第28話 オーク、北王に会う
ベルベットが見つかったという知らせが入ったのは、グォッカたちが北都の郊外に脱してすぐのことだった。
見つかった、と書いたが、正しくは西王によって捕縛されたというのが正しい。
どうやらベルベットは、グォッカたちの見立て通り西都に逃れ軍を動かそうとしたらしい。
しかし日和見主義の西王シリルは、このままベルベットを捕縛しアリスターの元に連れて行く方が得策と考えたという。
シリルからの知らせを受けたアリスターは、ダグラスとカールに命じてオーク族の残党を殲滅するよう厳命した。
「終わったのね、これで」
アリスターの陣で待機していた時、メアリーがひとりごちた。
グォッカが彼女の顔を覗き込むと、虚脱感に覆われている表情をしていた。
何となく、覇気もなかった。嬉しいと思っている顔でもなかった。
「……大丈夫か、メアリー」
グォッカの口から出たのは、気遣いの言葉であった。
メアリーは、疲れた笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。でも少し、疲れたわ」
彼女は自分の右手に目をやる。
タタラレ化の傷跡は、右手の大部分に広がっていた。
「少し、闇の魔法を使いすぎたみたい」
メアリーは努めて、平然と話した。
「北王に会ったら、なんて声をかけるつもりだ?」
傷跡のことにはあえて触れずに、グォッカは話題を変えた。
「そうね……」
メアリーは北都の方を見て、少し目を細めた。
「……わからないわ。今はまだ、何を聞こうかなんて、考え付かない」
しばし2人は、無言のまま北都を眺めていた。
――
ダグラスとカールの連合軍が戻ってきたのは、その日の暮れ方であった。
ほとんどの兵が肩で息をしていた。
ダグラスやカールも返り血を浴びている。
「ご苦労であった、南王、東王」
はっ、と2人は同時に声を出して頭を下げる。
「オークどもはことごとく屠ったか」
「切り伏せた総数は分かりませんが、恐らくは北都にいるすべてのオークは倒したかと」
アリスターからの問いに、ダグラスが答える。
「分かった。今後北都は我が軍の統括下に置き、不測の事態に備える。両軍とも獅子奮迅の働き、ようやった。皇帝陛下にも必ず伝える」
アリスターの言葉に、ダグラスとカールはさらに低頭する。
そこに、一人の兵士が駆け込んでくる。
「北王が連行されてまいりました!」
そばで聞いていたグォッカの顔に緊張が走る。
ついに、この時が来たか――。
「連れてまいれ」
アリスターが悠然と言う。
兵士は一礼した後、すぐに陣を出ていった。
少しして、複数の足音が聞こえてきた。
グォッカは固唾をのんで見守る。
複数の兵士に連れられて、ベルベットが姿を現した。
驚くほどに姿勢よく、顔つきも堂々たるものであった。
少し衣服や髪が乱れているほかは、グォッカがいつも見ていたベルベットの姿と相違ない。
後ろ手に縛れているからか、少々歩きづらそうにしながら、ベルベットはアリスターの前に連れてこられた。
「何か申すことはあるか、北王」
アリスターが問うと、ベルベットはじっと彼を見る。
しばらく、無言の時間が続いた。
「……私は敗軍の将でございます。何を申し開きすることがありましょうか」
「随分と潔いのだな。北都中にオークをばらまき、あまつさえ西都で挙兵しようとした者の言い分には聞えぬ」
ベルベットは黙り込んだ。
「まあ、よい。お前の処遇は臨時の貴族会議で決まることになろう。それまで自分の行いを顧みることだ。連れていけ」
アリスターの言葉をきっかけに、ベルベットは連れて行かれた。
その際、グォッカはしっかりと彼を見つめた。
ベルベットとは一瞬、目が合った。
その時だけ、鋭い眼光をしたとグォッカは思った。
だがそう思った時には、既に彼は背中を向けて陣を出て行ってしまった。
――
討伐軍が帝都に凱旋したのは翌日のことであった。
南王軍と東王軍がいない軍は、当初の五百余騎から二百騎ほどに減っており、帝都中の人々が驚いた。
既に、討伐軍がオークの襲撃を受けたという噂が広まっていた。
兵の少なさを目の当たりにしてか、それとも自分の身内を見つけられずかは分からないが、泣く人も多かった。
ともかくも凱旋というには、異様な雰囲気であった。
ベルベットは、その処遇が決まるまでレッド・ファンゲル家の地下牢に入れられることとなった。
アリスターの凱旋後数日して、臨時の貴族会議が開かれた。
満場一致で、ベルベットの死刑が決定された。
――
貴族会議から数日後。
グォッカとメアリーはレッド・ファンゲル家を訪れていた。
「ここから先が、地下牢になります。足元にお気を付けて」
アリスターの息子が2人を地下牢の入り口に案内する。
「しかし、北王に会って何を聞くつもりなのですか」
地下への階段を下りながら、息子が尋ねてくる。
「……いろいろと、ね。今は決まっていなくても、会えば聞きたいことが山のように出てくるはずです」
メアリーが笑みを浮かべながら言う。
アリスターの息子はすこしぽかんとしたが、すぐに真面目な表情に切り替えた。
「北王が何かしてくることがあれば、私がお守りいたします。これでも、魔法の特訓は積んでいますから」
彼はそう言うと胸を張る。
その様子を見て、グォッカは少し笑いそうになった。
――捕らえられている北王が何かするはずもなかろうに。
地下牢にたどり着いた3人は、アリスターの息子を先頭にして歩く。
すると、大きな牢が見えてきた。
中に、ベルベットがいるのが見えた。
座りながら目を閉じ、じっとしている。
「……北王、ベルベット・エーブリー。面会者だ」
冷たい声で息子が声をかけると、ベルベットが目を開ける。
一言も声を発さない。
「……私は後ろに居ります。何かあればお声がけください」
アリスターの息子はそう言うと、グォッカとメアリーの後方へ少し下がった。
しばらく沈黙が訪れる。
それを破ったのは、ベルベットであった。
メアリーとベルベットの面会に来たグォッカ。
果たしてベルベットは何を話すのでしょうか。




