ベアトリーチェ・ディ・オルビア
「ふむ。サンテレナから長旅であったでしょう。どうぞおかけください」
「ありがとうございます」
私達が椅子に掛け、ベアトリーチェも大きなデスクの向こうの椅子に座った。
「さて、この紹介状にはプーラ村での事件についての調査とあるが、何故にオルビアまで?」
「プーラ村の事件は別の書類にまとめてあります。詳細はそちらをご覧いただくとして、サンテレナのギルドマスターは、この事件が人為的なものであったと確信しています。それゆえに、その技術を持つ者を知る人物に面会したいのです」
「プーラ村の書類は、ざっと目を通させてもらった。死者から目覚めた、上級並みの魔法を使う魔物とは・・・。確かにそれは問題かもしれぬ。いいだろう、協力しよう」
ベアトリーチェは、人を呼ぶといくつか指示を出した。
私達には、そのまま待つように言うと、部屋を出て行った。
この部屋は、面会室的な何かだったみたい。
「ベアトリーチェさん、綺麗な人だね」
「ああ。ギルドマスターが女だとは聞いていたが・・・。美人だな」
「そう言えば家名がオルビアだったね。アロンザと一緒だね」
「そうだな。だが、ベアトリーチェ・ディ・オルビアは本家筋だ。元々は魔法騎士団にいたそうだ」
「詳しいね、オルランド」
「それが役割だからな」
オルランドの役割は情報収集。夜明けの希望は、冒険者パーティーだけど、アデルモを中心とした調査チームでもある。
オルランドが話を続けてもいいか?と肩眉を上げる。
私は頷くと続きを促した。
「ベアトリーチェは、国内各地のドラゴン退治で活躍し、その魔力と剣技、そして何より指揮のうまさで名を上げたんだ。だが、魔法騎士団にいる以上、彼女には出世の道は無かった」
「なんで?」
「派閥の問題だな。それとベアトリーチェが女だからだ」
「女は出世できないシステム?」
「ああ。魔法騎士団は男社会だ。オルビアの貴族の中でも武闘派が集まる場所だからな。団員ならともかく、団長や副団長、個々の師団長に至るまで全て男だな」
「魔法の強さは性別、関係ないでしょ?」
「まあな。だが騎士団と名がつく以上、剣技も重要だし、腕っぷしも要求される。というのは建前だけどな。理由はわからん。魔法騎士団は男社会。そういうもんだ」
「そっか・・・」
「だが冒険者ギルドはそうじゃない。ここオルビアの冒険者ギルドマスターは、オルビア都市議会からの推薦を受けた人物が抜擢される。5年の任期でな」
「へえ・・・。冒険者ギルドなのに、都市議会で決まるんだ・・・」
「主な役割はギルドと議会の仲裁だな。政治にも秀でていないと出来ない仕事だ。まあ、ベアトリーチェ嬢は最前線にも出て指揮を執るらしいがな」
そう言ってオルランドが笑う。
そうなのかあ・・・。すごい人なんだなあ・・・。
議会と交渉も出来て、現場にも出て・・・。そしてドラゴン退治の実力もある、と。
「待たせたな!」
ベアトリーチェが戻ってきた。なんだか嬉しそうな顔をしている。オルランドと私を交互に見て、大きく頷いた。
「私も参加するぞ。この調査に同行する。明日の13時、都市議会の会議室、そこに来い!ノルベルトを呼び出しておく!」
え?同行?なになに?何が始まったの?
翌日の昼過ぎ。
オルランド、アデルモと一緒に都市議会までやってきた。
都市議会はオルビアの行政区、海を見下ろす丘の上に建っていたよ。
切り出した石とレンガで作られた大きな建物だ。床にはタイルが張られている。
建物の中央は吹き抜けで、見上げると天井にはドーム状にガラスが嵌っていた。
「サーラ、あんまり上ばっかり見てるんじゃねえ。前向いて歩け。転ぶぞ」
オルランドが私の背中を軽くつついた。
「採光のガラスドームなんて久しぶりに見た・・・」
「久しぶりって、お前、ガラスドームがあるのはクルタス王国ではここだけだぞ?」
「あ、そうか・・・」
前世の記憶だね、うん。
2階に上がり、アデルモが会議室のドアをノックする。
「どうぞ。アデルモ様ですね?そちらはオルランド様と・・・お連れのお子様ですか?」
「サーラです。お子様では無いです」
「左様ですか。ベアトリーチェ様はもうすぐ来られるそうです。申し遅れました、私はノルベルト、ノルベルト・シュトゥットガルトです」
差し出された右手をアデルモから順番に握手する。
「アデルモ・ディ・サンレモです」
「ほう、リグリア王国の方ですか」
ノルベルトは大柄な男だった。歳は・・・オルランドより少し上かな?銀髪を短く切り揃え、きっちりと整えている。ピカピカと輝くほどポマードが塗りたくられているのがわかる。
たぶん、偉い人に会うから念入りに髪をセットして・・・やりすぎたんだろうね。
簡単な自己紹介をしているとドアが勢いよく開き、昨日の麗人が入ってきた。
「待たせたな、諸君!」
ベアトリーチェは颯爽と会議室を横切り、四角く置かれたテーブルの、一番奥の席、すなわち、議長席に腰を掛けた。
ノルベルトは、ベアトリーチェを見て、それからアデルモを見て、ベアトリーチェの左側のテーブルの席へ、私達は右側のテーブルの席へ腰を掛けた。
「ノルベルト、自己紹介は終わったか?」
「はい。そちらの方はリグリア王国出身のアデルモ様。サンレモ家のご子息とのことです」
「アデルモ殿。調査団のリーダー、ということでよろしいかな?」
「はい。私は外国の出身ではありますが、サンテレナ冒険者ギルドから依頼を受けて来ております。なにとぞ御便宜を・・・」
「あー、構わないよ。私も生まれとか規則とか気にしないようにしてる。そうしなければ大切なことを見落とすから」
ベアトリーチェは笑顔だ。なんか楽しそう・・・って思うのは私が単純なだけなのかな。
「さて、貴族らしく時候の挨拶やら当たり障りのない会話を続けても良いのだが・・・お互い、面倒だろう?ノルベルトには悪いが、私も今は冒険者の一員だ。ざっくばらんにやらせてもらうよ。構わないかい?」
「え、ええ、もちろんですとも」
ノルベルトが額の汗を拭う。
「こちらも構いません」
アデルモが頷く。
「では、ノルベルト殿、昨日送り届けた資料は見て頂けたであろうか?」
ノルベルトはベアトリーチェの問いに激しく首を縦に振って答えた。
せっかくセットした髪が一筋、額に垂れてきてる。
「では、ノルベルト殿の意見をお聞かせいただきたい」
「わかりました!では、しばし時間をいただきます」
そう言うとノルベルトは立ち上がり、背後の黒板にチョークで「魔素とは?」と書きつけた。
うん、黒板の存在、今、気付いたよ。
「それでは、簡単にご説明をさせていただきます・・・」
ちらっとアデルモを見遣るとノルベルトは汗を拭き、講義を始めた。




