悪役令嬢はやさぐれる
そもそも乙女ゲームの世界に転生することになった理由は、一つしか考えらえない。多分、『Love♡Love~素敵な恋をしよう~』をプレイしている時に、私は亡くなったんだ。
正直なところ、死の瞬間の記憶はない。
気づいて目が覚めたら、『Love♡Love~素敵な恋をしよう~』の世界に転生していたという状態だった。しかも目覚めた時の私は、赤ん坊。その後、前世の記憶を思い出すこともなく、ただの公爵家の令嬢レイジー・サンプソンとして成長してしまった。
覚醒したのは、別荘に到着し、誕生日パーティーの会場となるホールへ向かうおうとした時だ。うっかり階段を踏み外し、落ちそうになったところを、この国の第二王子である、アドルファス・ウィリアム・エヴァーグレンに助けられた。
アドルファスはヒロインの攻略対象で、人気ナンバー2。王子キャラは彼しかいないから、通常であれば王道ルートでナンバー1になると思うのだけど。彼は甘々王子ではなく、ツンデレ。しかもツンの割合が多い。
よって金髪碧眼で容姿端麗、運動神経抜群、頭脳明晰と三拍子揃っているのに、一番人気の座を、騎士団の団長の息子に譲る事態になっていた。
ともかくそのアドルファスに助けられた時、彼をクラスメイトとは思わず、「あ、ヒロインの攻略対象だ」と思った瞬間から、私は前世の記憶を取り戻したのだ。
超高速ジェットコースターに乗った状態で、脳内で前世記憶が急展開され、私はくらくらしていた。アドルファスは休憩室で休むよう、ツンツンキャラでありながらも親切にすすめてくれたが、私はそれを無視してホールへ向かった。
別荘は大きく、エントランスからホールまでがえらい遠かったおかげで、ふらふらと歩きながらも前世記憶の消化は終了。状況を把握することができた。
今いる別荘は、レイジーの婚約者であるカーチス・コークの父親が所有している。海辺の断崖絶壁に近い場所に立てられている別荘は、街を見下ろすことができた。夜景を楽しむ文化があるわけではないが、この別荘からの眺めが絶景であることは確か。よってこの別荘で、カーチスの二十歳の誕生日パーティーが行われることになったのだ。招待されているのは、王立学術院という、前世でいう大学のクラスメイト達。
『Love♡Love~素敵な恋をしよう~』のプレイ記憶をよみがえらせると、このカーチスの誕生日パーティーは、断罪イベントの場の一つである。
悪役令嬢の婚約者であるカーチスは当然、ヒロインの攻略対象。そしてヒロインがカーチスを攻略対象に選んでいる時、カーチスの誕生日パーティーで、断罪イベントのフラグが立つ。かつ、カーチス攻略ルートでしか、この誕生日パーティーは発生しない。
つまり、ヒロインはカーチスを攻略中で、私、レイジーはこれから断罪される身であると理解する。理解するも何もない。前世記憶とレイジー本来の記憶が融合した今、レイジーがヒロインいじめをしっかりやっていることも、理解している。こんな断罪イベント直前で記憶を取り戻しても、もうどうにもならないと、瞬時に悟るわけだ。
ただ、カーチス攻略ルートで良かったなぁと思ってしまう。
だってこれがアドルファス攻略ルートだったら、断頭台送りだ。でもカーチスの場合、親同士が犬猿の仲であり、かつ我が家の方が、爵位が上である。ゆえに断罪としては、ソフトなもので済む。
つまり、婚約破棄&婚約破棄に伴う各種違約金の支払い&一ヵ月の謹慎処分&ヒロインとカーチスへの接近禁止令&ヒロインへの謝罪とお詫び金の支払い。数は多いが、致命傷となるものはない。何より命はとられずに済む。
これには直前の覚醒でもなんとかなると、胸をなでおろしたものの。
断罪は、衆人環視の中で行われる。
しかも今回の誕生日パーティーは、クラスメイトの保護者の参加もOKだった。前世の感覚からすると、誕生日パーティーに親同伴!?――と思ってしまう。だが、誕生日パーティーという言い方になっているが、開始時刻は夕方からで、要は舞踏会と変わらないのだ。舞踏会はこの乙女ゲームの世界では社交の場であり、そこには保護者も何も関係なく参加する。その感覚で、父兄も参加しているわけ。
これが意味するのは、とにかく大勢の前に引きずり出され、ヒロインいじめで断罪されるということだ。しかも既にレイジーはヒロインをいじめてしまっているから、弁明のしようがない。ひたすらごめんなさいするしかなかった。
そんな事態が待っているというのに。しらふなんかでやっていられるわけがない。というわけで私は、誕生日パーティー開始前に、ラウンジに寄り、そこでワインをいただいたわけだ。私は既に二十歳だったしね。
やさぐれ気分で飲んでいると、そこにヒロインの攻略対象だった騎士団の団長の息子、宮廷画家の息子がやってきた。二人とも既に二十歳で飲める年齢。そしてヒロインに攻略されることなく、お役目御免となった人々だ。さらに彼らはまだ私がヒロインいじめをしていることを知らないから、気軽に声をかけてくれた。
結果、この三人とワインをちびちびいただいていたわけですが……。
そこにヒロインであるミーガン・レンジがやって来たのだ!