最終話 人と業
にぎやかな街から離れた、人もあまり来ない場所。そこに、小さな孤児院がある。
入り口の前に、2人の男の子がいた。
1人は目の前に広がる畑の様子をスケッチしている。
もう1人は、畑をぼうっと眺めていた。
「なあ、ジョージ。絵を描くって楽しいのか?」
ぼうっと眺めている少年が、絵を描いている少年に声をかける。
「それを言うならクリフ、ただ畑を眺めているのは楽しいのか?」
少年たちはきょとんとした顔でお互いの顔を見つめると、同時に笑い出した。
何がおかしいのかは分からないが、少年というのは面白ければ笑うものだ。
その時、孤児院の入り口が開く。
「あ、メアリー先生」
クリフが声をかける。
「あなたたち、ここにいたのね。もうすぐ夕食の時間よ。早く中に入っちゃいなさい」
メアリーと呼ばれた女性は、2人にてきぱきと指示した。
「メアリー先生、これ」
ジョージが描いた絵をメアリーに見せる。
「あら、素敵! ジョージは本当に絵が上手ね」
メアリーが微笑みながら彼の頭を撫でる。
「なんだよ、ジョージばっかりずるいよな」
クリフがむくれる。
「ふふ、クリフ。あなたのいいところも私は知っているんですからね。絵を描いている間、ずっとジョージに付き添っていたんでしょ? 優しくなければできないことよ」
メアリーはクリフの頭を撫でる。
少し顔を赤くした彼は、すっと孤児院の中に入っていった。
それを追うように、ジョージも中に入る。
メアリーが扉を閉めようとした時、ふと、遠くの人影が目に入った。
彼女は目を丸くする。
ブラッディだった。
彼女はこちらにやってくる。
「……お越しになるなら、言ってもらえればいいのに」
ブラッディを出迎えたメアリーは、少し愚痴っぽく言う。
「北都からの帰りだったからな、ついでに立ち寄っただけだ。長居はしない」
そういうブラッディの手には、沢山のお土産があるのが分かる。
「もう、無理していませんか?」
「そんなことはない。ただ、ここの子たちに会うのが楽しみなだけだ」
「そうですか」
「……今の子たちは、見かけない顔だな」
歩きながらブラッディが問う。
「ええ、新しくうちで引き取った子たちです。北伐で両親を亡くしたとか」
メアリーが淡々と答えた。
「……お前は、どうなんだ」
ブラッディがそう言うと、メアリーは歩みを止める。
「……過去の自分は、捨てましたから。お母様はどうなのですか」
ブラッディはため息をついた。
「前から言っているが、お前は私の子ではない。その呼び方を止めろ」
メアリーは不思議そうな顔をする。
「おかしなことをおっしゃいますのね。メアリー・エーブリーは、あなたの子なのに」
一事が万事、この調子だ。
ブラッディは閉口した。
食堂に着くと、子どもたちがブラッディに飛びつくようにして走ってきた。
「ブラッディおばちゃん、またおやつ買ってくれたの?」
「僕このお菓子大好き!」
「おばちゃんありがとう!」
あっという間に、ブラッディの周りに子どもたちがわらわらと集まる。
「はいはい! おやつはみんなの分ありますから、先にご飯を食べましょう!」
メアリーが大きく通る声で言うと、子供たちは急いで席に着いた。
「では、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
――
子どもたちが寝静まった後、メアリーは自室にブラッディを案内した。
「長居をするつもりはないと言っただろう」
「せっかくお母様がいらっしゃったんですもの。ちょっとくらいもてなさせてもらってもいいじゃありませんか」
渋い顔をするブラッディだったが、根負けしてテーブル近くの椅子に座った。
「ちょっといいお酒が手に入りましたの。乾杯しませんか?」
メアリーは戸棚からワインと2つのグラスを取り出すと、テーブルに置いた。
グラスにワインを注がれるのを見ながら、ブラッディは思ったことを口にした。
「……メアリーを演じる気分はどうだ、グォッカ」
「……」
メアリーは答えなかった。微笑みを絶やすこともなく、注ぎ終わる。
「乾杯しましょう、お母様」
「お前は、メアリーの真似事をしているに過ぎない」
沈黙が訪れる。
メアリーは一口ワインを飲んで、口を開いた。
「……真似事でも、いいではないですか」
「そうだ。ただの真似事なら、私は何も言わない。だが、お前の中のメアリー像と、過去に北王の命令で形作られたメアリー像が混在している。それが問題なのだ」
メアリーは真顔になった。
その表情に、思わずブラッディはぞっとする。
「……では、私はどうすればいいのですか。メアリー・エーブリーはどうやって生きるべきなのですか」
「それは、お前が探していくことだ」
「無責任ではないですか。どれだけ私を振り回せば気が済むのです」
メアリーの表情にはっきりと嫌悪の情が現れていた。
だがそれに臆することなく、ブラッディは話し出す。
「人間になったということは、それなりの覚悟を持たねばならない。オークのように何も考えず、人を襲って殺し、食うだけの存在ではないのだから」
「そんな覚悟、とうに決めております」
「ならば過去を捨てるなどという言葉を口にするな」
メアリーは黙り込む。
「人間は、業を背負って生きている。誰しも、消せない罪を抱えて生きているのだ。それから逃れて生きてしまえば、それはもう、人間ではない」
ブラッディは一口ワインを口にする。
渋い味だった。
「私は闇の魔法使いとして、多くの人間を屠ってきた。メアリーもそうだ。かつての北王も政敵を排除してきた。東王も南王も、戦争で敵軍の兵士を殺した。罪を背負わない人間なぞいない。お前はどうだ」
メアリーは震えていた。
「……よく、考えろ。そして、重石を背負ってでも、生きろ。私からはそれだけだ」
ブラッディは立ち上がった。
部屋を後にする。
最後に見たメアリー……いや、グォッカは、うなだれていた。
――
孤児院を出た。
しばらく歩くと、冷たい風が吹いてきた。
これから秋を迎えようとしている。
ふと、ブラッディは来た道を振り返った。
孤児院の明かりが小さく見える。
……もし、グォッカがメアリーとして生きるのならば、彼女のしてきた罪も背負って生きていかなくてはならない。
それをして初めて、人間といえるようになるのだろう。
ブラッディは再び歩き出した。
空には、綺麗な満月が浮かんでいた。
完
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