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オーク、伯爵令嬢に変身す。  作者: 塚田亮太郎
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第6話 南都の政変

 南王アルバート・エイミスの急死――。

 この一報は瞬く間に帝国内に広まっていった。


 アルバートが治めていた南都スーデフの住民たちは不安な日々を過ごしていた。


 と同時に、後継者が誰になるかという予想がひっきりなしに行われていた。


「やはり、ここは血筋から言って長男のカール様が引き継ぐんじゃないかね」


 と言う者もいれば、


「いや、若輩者のカール様が引き継げる状態じゃないだろう。別な人間が政治をするんじゃないか」


 こう言う者もいる。


 そして多くの住民たちは、


「カール様に政治ができないとなると、エドキンズ様が取り仕切るのだろう」


 と考えていた。


 エドキンズ家は南王家の筆頭家臣であり、皇帝から子爵を与えられた家柄である。

 現当主のジェフリー・エドキンズは容姿端麗・頭脳明晰との呼び声高く、住民たちからの信頼も厚い。


 この人ならば――。とスーデフの住民たちが考えるのも無理はなかった。


 実際、その通りにことは進んだ。

 アルバートの死後、彼の葬儀一切を取り仕切ったのはジェフリーであった。


 住民たちに、今後の政治は彼が担うことを内外に示したのである。


 アルバートの息子・カールは、若干15歳。

 当然、政治経験は無い。


 当主には彼を据え、実際の政治権力はジェフリーが一挙に握った。


――


「……以上が、住民たちからの要望でございます」

 南王家の屋敷の執務室にて、ジェフリーが静かに言う。


「……」


 当主の席に座るのは、カールであった。


「住民たちの暮らしが良くなりますよう、橋の大規模増設をご許可願いたい」

 ジェフリーの言葉に、カールは黙ったままであった。


「……ジェフリー、このような重大な決断は、私には、できぬ」

 ようやく口を開いたかと思うと、彼はほとんど聞き取れない声で言った。


「恐れながら」

 ジェフリーが諭すような声で言う。


「カール様……いや、南王様」


「その呼び方で呼ぶな……私はまだ、父上の跡を継いだわけではない」


 実際そうであった。この時点ではまだ、彼は正式に父の跡を継いではいない。


「いずれ、そうなります」

 ジェフリーはぴしゃりと言う。


「あなた様はいずれ、責任のあるお立場になる。今の内から決断をする習慣を身に付けておくべきです」


「お前がやればよいではないか!」


 カールはほとんど悲鳴を上げるようにして、立ち上がって言った。


「私は父を亡くしたのだ! そのことを誰も汲んではくれない! 政治政治、決断決断と今の状況で言われる私の身にもなってみよ!」


 ジェフリーは閉口した。


 確かに15歳で父を亡くし、一気に領地経営をする立場になったのは情緒が追い付かないところもあろう。

 しかし、それを乗り越えてもらうしかない。政治に空白は許されないのだ。


「カール様。一度深呼吸をいたしましょう。吸ってー、吐いてー。吸ってー。吐いてー……」


 ジェフリーに促されるまま、カールは深呼吸をした。

 もともと癇癪持ちの気があったカールは、こうすることで落ち着きを取り戻すことが多かった。


「……すまぬ、取り乱した」


 彼は椅子に深く腰掛けると、目を閉じた。落ち着いた合図であった。


 すかさずジェフリーが言う。

「橋の増設の件、いかがいたしますか」


「……わかった。許可しよう」


「承知いたしました」

 ジェフリーは一礼すると、執務室から出た。


 そこに待ち構えていたように、土木業者の取りまとめ役の男が立っている。


「いかがでございましたか」

 男は額から流れる汗をぬぐいながら尋ねた。


「許可が取れた。すぐに増設に取り掛かってほしい」

 ジェフリーの言葉を聞くと、男は頭を下げ、急いで外に向かった。


 ――いったいなぜ、死ななくてはならなかったのですか、アルバート様。


 近くの窓から、立派に整えられた庭を眺めつつ、彼は嘆息した。


 アルバートの検死をした医師の話によれば、体に悪いところはなかったとの話だった。


 となれば、何者かに殺されたか、と思う。


 彼の頭の中に、賢しい男の表情が浮かぶ。


 北王、ベルベット・エーブリー……貴様か?


