魔物化した人間(2)
昼過ぎに調査を終えて村に帰ってきた。
トラウマを克服することは出来ないままだった。
けれど、オルランド達が魔物化した人間と戦ったことがあると知った。
私は、オルランドやロレーナ、アデルモと過去を分かち合える。
オルランドはロレーナとアデルモにそのことを話した。
私が、魔物化した人間のことを知っている、と。
昼下がり。
私達は広場に集まり、報告と相談をはじめた。
テーブルには、村人にもらったというクッキーが置かれている。
この世界での食事は一日に2度。早めの昼食のブレックファーストと夕食のサパー、もしくはディナー。
お昼を軽めに食べた日は、夕食をしっかりと食べる。冒険者は、こっちのパターンが多いかな。
私は、前世の記憶があるから3食パターンがいいけど、今はパーティーで動いているし、みんなに合わせてる。
ところで、誰もクッキーに手を伸ばさないのだけど、食べていいかな・・・?
「アデルモ達から報告してもらっていいか?」
オルランドが口を開く。
「ああ。村長は病気で臥せっていたから、代理の者に話を通した。彼の息子だそうだ。ベニートという若者だ」
「ベニート?」
「なんだ、サーラ。知っているのか?」
「うん。昨日、声を掛けてきた人がそんな名前だった」
「そうか。彼の父親が村長だ。20年前、プーラ村は麦の産地として有名な村だった。領主もいた。だが、ドラゴン出現以降、徐々に農地は放棄された。今では領主さえ逃げ出し、村人はかつての1割程度しか住んでいない。人口は50人程度だそうだ」
ちなみにサンテレナの街の人口は1万人だよ。
ギルドの本で読んだから、たぶん正確なはず。
島国であるクルタス王国の都市の中で3番目に大きな都市だって。
500人規模の村というのは、かなり大きな村だといえる。
イブレア村は山奥の小さな村で、人口は60人ぐらいだった。9家族が生活していただけだった。今はもう無いけど。
プーラ村に残るのは12家族。
多くの若者はサンテレナを始めとした街に出た。村を捨てたのだ。
残されたのは年寄りばかりだった。
若者で残っているのは、ベニートの他に3人。全員が独身で男だった。彼等の年老いた親たちを見捨てられなかったからだ。
農業を営みつつも、溢れる魔物を狩ることで村の収益を確保しようとしているそうだ。
なるほど、魔石ビジネスだね。
ドラゴンが出た時も、冒険者に混じって戦い、いくらかの報酬を得る。
彼らは、農民というよりも狩人に近いかもしれない。
「ベニートのお父さんは病気で寝ているって言ってた。それと、同じ病気だった人が死んだ時には、焼いた遺体から魔石が出たって言ってた」
アデルモがガタっと椅子から立ち上がった。
「それは本当か?既に魔物化していたと・・・」
「シャツに入っていたのかもしれない、とは言ってたよ。それに本当に小さな魔石だったって。魔物を焼いた時に出てくるようなものでは無いと言ってた」
「ふうむ、まあ、そう言うだろうな。遺体から魔石が出たとなれば、それは村人が魔物化している証拠だと言われかねない。そうなればプーラの村は終わりだ。この病気に倒れたものは殺されるだろう」
「そんな・・・。病気で寝ている人が魔物化するっていうの?」
「わからない。それに現在のところ、この病気になっているのは老人ばかりだ」
そこでアデルモは口を閉ざす。ため息を一つつき、私の目を見て、小さな声で言った。
「僕らが見たやつは、若い・・・女だった」
「ねえサーラ。僕は無理に聞き出そうとはしないよ。サーラにとって、その思い出は辛くて耐え難い。それはとてもよくわかる」
オルランドも地面を見ていた。
「死んだ仲間エルダって言ってな。女剣士だった。攻撃魔法も使えてな。ファイヤーボールの腕前は中々のものだった。だが、その時、魔法は間に合わなかった。剣さえも届かなかった。エルダは、自分の体に魔力を漲らせ、魔法障壁となった。俺達を、いや、ステーションにいた人達を守ろうとしたんだ。自分の体を盾にして、な」
ロレーナも下を向いていた。その両手は祈るように合わされていた。
「エルダ・・・」
「僕らも、それを知っているんだ。やつは何処の出身の誰だったのか、結局はわからなかった。何処で生まれ、どうやって育ち、そしていつ魔物になったのか。何一つ、わからなかった。少なくとも、その乗合馬車のステーション周辺の出身者では無かった。やつは、人間のふりをして移動していたんだ」
「ねえ、サーラちゃん。私は、あれにもう一度出会うのは恐ろしいわ。魔法を使う魔物はいる。けれど単純な魔法だわ。アデルモの魔法障壁でも防げる。でも、あれは違う。上級魔法を使うのよ」
「ロレーナ、上級魔法ではないよ。あれは、異常に威力の高い初級魔法だった」
「どっちだっていいじゃない。あんなのには勝てっこない。少なくとも私には無理だわ」
3人が私を見ていた。
私は、目を合わせられなかった。
「ねえ、サーラちゃん。無理にとは言わない。でも話をして欲しい。これはプーラ村の人達のためなの。あなたは、あれが生まれた村の生き残りなのよね?」
「俺達は、やつがどうやって生まれるかを知らねえ。何故なら、やつが生まれた場所には生存者がいなかったからだ。俺達が見たのだって、流れ者になった後のやつだった。生まれる過程はわからねえんだ」
「そうなんだよ、サーラ。もしも君が、あれの生まれ方を知っているのなら、プーラ村は救えるかもしれないんだ。あれが、魔物として覚醒する前に、なんとか出来るのかもしれないんだ」




