴジラ討伐とウォーキンデッド討伐で一個づつランクが上がった。サンテレナのギルドマスターによる特別昇格なんだそうだ。私の魔法攻撃力でランクFとかDでは話がおかしすぎるから、だって。
Cランクまではギルドマスターの権限で昇格させられるんだそうだよ。
各地で大型のモンスターが出現するクルタス王国において、Cランク冒険者はたくさんいるんだって。Bランクの人は少ないけど、そこそこいる。オルランドやアデルモもBランクだ。
つまりCランクというのは、大型の魔物討伐が出来る普通の冒険者、ということだ。Cランクで実績を積み、試験をクリアするとBランクに昇格するんだって。Bランクになるとギルドから指名で依頼が来たり、今回みたいな調査の仕事を頼まれたりする。
一方でAランクはほとんどいない。
サンテレナのギルドマスターはAランクらしいけど、冒険者としての実力だけでAランクになるわけではないらしい。
ちなみにSランクっていうのもあるらしいけど、一般冒険者には無縁の存在らしい。
「・・・十数年前、当時の魔法騎士団長、コラード・ディ・オルビアは突然引退を表明した」
お父さんのことだ。
「私もその頃は小さな子供だったから、後から聞いた話だけどな。この私も魔法騎士だったからな、伝手はあるんだよ。特に春先のイブレア村壊滅事件でコラード殿の噂は嫌でも耳に入ってきていたしな」
ベアちゃんは表情を変えない。湖を見つめたまま話を続ける。意図はわからない。
「十数年前の引退には、王妃が絡んでいたという噂がある」
「王妃?」
王妃、レジーナは銀髪の美しい女性、だとお父さんが言っていた。王様のことは・・・そう言えば聞いたことが無いな。
「コラード殿は歴代魔法騎士団長の中でも指折りの騎士だったそうだ。魔物が狂暴化、大型化した時期と重なったというのも要因の一つだがな。それだけに長く騎士団長を務めたというのはあったのだが、引退表明はいかにも唐突だったそうだ。しかもイブレア村などという聞いたことも無い田舎に隠居するなんてな。私なら、もっと風光明媚な観光地にでもする。例えば、ここ、トゥーラ村。見ての通り、美しい湖がある。そして観光地として潤っているから建物も綺麗だ。便利だし快適だ。コラード殿であれば、お金に困っていたということも無いだろうしな」
「ベアちゃん・・・」
「コラード殿の引退から1年ほど前、王妃は二人目の子を産んだ。金髪のかわいらしい赤ん坊だったそうだ」
ベアちゃんは、そう言うと私をちらっと見た。私の・・・フードから覗く金髪を。
いや、関係ないから。
「病弱だった赤ん坊は1歳の誕生日を迎える前に亡くなったそうだがな。ちょうど時を同じくして王宮の侍女の一人がコラード殿と伴にイブレア村へ向かった。王都へコラード殿が呼び出されたすぐ後のことだった。ある噂では、王都でコラード殿は何らかの大きな失態を犯し、責任を逃れるために田舎の村に隠遁したとも言われている。だが、それが本当のことなら、何故に王宮の侍女と逃げたのか?腑に落ちない」
「お父さんは逃げてきたんじゃないよ」
「ああ。私もそう思う。コラード殿は、王妃から何か特命を受けていたと私は考えている。イブレア村の近くには非常に魔素の多い森がある。そこでコラード殿は多くの調査をしていた。事件の後にイブレア村を検証した時にコラード殿の遺した記述が見つかってな」
「お父さんが書いたもの?」
「・・・。なあ、気付いているか?サーラ。さっきから、お前、コラード殿を父だと言ってるぞ?秘密にしてたんじゃなかったのか?」
「あ・・・」
「あ、じゃないよ、まったく」
ベアちゃんが、しょうがないな、と笑う。
「サーラのギルドカードを見た時から、そうじゃないかとは思っていたんだがな。まあいい。それを認めるなら話は早い。知っていることがあれば話してくれないか?秘密にしたいというのならサーラのことは報告書には書かない」
「でも・・・私は事件の記憶がないの。お父さんとお母さんが死んで、村が壊されたことは覚えてる。けど、それだけなの。思い出そうとしても、靄がかかったように思い出せないの」
「そうか・・・。PTSDか・・・」
「え?」
「いや、なんでもない。事件の事がわからないなら、イブレア村でのコラード殿のことでもいい。事件が起きる前のイブレア村のことを知りたい」
「うん・・・」
「今すぐに、とは言わないさ。その記憶さえも辛いんだろう?」
私は何も言えずに下を向いた。
「構わないさ。サーラは、まだ14歳。一人前とはいっても、まだ駆け出しだ。受け止めきれないこともいっぱいあるよな」
たぶん・・・。
私の前世の記憶は断片的で、それも知識ばかりだ。
つまり、例えて言えば、カレーの作り方は思い出せても、前世で知っているはずの、カレーを作った時の記憶は思い出せない。きっと何度も、そんなことはあったはずなのに、一緒に食べた人の顔や食卓の景色は思い出せないのだ。
だからだろうか。
私は・・・。14歳としても幼い精神しか持ち合わせていない気がする。知識では知っているのに、心が追い付かない。イブレアという山奥の田舎。そんな狭い世界で生きた14年の精神しか持ち合わせていないようだ。
夕食の後、慣れない馬車での移動だったからだろうか。
私は、寝てしまったようだ。




