カフェにて
都市議会を出て、私達はカフェに入った。
あの後も、ノルベルトの講義は続いた。もうすっかり夕方だ。
アデルモとオルランドは押し黙ったまま。
というのも・・・何故かベアトリーチェがついてきたから。
「サーラちゃんを貸してくださいな」
都市議会を出た時、ベアトリーチェは唐突にそう言った。
アデルモとオルランドは、即座に拒否したけれど、結局ベアトリーチェが勝手についてくるもんだから、カフェに入って睨み合ってるってわけ。
なんでこうなったかっていうと・・・。
都市議会の会議室に時間を戻す。
人工魔石である、とノルベルトは断言した。
9割方、なんて言ってるけど、ほぼ確実なんだって。
ということは、だよ?
ルチアは、魔物になって体内で魔石を作ったから復活した、わけじゃなくて・・・。
「おそらく死体を掘り起こし、人工魔石を埋め込んで魔物にしたのでしょうな」
ノルベルトは、なんの躊躇いも無くそう言い切った。
なんのために?と私は思った。
アデルモも同じ考えだったようで、ノルベルトに尋ねた。
「実験、なのでしょうなあ。魔物は魔石があるから魔物なのか、それとも魔物だから魔石を生成するのか。それは魔石研究家としては、昔からの疑問ですからなあ」
そんなことのために・・・。
人の尊厳とか、そういうのはないの?
そんなことを考えていたら、ベアトリーチェが「人工魔石で魔物を作ったら、その疑問とやらに答えが出るのか?」とつぶやいた。
ノルベルトは、さも当たり前という顔で頷く。
「もしも魔物が魔石を生成するのなら、埋め込まれた人工魔石は成長するはずですな」
テーブルの上の深紅の魔石。
それはルチアの体内で大きくなったのだろうか。
元が分からないからなあ・・・。
「不気味な話だな」
ベアトリーチェが魔石から目を上げた。
「ところで、アデルモ殿、そなたは、過去にもウォーキンデッドと戦ったことがあると聞いたが・・・?」
「はい。あれは乗合馬車のステーションでの事でした。我々の仲間の一人も犠牲になった事件です」
「うむ。あれは3か月ほど前のことだったか。その時のウォーキンデッドは全てのパーツを回収され王国騎士団を経由して王都で分析されたはずだな」
ノルベルトが頷く。
「私も魔石の研究家として見せてもらいました。結果は、人工魔石、深紅の魔石でした。それもおそらく、今回の魔石と同じ製作者の手によるものでしょう。非常に似ています」
そしてその後。
ベアトリーチェは、もう一件のウォーキンデッド事件について話を始めた。
そう、イブレア村の事件だ。
私の妹が、父と母を・・・村人を惨殺した事件のことを・・・。
オルランドは何も言わなかった。アデルモも黙っていた。
ベアトリーチェは、それ以上尋ねてはこなかった。
ただ、私の方を見て、口の端で笑ったように見えた。
淡々とイブレア村の状況を語り、話を締めくくった。
「だが、イブレア村の事件についてはな、直接見た者がおらぬ。なにせ数少ない生存者は口を揃えて何も見ていないと答えたし、肝心のウォーキンデッドはみつかっておらん。村の外れに大きな焼け跡が発見されたが、魔石も見つかっていない。ただ、犠牲者の中にオルビア貴族がいてな・・・。かなり詳細な事件調査がなされたのだ。結果、状況的に、オルビア貴族、コラード様の夭折した子女が魔物化して生き返り、不意打ちを受けたコラード様と、その内縁の妻であり、元家政婦を殺害。その後、村中を破壊、殺戮していったことがわかった。そして、村の外れにおいて、かなり強力な何かと戦闘したらしい。周囲の様子はひどい有様だった。そして、おそらくその場で滅ぼされ、完全に焼かれたようだ」
完全に焼かれた・・・?
それは知らない。
私は妹を焼いてはいない。
出来なかったからだ。
私は混乱していたし、魔物になってしまったと理解はしていたけど、妹の姿をしたものを、もうそれ以上どうにかすることも出来なかった。
私はイブレア村から逃げ出したのだ。
家から最低限のものを持って。
たぶん、ベアトリーチェは知っているんだと思う。
アデルモ達の書いた報告書には、ルチアの遺体を焼いたのが私だってことは書いてあるし、かなり控え目な表現をしてはあるけど、主に戦ったのも私だと書いてある。
そして、私は、サンテレナの冒険者ギルドに登録する時に、出身地を書いている。
だから、きちんと調べたら、私がイブレア村のサーラだとわかってしまう。
たぶん、ベアトリーチェは、それを知ってる。
私を見る目が、すっごく、そう言ってる。
ような気がする。
だから「サーラちゃんを貸してくださいな」だったんだと思うよ。
そして、私に向かって「いいでしょ?飲みに行こ?二人で」と・・・。
まるで、仕事帰りの飲み会に誘うようなのりで、ベアトリーチェは言ったのだった。




