第9話 貴族会議
帝国の宮殿には「討議の間」という場所がある。
読んで字のごとく、何らかの討議を行うための部屋である。
そこに、すべての諸侯が集結していた。
年に一度の貴族会議が開催されるためだ。
この会議では、皇帝の臨席の下で諸侯が国の政治方針の決定や地方の政治の実情などを報告することになっている。
諸侯の中で、一際小さくなっている男がいた。
南王、カール・エイミスである。
まだ15歳の少年は、まだ貴族社会の荒波に揉まれたことがない。
その様子を離れた席から見守るのは、ジェフリー・エドキンズであった。
部屋に入る前、2人は入念な打ち合わせを行っていた。
「ここから先、部屋に入ってしまえば、南王様は基本1人で行動することとなります」
「ジェフリー、私は不安だ。並みいる諸侯の前で、皇帝陛下の面前で、南都の実務報告など出来はしない」
「ご安心ください。何か異論を唱えてくる者があれば、私が応答しましょう」
いくらか、少年の顔が和らいだ。
「お前が頼りなんだ、ジェフリー。どうかよろしく頼む」
そうは言ったものの、カールの顔色は優れない。そわそわして心ここにあらずといった具合だ。
「おお、もしやカール殿ではございませんか」
話しかけてきたのは東王、ダグラス・ダニングであった。
「は、はい」
カールはしどろもどろに返事をする。
「私は東王ダグラス・ダニングと申す。先の父上の件、さぞ無念でしょう。お悔やみ申し上げる」
ダグラスは丁寧に頭を下げた。つられるようにしてカールも頭を下げる。
「これは、痛み入ります」
「しかし、突然の代替わりとなれば国が荒れそうなもの。南都に大きな混乱が起きていないのは、ひとえにカール殿のご尽力の賜物でしょうな」
「……」
カールは黙ってジェフリーの方を見た。
ジェフリーは、「私の名を出さないように」と目で合図した。
「カール殿?」
「え、ああ、いえ、なんでもございません。父が残した統治法をそのまま遂行しているだけです」
「そうでしたか。お父上は気丈なお方でしたからな……」
――
南王と東王が話し込んでいる最中、討議の間から少し離れたところではある2人が話をしていた。
「ご、ご機嫌麗しゅう、北王殿……」
「そちらも何事もなさそうだな、西王」
北王、ベルベット・エーブリーと、西王、シリル・ウォルジーである。
「西王よ、嫌な噂が流れているのを知っているか?」
「へ? 噂でございますか?」
ベルベットはため息をついたのち、口を開いた。
「どうも巷では、西王は北王の支配下に置かれているということになっている」
シリルの背中に嫌な汗が流れる。
「ここで一度確認しておきたいのは、我々は対等な立場だ、ということだ。異論はないな?」
「も、もちろんでございます」
シリルはいちいち跳ねるようにして言う。
「ふむ、ならば西王、頼みがある」
「は、何なりとお申し付けください」
シリルの額に汗が流れだした。
「今日は南王が南都の統治について報告をする。その際に、ヤジを飛ばしてほしいのだ」
「や、ヤジでございますか」
「……不服か」
「めめめ滅相もございません。かしこまりました」
シリルは腰が折れんばかりに頭を下げた。
ベルベットはその様子を見て笑みを浮かべる。
「……安心せよ、西都の住民に向けた物的、軍事的支援は継続する」
それを聞いたシリルは、心底ほっとした表情を浮かべる。
ベルベットは討議の間に向かい歩き始めた。
その姿が見えなくなったのを確認してから、シリルは地団駄を踏んだ。
――
「これより、会議を開催する」
レッド・ファンゲル家の当主、アリスターが声高に宣言する。
「まずは南王、南都の状況を報告せよ」
「はっ」
カールがその場に立ち上がる。
ジェフリーがじっとその姿を見つめる。
何かあれば、私がカール様をお助けしなければ……。
カール姿を、固唾をのんで見守る。
