ジャンとルチア
「お、おい大丈夫か!」
ジャンが慌てて肩を叩くけど、動きやしない。
私は、アロンザの左手で掴まれたままの髪を解くので忙しい。
髪がようやく抜けて、アロンザの顔を覗き込むと、幸せそうな微笑みで寝息を立てていた。
「アロンザこそ貴族の令嬢みたいですよ。我儘で」
「ん?知らなかったのか?アロンザは正真正銘の貴族だぞ。まあ、一応、秘密ってことになってるが、オルビア家の遠縁だって話だぞ」
「え?そうなの?そっか・・・本物のお嬢様かあ・・・」
「いや、田舎の領主の娘って話だがな」
ジャンと二人、アロンザが注文だけして手を付けなかったエールを貰い、静かに食事を続けた。
この数か月、こうしてジャンと食事するのが日常みたいになっていた。
私は、このオステリアが自分の居場所のように感じる。
あ、そうだ。
気になっていたことがあったんだ。
「ねえ、ジャン。ルチアってどんな子だったの?」
「ん?」
「知ってる子なんでしょ?」
あの夜、ウォーキンデッドを見たジャンは、ルチア、と名前を口走った。後でアロンザに聞いた話でも、ウォーキンデッドは自分で名前を告げたというし。
「ああ。ルチアはな・・・3年前に死んだ魔法士だよ。俺の・・・幼馴染だった」
ジャンの幼馴染、ルチアはサンテレナの街に生まれた。
ジャンは商家の四男として育ち、13歳までサンテレナで過ごした。ルチアは2歳年下で近所の仲間の一人だった。
13歳で冒険者登録をしたジャンは、サンテレナを中心に商家の貿易馬車を護衛する仕事をしていた。
良くも悪くもジャンは商家の出身で、両親の営む商家との付き合いから直接依頼を優先的に受注出来たということもある。
ジャンは悪ガキとして有名だったけれど、同時に面倒見のいいリーダー格の兄ちゃんとしても有名だった。小さい頃から剣士に憧れていたジャンは、見様見真似で剣を覚え、棒切れでの子供同士のいざこざで負けたことは無かった。
15歳になった頃、ルチアが冒険者になった。
13歳のルチアは、初級の魔法が使えた。
それは威力の弱い「フレイム」だったけれど、遠距離攻撃で狙いの正確性が高い「フレイム」は冒険者としては有用な攻撃魔法だ。
それにルチアは冒険者になったばかり。
これから魔法を訓練すれば攻撃力も上がるだろう。
ルチアは裏通りの貧民街に生まれた。
父親の顔は知らず、物心つく頃になると母親も家に帰ってこない日が度々あった。食べる物もなく、暖房も無い。それでもなんとか生き延びてきたのは、ジャンの率いる子供達の組織・・・要するにストリートギャング・・・に属していたからだった。
ルチアがジャンを追って冒険者になったのも当然だった。
ジャンは、それを知った時、ルチアを説得しようとした。
魔法を使えるルチアなら、貴族に取り込んでもらうことだって出来るかもしれない。
何も危険な冒険者になんてならなくても・・・。
けれどルチアは頑なだった。
ジャンは「自惚れているわけじゃねえからな」と前置きして言った。
「ルチアはよ、俺に惚れてたんだよ」
ジャンは、ルチアにとっての兄であり、見たことも無い父親の代わりであり、そして憧れの人でもあった。
それにルチアも13歳。
美しい金髪と、それなりに整った顔立ちで、ジャンを頼ってくる姿はかわいらしかった。
ジャンは、冒険者として生きていく決意をしたルチアとパーティーを組み、魔物狩りをすることにした。
ゴブリン狩りから始め、いくつかの依頼をこなし、ルチアの魔法も経験を積むことで的確になり、多少は威力も上がった。
いつしかジャンとルチアは同じ部屋で過ごすようになっていた。
半年後、ジャンとルチアは、ちょっとは名の通った二人組になっていた。
ジャンの剣は鋭く、ルチアのフレイムは敵を牽制した。二人のコンビは息も合っていた。
その頃には、周りの誰もが二人は恋人同士だと認識するようになっていた。
そして受けたのがプーラ村、火龍討伐。
総勢20人の討伐隊は、プーラ村へ向かい、そして作戦は失敗した。
その時のリーダーはロクでもない剣士だった。
指揮も下手だったし、作戦もお粗末だった。そもそもリーダーになったのもクジ引きだった。
ひどい討伐隊もあったものだ。
そしてルチアにとって、火龍は相性が悪い相手だった。
ルチアの攻撃魔法はフレイム系、火属性魔法のみ。火龍には効果が薄かった。




