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オーク、伯爵令嬢に変身す。  作者: 塚田亮太郎
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最終章 第23話 北伐前夜

「……これは、間違いなく北王からの手紙なのだな」

 皇帝が渋面を作りながらアリスターに問う。


「間違いありませぬ。ここにいる南王から手紙を受け取った後に筆跡鑑定を行いましたが、九割九分北王の筆跡との結果が出ました」


 アリスターがちらりとカールの方を見る。相変わらずこの少年は緊張で震えているらしい。


「『アリスター・ファンゲルとの戦争で我が方に付けば、恩賞は思うがまま』、か……流石に、これは看過できぬな」


 皇帝はカールを見た。


「よくこれをアリスターの元に届けたな、南王カールよ。お前の忠義心、朕は決して忘れぬぞ」


「……畏れ多いお言葉にございます」

 これには、カールはさらに低頭するしかなかった。


「陛下、すぐにでも軍と魔法部隊を動員し、北都を制圧しにかかりましょう」

 血気盛んなアリスターの言葉に、皇帝は苦笑した。


「これはあくまで、お前と北王の戦争だ。そこまで大掛かりな戦いにしてはならぬ」


「何故にございますか。その手紙は、北王がファンゲル家に宣戦布告したも同然の内容ですぞ」


「落ち着くのだアリスター……手紙を見る限り朕の首を狙っているわけでもない。狙っているのはお前1人であろう」


 アリスターは憮然とした。


 要はいたずらに内乱を大きくしたくないということなのだろう。


 だが、仮にも皇帝の血脈にあるものが狙われているのに、なんと腑抜けたことか!


