第29話 北王の処刑
「何をしに来た。『地下牢の子』とオークが揃いも揃って」
平素と変わらない、居丈高な口調。
人の神経を逆なでするような言い方。
ベルベットは、グォッカとメアリーが逆に感心するほどに、平素と変わりなかった。
少し拍子抜けして、2人は言葉を失った。
「黙っていては何も分からぬぞ」
この時の会話の主導権は、間違いなくベルベットにあった。
メアリーがはっとしたような顔をして、口を開く。
「……北王様、ご加減はいかがですか」
「ふん、皮肉にしては稚拙だな。見ての通りだ。満足できる環境下では到底ない」
ベルベットはメアリーを睨みつけるように話す。
「あなたには」
メアリーが睨み返す。
「私も、ここにいるグォッカも、人生を滅茶苦茶にされた」
彼女の声が少しずつ大きくなる。
「それを懺悔するつもりは、ないのですか」
メアリーからの問いに、ベルベットは嘲笑をもって答えた。
「我輩が懺悔するだと? 馬鹿も休み休み言え。我輩はエーブリー家の繁栄のために生きたのだ。何を謝ることがあるのか」
これに反論したのが、グォッカだった。
「おめぇ、とことん屑だな。家の繁栄のためなら、誰かの人生をぶち壊してもいいのか」
すると、ベルベットはじっとグォッカの方を見る。
何の感情も浮かんでいない目であった。
「オークよ……お前も人間らしい『情』を持ったか。面白いことだ」
その言い方に、グォッカはカチンときた。
「オデの質問に答えろ!」
地下にグォッカの怒鳴り声が響き渡る。
「気質はまるで変っていないな、オーク」
ベルベットはため息をついた。そしてこう言う。
「ああそうだ。家のためなら、誰かの人生など壊して構わん。それが我輩の流儀だ」
こうも明け透けに言われると、グォッカはつなぐ言葉がなかった。
「……クラレンスが死にました」
メアリーが言う。
流石のベルベットも眉間に皺を寄せた。
「……前日に逃げるように言ったのだ」
「オークに殺されました。一族も全てです」
非難めいた口調でメアリーが話す。
「すべては、あなたの流儀とやらのせいです。そのために、最もあなたに尽くしたであろう人間も死んだ。これを、どう思いますか」
「我輩に説教する気か?」
ベルベットは不快な顔をした。
「何度も言わせるな。エーブリー家の繁栄のためなら、誰が犠牲になろうが構わぬ」
「あなたは!」
メアリーが絶叫に近い声を出す。
「すべてを壊された者や、あなたのために意図せず死んだ者のことを考えることはできないのですか!」
彼女の目からは、涙がこぼれていた。
「今回の戦争だってそうです。オーク族と手を結び、戦場に解き放った。死ななくてもよい兵士たちが多数死んでいった。何の罪もない市民が死んでいった!」
メアリーは溢れる涙を抑えることができない。
「……せめて死んでいった者たちのためにも……謝るとか……できないのですか……」
彼女はその場に泣き崩れた。
グォッカはメアリーを抱きかかえつつ、非難の目をベルベットに向けた。
ベルベットは目を細めてその様子を見ていた。
「……戦争とは、無慈悲なものである。そして兵士たるもの、いついかなる時も死の覚悟をしていなければならない」
「だから、死んでもしょうがないってことか? それとこれとは、話が別じゃねぇのか」
グォッカがベルベットに食ってかかる。
「オークを街に解き放ったのは、せめてもの抵抗をしたかったからだ。手をこまねいて死を待つのは、祖先に申し訳が立たぬと考えた故のことである」
「じゃあなんで西王の所に逃げたんだ!」
グォッカが大声で非難する。
ベルベットは黙り込んだ。
メアリーのすすり泣く声だけがこだまする。
「……怖くなったのだ」
「怖くなった?」
グォッカが繰り返す。ベルベットはどこか虚空を見ながら話す。
「オークどもが街で人間を蹂躙していると報告が入った時、座して死ぬのが怖くなった。だから、逃げ出した」
グォッカはあんぐりと口を開ける。
メアリーも泣くのをやめてベルベットを見る。
「それでおめぇ、西都に逃げたのか」
「そうだ。我輩が西王の元に逃げたのは、軍を立て直すためではない。匿ってもらうためだ」
沈黙が場を支配する。
「なんだ、それ」
グォッカが吐き捨てるように言う。
「最後の最後まで、オデたちはおめぇに振り回されたってことか」
ベルベットは相変わらず虚空を見ている。
グォッカは檻にこぶしを叩きつけて激昂した。
「ふざけんな! おめぇ、どこまで勝手なんだ!」
ベルベットはじっとグォッカを見る。
その目の奥には、得体のしれない闇が広がっていた。
「オークよ、よく聴け」
彼は静かに、しかし確かに言う。
「人間になるのならば覚えておくがいい。人とはかくも心が変わる生き物だ。そしてそれを自覚できる者はそういない」
そこで、ベルベットは言葉を切った。
「時にお前は、人間として生きるのか? それとも、オークに戻るのか?」
急な問いに、グォッカは面食らった。
「どういうことだ」
「まだ答えが出せていないのか」
ベルベットはふと、メアリーの右手に目をやる。
「……近いうちに、その答えを出さねばならぬ時が来るだろう。後悔せぬ選択をせよ」
そう言うと、またベルベットは虚空を眺め始めた。
「……話にならねぇ。行こう、メアリー」
グォッカがメアリーに声をかける。
メアリーは困惑した顔をしてグォッカとベルベットを交互に見やる。
グォッカに引き上げられるようにしてゆっくりと立ち上がると、まだ理解が追い付いていないという表情でグォッカの顔を見た。
彼はメアリーの手を引く。
メアリーは何か後ろ髪を引かれる思いで、振り返った。
最後に見た父の姿は、なぜかひどく小ぢんまりとして見えた。
――
帝暦248年9月13日。
北王、ベルベット・エーブリーの処刑の日である。
宮殿の前に設置された処刑台の周りには、多くの野次馬の姿があった。
その中に、グォッカとメアリーの姿もある。
2人はお互いの手を取り合っている。
「……無理して見なくてもいいんだぞ」
グォッカが小さく声をかける。
メアリーが首を振った。
「ううん……仮にも父の最期の姿だもの。この目で見ておきたいの」
「無理だけはするなよ」
「分かってるわ」
メアリーが小さく微笑む。
突如、野次馬たちの声が大きくなる。
処刑台を見ると、兵に連れられたベルベットの姿があった。
抵抗するでもなく、心ここにあらずといった顔をしている。
長いひげを蓄えた兵長らしき男が、ベルベットに宣告する。
「北王、ベルベット・エーブリー。貴様は帝国への反逆罪と、市民、兵士への無差別殺人の罪により斬首刑に処す」
ベルベットはゆっくりと頷く。
「最後に何か言い残したことはあるか」
男からそう問われたベルベットは、声を大にして言う。
「我がエーブリー家の栄光は、未来永劫続くものである! エーブリー家、万歳!」
これには、聴衆もあきれ返って笑うばかりであった。
かくして、ベルベットは斬首された。
聴衆からは歓声が上がる。
「終わったな、メアリー……」
グォッカはそう言うと、横のメアリーに目を向けた。
が、いない。
どうしたのかと思い、ふと視線を下にやる。
そこに、メアリーが倒れていた。
「おい、メアリー……メアリー! どうしたんだ!」
聴衆の歓声の中、グォッカの声はかき消されていった。
いきなり倒れたメアリー。
彼女の運命やいかに。




