猫耳のこと
フォクシー村に馬車を置いてきた。
ここからは徒歩。警戒しながら進む。
時間に余裕があればフォクシー村で食事や休憩をしてから仕事をしたかったけれど、水龍が迫っているというのなら仕方がないよね。
「サーラ」
アデルモが振り返る。
「なんですか、アデルモ」
「その・・・なんというか・・・」
口籠るアデルモの代わりにジャンが言い放った。
「サーラ、帽子を取ってくれ。その耳、人の耳よりも敏感なんだろう?」
私はジャンを睨んだ。
「サーラ・・・そんな目で俺を見るな。こんな場面だ。可能なら早く見つけて優位に事を進めたいって思うじゃねえか。なあ、そうだろう?」
ふうっとため息をつく。
わからない話じゃないけれど・・・。なんかこう、何か引っかかる言い方だよねえ。
「わかりました」
私は帽子を取るとマジックバックに収納した。ジャンの言う通り、帽子は無い方が遠くの音も聞き取りやすい。
「ほお・・・」
アデルモが目を細めて私を見ていた。と、いうか、私の猫耳を見ていた。
「な・・・」
「あ、これは失礼・・・」
ふっと目を逸らすアデルモ。くすくすと笑うロレーナ。
「ロレーナまで!」
「ごめんごめん、サーラちゃん。実はさ、アデルモ、獣人の女の子が大好きなのよ」
アデルモが「ロレーナ!」と遮ろうとしたけれど、ロレーナは喋るのをやめない。
「いいじゃないの、アデルモ。サーラちゃんだって取りたくない帽子を取ったんだし。取らせたアデルモも、秘密を一つ言わなきゃフェアじゃないわ」
アデルモはため息まじりに唸った。
「アデルモはね、この国の人間じゃないのよ。海を渡った国から来たの。そこでは、もっと普通に獣人が暮らしているわ。差別もそんなにひどくはない。宿屋の受付とかにもケモノ耳の少女が座っていたりしてね。普通に暮らしているの。アデルモは、そういうのを見るたびに嬉しそうだったわ。こっちの国に来てから、そんな機会も滅多に無くなってしまったから・・・。久しぶりに見たわ、アデルモの、そのにやけた顔」
アデルモは目を逸らしたままだ。
「そうなのですね。アデルモはこの国の人では無かったのですね」
「あら?私もよ?オルランドもそう。ジャンはクルタス王国に来てからメンバーになったけど」
「そうだったんですか。噂ではアデルモは貴族の出だって・・・」
「ええ。貴族よ、ねえ、アデルモ」
楽しそうな感じでロレーナが言う。
「ロレーナ、からかわないでくださいよ」
「ふふ、アデルモはリグリア王国の子爵家六男なのよ。噂と違って、没落貴族では無いわ。ちゃんとサンレモ家は存続してるわよ。ねえ、アデルモ?」
「ロレーナ、家の事はいいじゃないですか。もう10年近く実家には帰っていないのです。貴族としての地位なんて、とうの昔に捨てましたよ。それよりも仕事です。サーラ、何か聞こえませんか?」
私は耳をすます。
音が聞こえる、というよりも気配を感じ取っている、という感覚の方が近いかも。
なんだろ、遠くの方で何か大きなものが動いている気配がする。
「向こうの方・・・大きな魔物の気配がします」
アデルモが少し目を見開く。そして「やはり聞こえるのか」とつぶやいた。
私が指さしたのは村からほぼ真北の方角。たぶん、距離にして1キロくらい。近づいてきているという感じではない。動きも大きくは無い。
「アデルモ、何か嫌な雰囲気を感じるよ」
「嫌な雰囲気?」
「うん。大きな魔物の気配のすぐそばに、いくつもの魔物の気配を感じるような気がするんだ。でも、そっちの動きは・・・何故だか感じない」
「つまり・・・」
「うん、そうかもしれないね」