第31話 オーク、伯爵令嬢になる
グォッカは無言で、診察室のドアを開ける。
外には、ブラッディと医師が待っていた。
「……メアリーが死んだ」
その瞬間、ブラッディの目に動揺が見えたような気がした。
医師が診察室に入り、メアリーの体を確かめる。
「……お亡くなりになりました」
グォッカは改めて、彼女が死んだということを受け止めていた。
その横を、すたすたとブラッディが歩いていく。
彼女はメアリーの頬に手を添えた後、頬にキスをした。
あまりのことに、グォッカは固まる。
なんで、なんでこいつがメアリーにキスをしたんだ……?
振り返ったブラッディの目から、涙がこぼれていた。
グォッカはさらに驚く。
「……グォッカ、話がある」
ブラッディはそういうと、医師に出ていくように目で合図をした。
医師は困惑していたが、彼女の圧に負けたのか、その場を後にする。
「……話って、なんだ」
グォッカがやっと紡ぎ出した言葉に、ブラッディは淡々と答える。
「私は、メアリー・エーブリーの母親だ」
――
「……面白くねぇ冗談だな」
グォッカの声に力がこもる。
「おめぇが、メアリーの母親だと?」
「ああ、そうだ」
重苦しい沈黙が流れる。
「証拠はあるのか」
「それを言われるとつらい。だが、私は間違いなくメアリーの母親だ」
「それじゃ、話にならねぇ」
グォッカが吐き捨てるように言った。
「オデはやることがある。メアリーのために孤児院を作るんだ。おめぇとはこれきりだ」
彼は部屋を出ようとする。
「――18年前のことだった」
ブラッディが語りだした。
「私は、仕えていた北王に乱暴された」
グォッカの歩みが止まる。
「その時に孕んだ子が、メアリーだった」
ブラッディはメアリーの遺体に近づくと、彼女の頭を愛おしそうに撫でる。
「私との間に子ができたことを知ると、北王は心底不快そうな顔をした。あの男は、それ以上私に関わることを止めたようだった。私は暗い地下牢でこの子を産んだ」
グォッカは黙ってブラッディを見た。
彼女の顔は、母親のそれと言ってよかった。
「生まれたのが女の子だと知ると、北王は自身の子として育て始めた。周りも、女遊びの末に生まれた子だろうと思ったらしい。私だけが、この子から離された」
ゆっくりとメアリーの顔を撫でる。
「男であれば後継ぎ問題に発展するが、そうでなかったのでこの子を育てることにしたらしい。身勝手なあの男らしい考えだった」
やがてブラッディはメアリーを撫でるのを止め、じっと彼女の顔を見た。
「……転機が訪れたのは、この子が魔法を使った時だった。北王は魔法を使うこの子の姿に私を見たのだろう。地下牢に閉じ込め、養育係を私に押し付けた」
グォッカはただ黙って話を聞く。
それしかできなかったからだ。
「親子水入らず、とはいかなかった。闇の魔法使いとして育て上げねばならなかったからだ。日々訓練に明け暮れた。自分が母親だと告白することは、ついぞ叶わなかった」
ブラッディはメアリーから目を逸らす。
「メアリーは闇の魔法をみるみるうちに習得し、目に見えてひねくれた性格になっていった。私の子育ては半分成功し、半分失敗した」
彼女はそこで一呼吸置いた。
「そのころ、北王が私を護衛にしてオーク族に会いに行ったことがある。そこでグォッカ、お前を差し出す話がまとまった」
彼女はグォッカの目をじっと見る。
「私はこう思った。どうせ魔法で人間に変身させてしまうのなら、メアリーの話し相手になってくれればよいと」
自分の名前が出てきたことに動揺したグォッカは、思わず後ずさる。
「ひねくれてしまった娘の話し相手になってくれれば、それがきっかけでメアリーが明るい性格になってくれるかもしれないと、期待したのだ」
ブラッディはグォッカから目を逸らした。
「お前を淑女として教育していく中で、握手を教えたな」
「……ああ。人として、何か協力するときには必ずすることだと習った」
「お前は、それをメアリーと初めて会ったときに使った」
グォッカはそれを聞いて違和感を覚えた。
「ちょっと待て、あの場にはおめぇはいなかったはずじゃねぇか?」
「地下に降りる階段の一番上で、話を聞かせてもらった」
彼は思い出した。
確か、メアリーとの初対面を終えて戻るときに人影があった。
あれは、ブラッディだったのか。
「私は、お前たちが最高の形で意気投合したことに満足した。これで、メアリーが少しでも明るく真っすぐな子になってくれればいいと思った」
ブラッディは、声を落とした。
「しかし、私の喜びはすぐに消えた。いつものように魔法の訓練をしている時に、私が見本で行った魔法が誤ってメアリーに当たった。その時にちらりと見えたのだ」
グォッカはピンときた。
「……タタラレ化の傷か」
「そうだ。あれだけの傷を抱えていたのは、私も気づかなかった。すぐに薬を用意した。だが、あの子は飲もうとしなかった」
ブラッディは目を閉じた。
「『……私には私なりの考えがあってこの傷を残している。だから、干渉するな』と、この子は言った。十年以上訓練してきて、初めて私に刃向かった瞬間だった」
グォッカは、ダグラスの屋敷でメアリーが話した内容を思い出していた。
父である北王への恨みを忘れないために。
それが、傷を残した理由だった。
「そうこうしているうちに、お前たちの旅立ちの時がやってきた。最後の手段を取るしかなかった。私は老魔女に変身して、お前たちに薬を渡そうとした」
ああ、そうかとグォッカは思う。
あの時に現われた老婆は、ブラッディが変身した姿だったのだ。
娘の命を守ろうとして、無理にでも薬を渡したかったのだ。
「だが、メアリーは私の変身を見抜いた。皮肉なものだ。闇の魔法を教えていた賜物が、こんな時に発揮されるなんて」
ブラッディは力なく笑った。
「その後は、北王に背面服従しつつ、アリスターに下ろうと模索していた。いずれは北王とアリスターが戦うことになると考えていた。その時、圧倒的にアリスターの方が優勢だと考えたからだ。それに、いずれアリスターの下でお前たちに会うという予感があった」
実際、その通りになった。
ブラッディは少しでも、娘であるメアリーの側にいたかったのだろう。
「……あとは、お前も知っているとおりだ。これでもまだ、私があの子の母親であると信じられないか?」
彼女はじっとグォッカを見る。
「……わかった、信じる」
彼もブラッディを見つめ返した。
彼女はそこで、ゆっくりと頭を下げた。
「……この子に自由を味わわせてくれて、ありがとう」
「おめぇに感謝されることはねぇ」
グォッカは静かに言った。
ブラッディは袖で涙をぬぐうと、再びグォッカの方を見る。
「……オークに、戻るか?」
グォッカははっとする。
以前の自分ならばそうした。
だが、既に自分の中にオークとして生きるつもりは毛頭なかった。
「オデは……いや、私は……」
少し逡巡した後、グォッカは宣言する。
「……私は、メアリー・エーブリーとして生きる」
次回、最終回です。
メアリー・エーブリーとして生きることにしたグォッカは、どういう運命をたどるのでしょうか。




