彼の真意(1)~とある人物視点~
「殿下。婚約者候補の令嬢の、身上書と姿絵が届けられています。ご確認をお願いできないでしょうか」
「うるさいな。わたしは第二王子だ。王太子ではない。わたしは兄上のスペアだ。だが兄上はピンピンしている。そう簡単に死ぬわけがない。よってそんなに婚約者選びを急ぐ必要はないだろう? しかもこれから王立学術院に入学して、勉強が忙しくなる。婚約しても、結婚だってすぐにするわけではない。わたしを急かすな!」
「で、ですが、国王陛下も、見るようにと申されています……!」
しつこい侍従長には「ならばわたしが直接父上と話す!」と言い切り、執務室を出た。この時、もしちゃんと身上書と姿絵を見ていれば、わたしは……こんなもやもやした気持ちを抱かないで済んだと思う。何より、彼女があんな風に追い詰められるようなことには、ならなかったと思うのだ。
公爵家の令嬢であるレイジー・サンプソン。
サンプソン公爵家は、この国で七つしかない公爵家の一つであり、その歴史は長い。筆頭公爵家のルソン家に次ぐ序列の公爵家だった。王太子である兄は、わたしとは年齢が離れていた。しかも既に五歳の時に、他国の姫君との婚約が決まっている。そしてレイジーとわたしは同い年。当然、婚約者候補の一人として、彼女の両親は、わたしにレイジーの身上書と姿絵を提出していた。だが、わたしはそれを見ることがない。
レイジーの両親は、脈なしと判断し、長年の犬猿の仲であるコーク伯爵家との和解のため、これまたレイジーと同じ年だったカーチスとの婚約を、決めてしまったのだ。
そんなことを知らないまま、王立学術院に入学し、レイジーと出会ってしまった。
王族であり、第二王子、婚約者もいない。
そんな状態で王立学術院に入学すれば、令嬢達が寄って来る。それは親が差し向けたからかもしれないし、本人の野心や玉の輿狙いだったのかもしれない。ともかく、連日寄ってくる令嬢達が、煙たくてならなかった。
休憩時間ともなると、令嬢達が寄って来る。そうなると彼女達に見つからない場所へと、わたしは逃げることになる。その結果、王族ではあるが、木の上にて、休憩時間を過ごすことになっていた。
兄と違い、わたしは上品で洗練されたふるまいを、常にしているわけではない。公の場や外交においては、求められる第二王子像を演じるが、それ以外ではわりとラフ。そうでもしないと、肩が凝って仕方ない。常に完全無欠を演じる、兄である王太子は――正直、すごいと思う。いつかどこかで心が折れないか心配にもなるが、そんなことはないのだろう、あの兄なら。
ともかくそんなわたしが木の上で休んでいると、度々、レイジーとミーガンの姿を目撃することになった。最初は「うるさいな」ぐらいの気持ちで、昼食のサンドイッチをかじりながら、その様子を俯瞰していた。だが次第にミーガンがレイジーを焚きつける様子に、むかむかするようになっていたのだ。
何より、レイジーはミーガンが再起不能になるまで追い込める弁があるのに、それをしない。逃げ道を残し、ミーガンが「レイジー様の意地悪~」と言って泣き去る余地を、残しているのだ。
レイジーはかなり切れ者であり、優しいのだと理解した。
そんな彼女に話しかけるきっかけになったのは、ミーガンと一悶着あった時のことだ。ミーガンはいつも通り、言い負かされ、悔し紛れの言葉をレイジーに投げつけ、走り去って行った。一方、その場に残されたレイジーは、ため息をつき、歩き出そうとしたが……。
レイジーが、髪飾りとしてつけていたシルクサテンの赤いリボンが、しゅるりと緩み、ゆったりと風に舞い、地面に落ちた。でもレイジーはそのことに気が付かず、そのまま歩き去ろうとしている。
慌てて木から降り、リボンを拾い、声をかけた。