「アリスター。お前が持っている軍と魔法部隊の出動で北王の制圧は事足りるであろう。いたずらに兵を動員してはならぬぞ」


 皇帝が諭すように言うが、これがかえってアリスターの癪に障った。


「お言葉でございますが! 建国以来この国を統べてきたファンゲル一族の者が狙われているのですぞ! これを侮辱とせずなんとしましょうか!」


「しかし、大量の兵を動員すればするほど、そうでもしなければ北王に勝てないのかと国中から指を差されるかもしれぬぞ」


 アリスターははっとした。


 確かに、総兵力を北王戦に投入すれば、ファンゲル家はそうでもしなければ勝てない一族との誹りを受けるかもしれない。


「……されど、獅子搏兎という言葉もございます。それだけ北王家を許さぬという姿勢を示すことも必要ではありませぬか」


 アリスターが低い声でそう言うと、皇帝はやれやれといった顔をした。


「……南王よ、お前はどう思う」


 皇帝がカールに助け舟を求めたことに、アリスターは心底呆れた。


 どうやらこのお人は、戦を最小限にとどめたい一心らしい。


「わ、私は……」


 カールは見るのも可哀そうなくらい動揺していた。


 が、少しすると落ち着いて口を開き始めた。

「……帝国軍と帝国魔法部隊から少数精鋭の者を集め、それとアリスター閣下のお手持ちの軍と魔法部隊を合同させたものを向かわせる、というのがよかろうと存じます」


 この少年は、聡い――。


 アリスターは瞬時に思った。


 確かにこれならば、私と陛下の折衷案としては申し分ない。


 おどおどとして表面には見えないが、先の貴族会議での報告といい、この提案といい、光るものを持っていると、アリスターは思った。


 同じことを皇帝も思ったようで、我が意を得たりという表情をした。


「アリスター、南王の言う案が良いとは思わぬか」


「はい、南王の提言は、確かに陛下と私の折衷案と相成りましょう」


「南王よ、よう言うた。この手紙といい、発案と言い、お前には感謝すべきことが多々あるな」


 異例ともいえる皇帝の言葉に、カールはかしこまって低頭するばかりであった。


「陛下、そうと決まれば北王討伐の日を決めましょう」


「そうさな……アリスター、軍はすぐに用意できるか」


「はっ、支度ができれば明日にでも出陣できます」


 皇帝は苦笑した。


「そこまで急がなくともよかろう……そうだな、選抜部隊を作ることもある。ここはひと月でどうだ。北都の民を避難させるにもちょうどよかろう」


「かしこまりました」


 アリスターは頭を下げた。


 下げつつも、彼はある人物の顔を頭に思い浮かべていた。


――


 北都ノルディッシュは大混乱に陥っていた。


 数日前、突如として北都の至る所に看板がいきなり設置された。


 その内容は、

「北王ベルベット・エーブリー、レッド・ファンゲル家当主アリスターに謀反の企てあり。ひと月後に北伐を開始する。一般市民は避難せよ」

 というものであった。


 国中を飛び交う噂は本当であったかと、北都の民たちは恐れ慄いた。


 すぐさま、避難する人々で北都はごった返した。


 何せ人口20万人の都市である。


 行きかう人々で街の中心部から郊外まで人であふれかえった。


 北都を警備する地方軍が避難誘導をしていたが、混乱は収まらなかった。


 期限のひと月を明日に迎える中、避難できたのは全体の3分の2程度であった。


 そのころ、北王邸では。

 執事クラレンスがベルベットの行方を捜していた。


 朝から探しているが、姿が見えない。


 老体に鞭打ち、あちこちを探し回るが、ベルベットの姿は見つからない。


「ど、どこに行かれたのだ」


 実をいうと、クラレンスも避難を申し出るつもりであった。


 いくら主人がやったこととは言え、執事である自分まで軍に殺されてしまってはたまらない。


 午後5時を回ったころ、別の使用人からベルベットが現れたとの情報を聞いた。


 クラレンスはすぐにベルベットの元へ向かう。


 彼は、庭園で呑気に花を見ていた。


「探しましたぞ、北王様」

 つい、クラレンスの言葉に恨み節のようなものが含まれる。


「……苦労を掛けたな、クラレンス」

 ベルベットは見ている薔薇の花から目を離さず言った。


「……北王様、お願いがございます」


「お暇をいただきたい、か?」


 心を見透かされ、クラレンスは口を真一文字に結んで下を向く。


「よかろう、クラレンス。お前は我が家の功労者だ。我輩と死ぬのは惜しい。生きてエーブリー家の語り手となるがよい」


 ベルベットに思いもよらぬ言葉をかけられると、途端にこの老人は目頭が熱くなるのを感じた。


「我が執事クラレンス、お前は今現在をもってエーブリー家の執事の任を解く」


 クラレンスの目から大粒の涙が零れ落ちた。


 同時に彼は、自己保身に走った自分を恥じた。


「……申し訳ございませぬ」


「よい、お前には一族もおるだろう。早く引き連れて退避せよ。できるだけ早く、一日でも早く、より早く」


 この言葉に、クラレンスは違和感を持った。


 ……なぜそんなに退避を急かすのか?


 何か、嫌な予感がした。


 年の功というやつだろうか、クラレンスは危機管理には長けているつもりだ。

 その自分が抱いた悪い予感は、大抵当たることが多い。


「……北王様、今までどこで、何をしてらしたのですか」

 務めて、平坦な口調でクラレンスは尋ねた。


「ん?」

 ベルベットはそこでようやく、薔薇の花から目を逸らし、クラレンスの目を見た。


 その目は、平たく言えば、淀んでいた。


 何か取り返しのつかないことを、取り返しがつかなくなると分かっていながらやってしまった、一線を越えた者がする目つき――。


 クラレンスは震えあがった。


「なに、我輩は戦の支度をしていただけだ」


 その目でこちらを見ないでください――。


 そのセリフがのど元まで出かかったが、彼はぐっとこらえた。


「敵は」

 ベルベットが語りだす。


「当代最強の魔法使いにして、その軍も魔法部隊もかなり統率の取れた者たちと聞く。黙って北都に受け入れれば、どうなるか」


 ベルベットは続ける。


「……先日、書状が届いてな。差出人はブラッディであった。ご丁寧に、当家を裏切り、アリスターの元に下るとしたためられていた。これで十中八九、我輩の負けである」


 なおも、ベルベットは続ける。


「しかし、我輩にはエーブリー家を守る役目がある。ここで黙って死を受け入れれば、我が祖先に申し訳が立たぬ」


 彼は再び薔薇の方を見やった。


「眠れぬ日々が続いた。我輩も、疲れた」


 突然、彼は薔薇の花をもぎ取り、地面に叩きつけた。


 真っ赤な薔薇は、散り散りに砕け散った。


「……今日の朝だ。レッド・ファンゲル家に対抗できるとしたら、この策しかないと思い至った。体がじっとしていられず、まだ日が出ていないうちに、奴らの元へ向かった」


 クラレンスは身が震える思いだった。


 まさか、そんなことは。


「村長も、突然の提案に戸惑っていたが、最終的には我が方に付くという結論に達した。アリスターの軍勢が北都に侵入してきた時点で、奴らを投入する。そういう策を練った」


「しかし!」

 クラレンスは悲鳴にも似た声を出した。


「北都の民はまだすべて撤収してはおりません!」


「致し方ないのだ、クラレンス。すべては勝つためである」


 彼はその言葉を聞き終わる前に、その場を駆けだしていた。


 早く避難しなければ、オークの餌食になる――。


 彼の頭の中にはそれだけしかなかった。


 日が暮れようとしていた。

いよいよ最終章です。

オークを戦地に投入すると明かしたベルベット。

それが効果を発揮するのか、どうなのか。

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