悪役令嬢はセオリーを信じていた
アドルファスは何を言いだすのかと思ったら、こんなことを話しだした。
「カーチス。わたしは君とそちらのレンジ嬢との会話を、聞いてしまった。二階に控室を用意されていたのは、わたししかない。わたしがそこにいると気づかず、誰もいないと思い、会話していたようだが……。不用心だったな。謀は、こっそり密室で行うべきだった」
リバースを終えたミーガンが、ハンカチで口元を拭い、カーチスに近づく。だがカーチスは腕を動かし、ミーガンが近寄るのを阻止しながら、アドルファスを注視する。
「今日のパーティーでカーチス、君は、サンプソン嬢との婚約を、破棄するつもりだったのだろう? サンプソン嬢が、レンジ嬢にいじめをしていると指摘して。だがそれはわたしが観察していた限り、一方的にサンプソン嬢が責められていい案件だとは思えなかったぞ」
アドルファスの指摘に、カーチスの顔が青ざめる。ミーガンも「え」と頬をひくつかせていた。さらに集まって来た招待客達も、ざわざわしている。私の両親も驚いた顔で、アドルファスを見つめていた。
「例えばサンプソン嬢が、薔薇モチーフの髪飾りをつけてきた翌日。レンジ嬢は、百合のデザインの髪飾りをつけてきた。これみよがしにサンプソン嬢に見せつけるが、彼女は無視だ。相手にしない。するとレンジ嬢は『私のこの髪飾りが素敵過ぎて、悔しいから無視するのですね!』と言い出す。そうするとサンプソン嬢は『はあ? 何を言ってらっしゃいますの!? あなたのような芋娘、最初から相手にしていませんわ!』と喧嘩になる」
まさにその通り。喧嘩をふっかけてくるのは、いつもミーガンなのだ!
「見ての通りサンプソン嬢は、黙ってそこにいれば、美しい薔薇の華だ。だが噛みつかれると、倍返し。とことん相手を追い詰める。いつもこてんぱにやられるのは、レンジ嬢。みんなが見ているのは、レンジ嬢が言い負かされているところばかり。これじゃふっかけたのはレンジ嬢でも、サンプソン嬢が悪者に見られる。それを理由に婚約破棄は……やり過ぎにも思える」
アドルファスは……! あなたもしかしてツンツン王子だと思っていたけど、本当はイイ人なのでは!?
「だが、そもそもコーク伯爵家とサンプソン公爵家は、犬猿の仲で知られているだろう。何代も前の当主同士が、一人の令嬢の愛を巡り、大喧嘩となった。以後、いがみあう関係だ。ここに来て、双方の娘と息子を婚約させ、結婚させて仲直り……なんて無理だろう。積もりに積もった遺恨は、そう簡単には収まらない。今だって両家の両親は、大喧嘩だ」
アドルファスの指摘に、私の両親はシュンとする。地面にひれ伏した状態のカーチスの両親は、さらに身を縮こまらせていた。
「だから婚約破棄をするなら、した方がいいと思う。この国では、離婚が認められていない。このまま結婚したら、不幸になるだけだからな」
最悪。やはりこの王子、ツンツンツンツンだけ王子だ!
「ただ、いじめを理由にする必要はないだろう? それにいじめというより、喧嘩だ。喧嘩両成敗。どっちもどっちだろう?」
アドルファスに言われ、なぜか私とヒロインはお互いに「ごめんなさい」と謝り、許し合うことになった。
「後は普通に、婚約解消をすればいい。だろう?」
問われたカーチスは頷き、私に声をかける。
「……その、そういうことだ。君に非はなかったようだが、我が家と君の家には、深い遺恨がある。息子と娘の結婚ごときでは、埋まらない溝が。殿下の言う通り、離婚もできない。このまま結婚しては、不幸なだけだと思う。だから婚約は、破棄しよう」
そこは「解消しよう」と言えばいいのに。
でもまあ、これがゲームの求めるシナリオの流れだ。従うしかないだろう。それに別に私はカーチス命ではない。前世私の推しも、彼ではない。
「了解しました。それは両家の意志ということで、いいですよね?」
一応、自分の両親とカーチスの父親と母親を見るが、四人とも頷いている。それを確認し、私はカーチスに告げる。
「婚約は解消ということで、同意いたします」
「良し。次はカーチス、君はサンプソン嬢に謝罪しろ。井戸にレンジ嬢を突き落とそうとしたと疑い、彼女の名誉を傷つけようとした」
これには集まっていた招待客達が「まあ、ひどい」「なんて濡れ衣を」と非難の声をあげてくれる。この乙女ゲームの世界は、名誉を傷つけられることを大変嫌うので、この反応も当然だった。
さらに王族の一人であるアドルファスにこう指摘されては、カーチスはぐうの音もでない。素直に謝罪してくれた。
「……レイジー、すまなかった。状況をよく確認せず、君のことを犯人と決めつけてしまった。申し訳ない。あやまる。ごめんなさい」
「い、いえ。私も、つい疑われると、逃げてしまったので」
「では、これにて一件落着。終了だ。解散!」
アドルファスがパン、パンと手を叩くと、集まっていた招待客達が、雑木林の方へ戻っていく。私の両親は、カーチスの両親に手を貸し、立ち上がるのを助けている。
カーチスとミーガンは「……ミーガン、君は、酒を飲まない方がいい」「すみません……」と、少しぎくしゃくしているが、まあ、大丈夫だろう。
「サンプソン嬢、もう終わったんだ。そんな崖っぷちに、いつまでいるつもりだ?」
アドルファスが、手をこちらへ差し出した。
もしや私を、エスコートしてくれるつもりなの?
「殿下、ありが」
その時、ひと際強い風が吹き、気を緩めていた私は……。
え、嘘、落ちるの?
崖っぷちで犯人、落ちないのがセオリーじゃないの!?