悪役令嬢は助かりたい
あ、いた!
って、なんで!
なぜか庭園の端には井戸があり、よりにもよってミーガンはその井戸に向け、リバースしようとしていた。
「待ちなさいよ、ミーガン! それ、飲み水として使っているかもしれないのよ!?」
慌てて止めようとした時、バランスを崩したミーガンは井戸に落ちそうになり、それを支えたのだけど……。
ミーガンは盛大にリバースしていて、離れた場所から怒鳴り声が聞こえた。
「おい、レイジー、君はミーガンに、何をしようとしているんだ!」
声に振り返ると、そこにはカーチスと彼の両親がいる。
さらに今の怒鳴り声で、庭園でイチャイチャしていた人々が、一斉にこちらを見た。私の両親を含め。
やだ。何、この状況。
これではまるで私が、ミーガンを井戸に突き落とそうとしたかのように、見えない!?
違うわよ、私、そんなこと、してないからねっ!
自分が悪役令嬢であることを考えると、こーゆうシーンでは間違いなく、悪者にされる。何せ“悪役”令嬢ですからね!
というわけで、思わずその場から逃げ出したのですよ、私は。
方角的に、別荘の建物がある方には行けなかった。だってそっちの方に、カーチス達がいたから。そうなると雑木林の方を、駆けて行くことになり……。
そして断崖絶壁に辿り着く。
これ以上はどこにも行けない!
そして至る現在だ。
カーチスと私の両親は取っ組み合いの喧嘩をしており、ミーガンは顔色を悪くしながら、ドレスのスカートを押さえている。カーチスはこのカオスな状況に舌打ちしつつも、今が断罪の場だとばかりに、再び私に声をかけた。
「レイジー、君が自分の罪を認めない限り、この場は収まらない。目撃者は大勢いるんだ。ミーガンを井戸に突き落とそうとした罪を認めろ!」
まさにサスペンスドラマでありがちなセリフを、カーチスが叫ぶ。
「カーチス様、私はミーガン嬢を井戸に突き落とすなんて、断じてしていません」
「ではなぜ逃げた? やましいことがあるから逃げたのだろう?」
「違います! ただ、私とミーガン嬢は仲が悪いと思われていますよね? それであの状況を見たら、誤解される。まさにカーチス様が言うようなことをしていると、誤解されると思ったのです。それで咄嗟に逃げてしまっただけです」
するとカーチスは顔をしかめ、私に尋ねる。
「では井戸のそばで何をしていたんだ!?」
「それは……」
ミーガンは、この世界のヒロインなのだ。
ヒロインとは、人前でおならをしない、ゲップをしない、舌打ちなんかしない、完全無欠であることを求められる。それにそもそも高位貴族ほど、体裁を気にするのだ。令嬢のおならを庇うための侍女まで存在するこの乙女ゲームの世界において、まさか井戸に向けリバースしていたなんて、言えるわけがないっ……!
同じ乙女として。令嬢としても。ミーガンを庇おうと思っていた。
待って。ここはヒロインを、自分の身を挺してまで、庇うところ?
チラリとミーガンを見る。
私と目が合った瞬間、ミーガンはフイッと視線を逸らす。
……。
この世界、未遂でも殺人は重罪だ。
重罪、すなわち死刑!
そして今、私は名実ともに、断崖絶壁の崖っぷちだ。井戸へミーガンを突き落とそうとしたと、疑われている。それはカーチスだけではない。私の両親だってそう思っていた。あの場を目撃していたら、そう思われても仕方なかった。
言わないと、私が助からない。
このゲームのプレイヤーでもあった私が、ヒロイン像をぶち壊すのは申し訳ないと思う。だがしかし。背に腹は代えられない。だってミーガンが私を擁護する気配は、微塵も感じられないのだから!
「ミーガン嬢は」「こいつは井戸で、ゲロっていたんだよ」