悪役令嬢はデレさせたい
本来のシナリオに従えば、悪役令嬢が受けるべき仕打ちは以下だった。
婚約破棄&婚約破棄に伴う各種違約金の支払い。
一ヵ月の謹慎処分。
ヒロインとカーチスへの接近禁止令。
ヒロインへの謝罪とお詫び金の支払い。
だが実際は、ツンデレ第二王子アドルファスの活躍のおかげで、婚約破棄……婚約解消で済んだ。これはゲームのシナリオとしては、満足できる結果ではなかっただろうか? 代わり(?)なのか、崖っぷちから海に落ちることになったけど。
これならシナリオ通りに断罪された方がよかったー!と思うものの。既にヒロインのカクテルがぶ飲み、井戸でのリバース、私によるヒロインの殺害未遂疑惑と、イレギュラーな事態がいくつも起きていた。よって崖から落ちるのも……必然だったのかもしれない。
だけど。
まさかアドルファスまで、私のこのイレギュラーに、巻き込まれるなんて! ヒロインの攻略対象であり、人気ナンバー2なのに。
彼は崖から落ちそうになる私のことを、迷うことなく助けようとして、一緒に海に落ちてくれたのだ。しかも海から私を助け出し、崖の下にある洞窟まで運んでくれた。例え運動神経抜群だったとしても、容易にできることではない。恐らく騎士の訓練を受けていたから、できたのかもしれないけど……。
言えることは一つ。
もしアドルファスがいなければ、サスペンスドラマの冒頭で発見される、水死体になっていたところだ。彼のおかげで命拾いできた。もうこれには感謝しかない。
私は感謝の気持ちでいっぱいだが、当のアドルファスは、ツンモード全開で私に告げる。
「さすがに日は落ちた。夜にこの断崖絶壁の捜索は、不可能だ。日の出までこの洞窟で、辛抱しろ」
そう言うとアドルファスは、流木や海藻を使い、火を起こした。さらに岩にできた海水のたまり水にいた蟹を捕まえ、焼いて食べさせてくれたのだ。小さな蟹だけで満足なんてできないが、何も食べないよりましというもの。何より王族であるのに、自ら何もかもやってくれるなんて! 騎士としての精神を持ち合わせ、レディとして敬ってくれているからだとは思う。
そうであったとしても、アドルファスは人として、大変立派だ。だって王族ですよ? 私に対して「あれをやれ、それをとってこい」と命じてもいいのに。まあ……私が動いたところで、足手まといにしかならない――という説はありますが。
それにしても辛抱しろ、だんなて。まさかそんな気持ちになるはずがない。ただひたすら彼のアウトドア……いやサバイバル力に感服し、感心し、感謝しかない。
ただ一つ言うならば。現状、二人とも下着姿というトホホな事態。とはいえ、あの断崖絶壁から落ちたのだ。よくぞ無事だった……というしかない!
奇跡的に怪我もなく、今、生きている。それは全てアドルファスのおかげだった。井戸での殺害未遂の疑惑をかけられた時も。喧嘩両成敗で治めてくれたことも。こうして海から助け出し、火と食料を確保してくれた件も。
すべてを踏まえ、私がアドルファスに伝える言葉は、これ一択しかない。
「勿論、文句などありません。……その、本当に。井戸の件といい、普段の喧嘩の件、そしてこの崖っぷちからの落下といい……助けてくださり、ありがとうございます」
「……ただ、わたしは見ていたことを、見たままに話しただけだ。それに助けたつもりはない」
そう言ってアドルファスは、フィッとそっぽを向いたが。なんだか耳が真っ赤で、頬が赤いのは気のせい……?
というかこのツンツンツン第二王子、一度もデレを見せていなかった。デレさせるのは、無理だと思う。けれど、このツン以外の表情は出せないわけ? いろいろな意味で恩人であり、イジるつもりはない。でーすーが。感謝に対しても、あくまでもツンなのは……。
照れ屋なのかしら?
少し、私の中で、茶目っ気が起きた。相手は王族なのに、アドルファスはらしくないから!
「見ていた……それはつまり殿下は、常に私のことを気にしていてくださったのですね」
軽い気持ちで、即刻否定されると思い、放った言葉だった。
思いっきり、ツン返しされると思っていたのに。
アドルファスは顔を真っ赤にして、なぜか瞳を潤ませ、私を睨んでいる。
あ、ツンではない表情をしているわ!
うん、え、そうではなくて。
これは……どういう意味ですか……?