しかし、結果的にジェフリーが救いの手を差し伸べることはなかった。
カールは、それは見事な説明をしてみせた。
父の死からこれまでの政治状況の変化から民の様子までつぶさに、そして理路整然と話した。
無論、シリルがヤジを飛ばす隙も無かった。
全てを話し終えた後、カールはその場にへたり込むように座った。
その頭上に声が届く。
「南王、その若さでよう説明を果たした。あっぱれである」
皇帝の声であった。
すぐに、拍手をする者が現れた。
ダグラスだ。
拍手は瞬く間に広がり、カールを称賛する声があちらこちらから聞こえた。
「まっこと、南王殿はよう役目を果たされた」
「これほどまでに分かりやすい話を聞いたのも久しい」
「お父上も喜んでおられよう」
ジェフリーは場の様子を見て、感涙した。
……アルバート様、カール様はご立派に役目を果たされました。
その様子を、明らかに不機嫌な顔で見ている男がいた。
ベルベットである。
彼は口を開き、こう言った。
「されど、これは単なる報告。これだけで南王殿を手放しで称賛するのはいかがなものかと」
場の空気が凍り付いた。
「南王殿はまだお若い。皆様、ちと甘やかしてはおられませぬか?」
「北王殿!」
ダグラスが怒気を含んだ声で言う。
「あなたは皇帝陛下も甘やかしでお褒めになったと言うか!」
「それは飛躍しすぎでしょう。陛下は『説明を果たしたこと』にねぎらいの言葉をかけられたにすぎません」
ベルベットが冷淡に言った。
そこから、2人の口論が始まった。会議はしばらく中座し、皇帝のとりなしでようやく2人は矛を収めた。
その後は、つつがなく議事は進行していった。
――
会議の後、ベルベットは宮殿を出ようと出口に向かっていた。
「北王よ」
声をかけられて振り返ると、そこにはアリスターがいた。
「はっ」
ベルベットは頭を下げた。
「会議でのご進行、ご采配、お見事でございました」
この男がここまでへりくだるのには訳がある。
舞踏会で築き上げたオークと貴公子との関係を発展させたかったためである。
「面を上げよ」
アリスターは超然として言った。
ベルベットが頭を上げると、アリスターはゆっくりと近くにやってきた。
「先だっては、舞踏会でご息女に愚息が世話になったそうだな」
「はっ、その折は我が娘メアリーに、御曹司様がお声がけして下さったとのこと、恐悦至極に存じます」
「……そのことよ」
アリスターは護衛に目で合図をして、一旦下がらせた。
慌ててベルベットも護衛に下がれと合図する。
「田舎貴族の娘が、よくもまあ、大事な息子をたぶらかしてくれおって」
ベルベットは頭から冷水を浴びせられた感覚になった。
アリスターの姿がぐにゃりと歪んだ気がした。
「……昨晩、息子がお前の娘宛に手紙を書いておってな」
アリスターはかなり冷たい口調で言った。
「没収し、破り捨てた。お前にはふさわしい、皇帝陛下の血筋につながる女を娶らせると言ってな」
ベルベットはアリスターの足元を見たまま微動だにしない。
少しでもこの家と縁組が持てると思った自分を恥じた。
……アリスター・ファンゲルと言う男は、かなりの純血主義だということを忘れていた。
「……今後、我が息子に貴様の娘を近づけるのは許さん。婚姻などもってのほかだ。肝に命じよ」
アリスターはそう言い残すと、その場を去った。
残されたベルベットは、その場に呆然として佇んでいた。
――このまま、終わるわけにはいかない。
何とかして、レッド・ファンゲル家との婚姻を結べないか。
……反対しているのは、アリスターだけのはずだ。
そうか。
ならば、簡単な話だ。
先の南王と同じ道を歩ませればよい。
そうすれば、婚姻に反対する者はこの世からいなくなる。
ベルベットはほとんど弾かれたように、その場を離れた。
ベルベットの脳内にかけ巡るアリスター暗殺計画。
これを巡り、グォッカたちの運命は数奇なものになっていきます。