プロローグ
ザザザーン。
ザザザーン。
断崖絶壁に、冷たく強い風が吹き、荒れた海が、うねるように打ちつけている。
オロロン、オロロンという鳴き声は、カモメではなく、ウミガラスの鳴き声だ。
「レイジー、観念するといい。君が、ここにいるミーガンのことを、井戸に突き落とそうとしたことは、もうバレているんだ! 潔く白状し、楽になるといい」
私の婚約者であり、伯爵家の嫡男であるカーチス・コークが、尤もらしくそう言った瞬間。彼のすぐ足元に、鳥のふんが落ちてきて、カーチスはビクッとして、空を仰ぐ。この場に相応しくないテールコートのズボンに、白い飛沫が飛び散っている。
ダークブラウンの髪を、強風に任せ、乱れさせながら、それでもカーチスは視線を私に戻す。そして金髪の長い髪が強風にあおられているヒロイン、ミーガン・レンジを抱き寄せた。ピンクのふわふわチュールのドレスは、先ほどから強風で何度もめくり上がり、ミーガンは脚が見えてはいけないと、必死にスカートを押さえている。
一方の私、絶体絶命の崖っぷち悪役令嬢レイジー・サンプソンは、どういう状態なのかというと……。体にフィットした黒のマーメイドドレスは、強風の影響がほぼない。シルバーブロンドの髪は、きっちりまとめてアップにしているので、こちらもまた強風により、乱れることはなかった。
とはいえ、なぜ?
確かに現在、断罪されている私は、絶体絶命の崖っぷちにある。
でもだからって本当に崖っぷちで断罪されなくても、いいんじゃないの!?
これではまるで、昭和のサスペンドラマみたいだ。
ここは西洋文化で中世っぽい世界なのに。
おかしいでしょう!
それに乙女ゲームの断罪は、たいがい、観衆がいるホールでしょう、普通は。
なんで断崖絶壁なの?
どうしてこうなった……?
こうなったのは……そう。
私は誕生日パーティーの行われる別荘から、逃げたからだ。
逃げる……というか、そうしないと絶対疑われると思ったから……。
「レイジー、素直に罪を認め、こっちに来るんだ! 父さんはレイジーが犯罪者でも、愛しているから!」
「そうよ、レイジー! 飛び降りるなんて、おやめなさい! それに未遂で済んだのでしょう? あとは公爵家の力で何とかするから、早まった真似はしないの!」
「な、おば様、ヒドイです! なんてことをおっしゃるのですか!」
かみつくカーチスに、これまた断崖絶壁に不釣り合いな、黒のテールコート姿の私の父親が怒鳴る。
「うるさい、人の妻をおばさん呼ばわりするな! それにたかが伯爵家の分際で、娘を断罪しようとするなど、百万年早い。そもそも娘が、そこの芋娘を井戸に突き落とそうとしたのは、貴様がその芋娘と浮気したからだろうが!」
「おい、サンプソン、貴様こそ、人の息子に『うるさい』とは何だ! 元々お前のところの、美人だがやけにプライドが高い娘との婚約なんて、乗り気ではなかった! だがな、長年に渡るコーク家とサンプソン家の遺恨をここで終わらせようと、仕方なく婚約を許してやったのに! 何様のつもりだ!」
グレーのテールコートを着たカーチスの父親が、私の父親につかみかかる。それをグリーンのドレスを着たカーチスの母親が、止めようとした。するとブルーのドレスを着た私の母親が、そうはさせまいと邪魔をする。
もうまさに次から次に家族が登場する、サスペンス劇場さながらの修羅場だ。
まず、私はミーガンを井戸に落とそうとしていないし、断崖絶壁にいるが、飛び降りるつもりはない。誤解されるからと逃げたら、追いかけられ、結局ここに辿り着いたまでだ。まさに行き止まりだから、ここにいるだけで、道があるなら前に進んでいた。
そもそも私が転生した乙女ゲーム『Love♡Love~素敵な恋をしよう~』の悪役令嬢の断罪の場は、別荘のホールのはずなのに! しかも断罪内容は、ヒロインへの悪口であり、井戸に突き落とすなどではない。
どうしてこんな昭和サスペンス映画風になってしまったのか、意味が分からなかった。
いや、冷静になろう。
順を追って振り返るのよ、私。