居酒屋にて
1時間ほど粘っていたベアトリーチェだったけど、オルランドが頑として拒否し続けたため、諦めて帰っていった。
でも・・・。
「どうせイブレア村には一緒にいくんだからね」
と私の耳元で囁いていったよ。
その後、私達は宿の近くまで移動し、ジャン達と合流した。
ジャンとロレーナ、それからアロンザとマリオ。7人で居酒屋へ。ジャンが見つけた安くておいしいお店。
「ラガー・・・は無い・・・ならエールで」
残念ながら冷えたラガーは置いてないみたい。まあ、いいけど。自分で冷やすから。
乾杯して報告会。
昼間の話をアデルモが説明する。それと今後の予定。
「3日後、イブレア村へ出発する。ベアトリーチェが馬車を用意すると言っていたから、今回はそれに乗っていくのだが・・・」
ベアトリーチェが同行を許可したのは3人だけ。つまりアデルモ、オルランドと私。あくまで調査なので、他のメンバーは不要だ、と。
ジャンは肩を竦めた。
「仕方ないな。討伐依頼が出ているわけでもないし」
ロレーナも「そうよね」と手の中でエールのグラスを回している。
サンテレナでは木のコップが多かったけど、さすがオルビア。エールはグラスの方がおいしく感じるよね。
「ちょっと、私は付いて行きますわよ!わざわざオルビアまで来たっていうのに、観光だけして帰るわけには参りませんわよ」
アロンザは抗議の声をあげた。
「そんなこと言ってもなあ・・・。ベアトリーチェが用意する馬車には余分の席は無いらしいし・・・」
「くうっ・・・」
アロンザは悔しそうだ。
そうだよねえ、わざわざ乗合馬車でオルビアまで移動してきたんだもんねえ。
そんなアロンザを見てジャンが大きく頷く。
「じゃあアロンザ、俺達と臨時のパーティーを組まないか?オルビアのギルドにも討伐依頼はいくつか出てる。大物はオルビアの魔法士騎士団が片づけちまうから、中級以下しかねえけどさ」
それでもしばらくぶうぶう言っていたけど、アロンザはジャン達と討伐依頼に出掛けることにしたようだ。
話がまとまったので、アデルモとオルランドは私に向き直る。
「それでサーラはどうするんだ?」
「私?」
「そうだ。アデルモと俺はイブレア村の調査へ行くつもりだが、サーラは行く必要はねえぞ?」
「必要無い・・・?」
「そりゃあ当事者だから、イブレア村の事を一番詳しく知ってるんだろうがよ?でもなあ、サーラは平気なのか?あの村に帰ることが」
「・・・」
平気かと言われたら・・・。
平気じゃないと思う。
私は・・・。両親をきちんと埋葬することさえ出来なかった。
私は・・・。
不完全とはいえ、前世の大人の記憶が断片的にある。
精神年齢は決して14歳の少女ではない。それにこの世界で14歳の女は、もう少女ではない。一人前と認められるくらいの年齢だ。
それなのに・・・。
村は壊滅状態だった。
村を出ていた私達数人を除いて。
私は・・・。
覚えていない。
かすかに、かつて妹だった魔物を滅ぼした記憶は残っている。
けれど、どうやって倒したのか?
両親の遺体をどうしたのか?
生き残った村人はどうなったのか?
まるで覚えていない。
前世の記憶のひとつに、解離性健忘っていう言葉がある。
精神性のショックで記憶を失う。というか、通常の記憶とは別の部分に記憶されていて、普通には思い出せなくなるって現象らしい。
気が狂いそうになる残酷な記憶を、あえて思い出さないことで精神的な安定を得るらしい。
だから、私は自分の記憶が無いことに疑問は感じていない。
ただ、中身は大人のはずなのに、そんなに精神的に弱かったんだなって落ち込むだけ。
けれど・・・。
イブレア村へ戻れば、私は記憶を取り戻すだろう。
両親の死、仲の良かった村の人達の死、惨劇の景色、そういったものが、現実の景色として思い出されてしまうのだろう。
そんな必要があるの?
私は、それを思い出して正気でいられるのだろうか?
「サーラよ。お前はジャン達と一緒に魔物討伐に行け。調査はアデルモと二人で充分だ」
オルランドが優しい目で微笑んでいた。
私は、目の周りが熱くなるのを感じていた。
赤の他人なのに、オルランドは私を心配してくれているんだ。
「大丈夫です。私は行きます。たぶん、行かなくちゃいけないんです」
私は、すごくショックを受けるかもしれない。
でも、オルランドがいる。
いつかは乗り越えなくちゃいけない記憶なんだ。
卑怯なことかもしれないけれど、一人で立ち向かわなくてもいいんだ、とオルランドの目が言っているように感じた。
きっとオルランドは私を正気に戻してくれる。
思い出した記憶を一緒に受け止めてくれる。
私の目をオルランドは真剣に見つめ返していた。
そして一言、「わかった」とだけつぶやいた。




