カリアリ商店
サンテレナの街まで帰ってきたよ。
うん、だいぶ、自分を取り戻した!
前世のことは、ひとまず置いとこう!
「私は14歳のサーラ。美少女魔法使いのサーラ!」
すれ違いのおっさんが、びくっとなって振り返ったよ。
いいんだ、別に。声に出さないと、なんだか前世のやさぐれた性格に引っ張られそうだったから。
確かに記憶は蘇ったけど、それはあくまで記憶だよ。
長い長い映画を見たような感じ。
自分の人生だったっていう感じじゃない。
おもしろい映画でもなかったしさ。
神様の言う通り、そっちが元の人生なのかもしれないけれど・・・。
サーラは、サーラだよ。
私は、イブレア村のサーラ。
優しく、強く、そして人のために生きなさいって言われて育った。
お母さん、お父さんは死んだけど、育ててくれた恩は忘れないよ。
ん、ちょっと涙、出た。
お母さん、お父さんのことを思い出すと、ね。
うん、それよりも、魔石の納品だよ。
魔石の納品は冒険者ギルドの隣、買い取りの「カリアリ」に持ち込む。
カリアリ商店は、魔石専門の大問屋なんだ。大きい街には大抵カリアリ商店の支店か出張所があるよ。
サンテレナの街には、カリアリ商店の本店がある。
けど、今から行くところは買い取り専門の出張所だね。
本店は街の中心街のメインストリートに小奇麗な店構えで店を出してるよ。
入ったことは無いけどね。
私みたいに駆け出しの冒険者じゃ、買えるようなものは無いからさ。カリアリ商店の本店に並ぶのは高級品ばかり。
「よっ!サーラちゃんかい?お疲れさん!今日はどうだった?」
店に入った瞬間に声を掛けてきたのは買い取りカウンターのベリンダさん。ふっくら体形のお姉さん。えーと、確か6歳と7歳と息子さんがいる。
「ベリンダさん、ただいま。今日は3つだよ。買い取りお願いします」
「3つかい、まあまあだったね。じゃあそっちのカウンターで受付するよ」
買い取りカウンターは使い古された木の枠に板を打ち付けた形。ベリンダさんは鍵付きのドアからカウンターの向こう側へ入って行った。
買い取りカウンターは3つあるけど、今は誰も使っていない。店の中には2,3人の冒険者がいたけど何かを待っているわけでもなさそう。壁に張られた直接依頼を見てるって感じかな。
あ、直接依頼っていうのは私達が勝手に呼んでるだけで、本当は個人間依頼とか、闇依頼とかっていうんだ。冒険者ギルドを通さずに、依頼主と冒険者との間で個人的に交わされる依頼のことだよ。ギルドによる保証が無いから、冒険者にとってはハイリスクになるけれど、ギルド手数料って2割~6割くらいあるから。比較的割高の依頼料が期待出来るのが魅力だ。
ギルドの隣にある店に貼り出してもいいのかって?
ああ、別に違法ってわけじゃないから。
こういう直接依頼は護衛の仕事が多いよ。
買い取り店には、冒険者が出入りするし、買い付けの商人も出入りしてるからね。お互いに都合のいい場所だってこと。カリアリ商店も、そのあたりはサービスのつもりなのかもしんないね。
護衛の仕事は、ちょくちょくある。
私はあんまり受けたこと無いけどね。
この世界には盗賊もいるし、魔物もいる。街と街の間には人の住まない地域があるし、そこは数キロから数十キロの距離がある。
そして肝心なことだけど、交通手段は徒歩か馬車くらいしかない。
馬車っていうのは、人が早足で歩くくらいのスピードなんだ。つまり、20キロは半日以上かかる距離。40キロは、丸一日かかる距離だよ。
ちなみに、徒歩でも同じ感覚だから。
馬車は全然、速くない。
クルタス王国は島国で、そして豊かな国だから人口は多い。
他の国の事はあんまり知らないけど、何人か出会った外国人に聞くと、隣町までの距離は短いし、どちらかというと安全な国らしいよ。
けど、さっきも言ったけど、盗賊も出れば魔物も出る。
ゴブリンだって集団で襲われれば命が危ない場合もある。
そこで、冒険者に護衛を頼む商人なんかも出てくるってわけ。
「サーラ、今日の魔石は質がいいよ。そっちの二つが銀貨3枚づつ、こっちのは少し品質が悪くて銀貨1枚と大銅貨2枚だね。それでいいかい?」
「うん、いいよ。ベリンダさんの査定だからね、信用してるよ」
「そうかい?ありがと」
受取書にサインをして、銀貨7枚と大銅貨2枚を貰う。
大銅貨10枚で銀貨1枚に相当するよ。ちなみに、大銅貨は銅貨4枚分だ。
それがどのくらいの価値かというと・・・
エールが1杯、大銅貨2枚。
おなかいっぱいにおいしいものを食べて銀貨1枚から2枚。
宿屋の1泊料金が銀貨2枚から3枚ってくらい。
もちろん、この場合の宿屋は、安宿でベッド一つがあるだけの狭い部屋だ。けれど鍵の掛かるシャワールームもあるし、宿へ入れるのは宿泊客だけ。
だから比較的、安全なんだ。
宿泊料金が地味に痛いけど、これでも最低限だよ。これ以下の宿だと、安心して寝られない。
これでも私は女だし。
男なら、もう少し安い宿もあるけれど、そこは鍵も掛からないし、相部屋だし、シャワーもない。
サンテレナの街に来たばっかりの頃は、そんなところにも1度、泊ったけれど、夜中に汗臭い男がベッドに潜りこんで来たよ。
驚いて殴って逃げて、それでも追いかけてきたからファイヤーボールを投げつけてやった。
もちろん、その後は宿には戻っていない。
だから、それ以来、稼げなくてお金が無い時は、裏路地の人目のつかない廃屋に忍び込んで眠ることにしてた。
そっちの方が変な宿に泊まるよりも安全だからね!