 その瞬間、ジェフリーは握ったこぶしに力がこもるのを感じた。


 奴なら、やりかねん。


 彼は約一年前の、アルバートとのやり取りを思い出していた。


――


「北王を制する?」


 アルバートの執務室に呼ばれたジェフリーは、彼の言葉を聞いて驚いた。


「うむ」

 アルバートは頷いた。


「どうも、あの男の動きがきな臭く思えてな」

 彼はウィスキーの入ったグラスをくゆらせながら言った。


「きな臭いというと、どのあたりでしょう」

 ジェフリーは思ったことを率直に言う。


「西王とのやりとり、うわさで聞いておらんか」


「……」


 そのことならば、と思った。


 近頃、住民たちの間で話題になっていることがあった。


 ――北王は西王を支配している、とのうわさだ。


「確かに住民たちはそう言っておりますが、所詮はうわさでしょう」


「いや、これがどうも本当らしい」


「なぜそう言い切れるので?」


 ジェフリーが問うと、アルバートはニヤリとして言った。


「簡単な話だ。西王の元にスパイを潜り込ませた」

 これにはジェフリーも驚いた。


「しかし……当家は今、魔法使いはいないはずでは」


「エルフ族に協力してもらった」


 これを聴いて益々驚く。


 帝国創建以来、エルフ族は人間の支配下には入らないと取り決めをしていたはずだ。


 というよりも、南王のエルフ族への意向は全てエドキンズ家の当主を介して伝えられるはずなのである。


 アルバートはすこしばつの悪い笑みを浮かべた。


「何としても極秘で動かしたい案件でな。私が直々に頼み込んだ。しかし、結果的にお前の面子を潰すことになった。すまぬ」

 彼はその場で立ち上がり、深々と頭を下げた。


 王ともあろう人間にここまでさせてしまっては、ジェフリーも許すしかなかった。


「頭をお上げください。敵を欺くには味方から、という言葉もございます」


「分かってくれるか」


「……子どもの頃からの縁ですゆえ」


 アルバートとジェフリーは年が近い。子どもの頃からの付き合いであった。

 ならばこそ、ジェフリーはアルバートの行為を許すことができた。


「それで、西王の話だが」

 アルバートは再び椅子に腰かけ話し始める。


「弱みを握られているそうだ」


「弱み?」


「西都は産業が弱い。故に隣の北都から農産物や鉱物に至るまで輸入している」


 ジェフリーはそこでピンときた。

「なるほど、住民を生活させる手段をほとんど北都に依存していると」


「その通りだ。そして、もう一つ」


 アルバートは一呼吸置いた。

「どうやら、西王はほとんど政治をしていないらしい」


「ほう、それは何故でしょうか」


「筆頭家臣に実権を奪われているそうだ。乗っ取られているということだな」


「……そこで西王が頼っているのが北王だと」


「ご明察だ。西都の産業も軍事もすべて北王頼みになっている。これでは支配と思われても仕方がないだろう」


 アルバートはウィスキーを一口飲んだ。


「……この状況を放っておけば、いずれは北西で巨大な勢力が誕生する。帝国の脅威になるだろう」


「であるならば、我々も東王と協力しておくべきではありませぬか」

 ジェフリーが口をはさむ。


「みすみす見逃すわけにはいきますまい」


 アルバートは少し難しい顔をする。

「そう、見逃すわけにはいかない。それは私もそう思う。だが、東王と組むのは考えておらぬ」


「何故にございますか」


「北西と南東で対立をして……まあ、これは仮の話だが、内戦が起こったとする」


 ジェフリーは内戦という言葉を聞いて目を見開いた。


「仮だぞ、仮。内戦が起こったとする。その時、中央の帝国軍は黙っていると思うか」


「……いえ、恐らく停戦を求めてくるでしょう」


「私もそう思う。そうこうしているうちにゴタゴタと停戦だ調停だなんだと帝国中が慌てだす。そうなると誰が得をするか」


「得、ですか……」


 ジェフリーは考えてみる。が、思い浮かばない。


「お前まで平和ボケをしているとはな」

 アルバートは残っているウィスキーをすべて流し込んだ。


「……帝国の外にも国があるのを忘れているわけではあるまい」


「あっ」

 ジェフリーは素っ頓狂な声を出した。


「確かに、それは盲点でございました……」


「国がごたついている間に、周りの国に食われても仕方はないだろう」


 アルバートは深く息を吐く。

「まあ、そういうわけだ。北西との対立軸になっていくのは避けたいところだな」


「それで、北王を制する、ですか……」


「そうだ。何にしろ、西王への干渉を止めるよう警告せねばなるまい」


――


 なんということであろうか。

 北王を制するどころか、先に死んでしまうとは。

 

 ジェフリーは奥歯をぐっと嚙み締めた。

 恐らくは北王の回し者が何か仕掛けたに違いない。


 とはいえ証拠もなければ、カール様の名代として政治に追われている現在、下手人探しをしている暇はなさそうだ。


 しかし、この恨みはしっかりと記憶しておかねばなるまい。


 ジェフリーは再びこぶしを強く握ると、自身の執務室に向かって歩き出した。

志半ばで死んだアルバートの志は、ジェフリーとカールに引き継がれていきます。

若き王とそれを支える家臣のストーリーが静かに幕を開けました。

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