第22話 オーク、腹を括る
南都を離れた後、グォッカたちは東王ダグラスの元に向かっていた。
アリスターとベルベットの戦争が迫っていることをダグラスに伝えるためであった。
前に前にと歩くグォッカに対して、メアリーは思案顔だった。
それに気付いた彼は、メアリーに話しかける。
「どうしたんだ?」
「いえ……」
メアリーはまた口を噤む。
「なにか心配事があるなら言えよ。オデたちの仲じゃねぇか」
グォッカはにこりと笑って言う。
彼の笑顔を見て、彼女は表情を緩めた。
「……大丈夫よ。お水、いる?」
「ああ、頼む」
メアリーは懐から杖を取り出し、グォッカが差し出した水筒にそれを当てた。
みるみるうちに水筒に水が溜まっていく。
「魔法が使えるようになったのは良かったなぁ」
グォッカが幾分気の抜けた発言をする。
「ええ、そうね。アリスターの息子は約束を守ってくれたわ」
水筒が満杯になると、グォッカは美味そうに水を飲み始めた。
「……メアリー殿、私も水筒に水を入れてほしいのですが」
「私もよろしいかな」
グォッカの飲みっぷりを見た騎士団の男たちが次々に水筒を差し出す。
「ええ、分かりました」
メアリーはかすかに笑みを浮かべながら男たちの水筒を預かった。
水を入れている間、グォッカが話しかける。
「心配事は大丈夫か?」
メアリーは少し眉をピクリとさせたが、きわめて何でもないように言う。
「大丈夫よ、ちょっと、ね」
グォッカは怪しく思った。
メアリーらしくない、歯切れの悪い回答だった。
だが、無理に聞いても話してはくれないだろうとグォッカは思った。
しばらく歩くと、東都が見えてきた。
なんとなしに、一行に安堵感が広がっていった。
その時である。
茂みの奥から何かがさがさと音がした。
騎士団の行動は素早かった。
すぐにグォッカとメアリーを取り囲み、剣に手をかけた。
一気に緊張感が高まる。
がさがさ、がさがさと音が近づいてくる。
あっ、と声を出したのは、グォッカだった。
見覚えのある姿が現れた。
「ちょっと待ってくれ、オデだ。グォッカ、分かるだろ?」
「……おめぇ、何しに来たんだ」
その姿は紛れもなく、グォッカの親友、ジェリーであった。
――
「なんでおめぇが……」
グォッカは半ば呆れたような、驚いたような声を出す。
「決まってるだろ、おめぇを連れ戻すためだ」
ジェリーがはっきりという。
「オデを連れ戻す?」
グォッカは訝しんだ。
「……なあ親友、もう一度村でやり直さねぇか」
ジェリーは足を一歩踏み出して手を差し伸べた。
騎士団の緊張が高まる。
「おめぇ、人間の女の姿でずっといる気か? 村に帰れば、村長があの魔法使いに口をきいてくれるそうだ。元に戻れるんだぞ」
「……」
メアリーは懐の杖に手を伸ばしている。
「親友、思い出せ。人間の娘のまま、あっちこっち行くのがおめぇの目的か?」
グォッカは目をつぶった。
「元に戻るのが目標じゃなかったのか? だったら、オデと一緒に村に来ればいい。絶対に元に戻れるって約束する」
しばらく、静寂が場を支配した。
グォッカは静かに目を開けると、口を開いた。
「そうだ、オデはこの姿から元に戻るのが目的だった」
「そうだろ、なら――」
「騎士団、あいつを捕まえてくれ!」
グォッカは声高に叫んだ。
それと同時に、騎士団の男たちが一斉にジェリーに立ち向かう。
「グォッカ! 周りを見て!」
メアリーが大声で言う。
言われたとおりに辺りを見回すと同時に、別のオークたちが茂みから2人に襲い掛かってきた。
しかし、そこはメアリーである。
すぐさま呪文を唱え、黒い閃光を杖から放った。
グォッカとメアリーの目と鼻の先で、オークたちが一斉に倒れる。
「くそ! 余計なことをしやがって!」
騎士団に押さえつけられているジェリーが叫ぶ。
「おい親友!」
「……残念だ、残念だジェリー。もうオデとお前とは親友でも何でもない」
グォッカはジェリーを見下すように目の前に立つ。
「おめぇ、本当は村長になんて言われたんだ?」
グォッカからの問いに、ジェリーは答えなかった。
「……もっと力加えていいぞ、騎士団」
騎士団の男たちはさらにジェリーを押さえつける。
「痛たたた! わかった、わかった」
彼はそれでも、どこか睨みつけるようにグォッカを見た。
「これは村長の命令じゃねぇ」
「……北王だな?」
ジェリーが苦しそうに頷く。
「……そこの娘とおめぇを連れて帰れば、人間を差し出すって言ってたぞ」
メアリーが呆れたようにため息をついた。
グォッカはその場にしゃがみ、ジェリーの顔を覗き込んだ。
「オデはもうオークには戻れねぇ。戻ったところで帰る場所もねぇしな。だったら、オデをこんな風にした北王をぶっ潰さなきゃやってられねぇ」
「……人間風情に堕ちた汚らわしい奴め」
ジェリーはそう吐き捨てると、グォッカの顔に唾を吐きかけた。
これに激怒したのが騎士団長のウォルトであった。
彼は静かにオークの首元へ剣を持っていった。
「グォッカ殿への振舞い、我らを罠にかけようとしたこと、どちらも許すことができぬ。グォッカ殿、このオークはここで討ち果たしてしまいましょう」
グォッカは少し眉間に皺をよせ、しばらく考えていた。
が、ようやく口を開いた。
「……命を取るのはやめてやってくれ。かつての同胞を殺しちまうのは、心が痛むんでな」
それを聞いて、ジェリーは激昂した。
「おめぇ、オデに情けをかけたか!? すっかり人間になっちまったな、グォッカ! おめぇはもう同胞でも何でもねぇ!」
「黙れ!」
大声を出したウォルトに剣の柄で殴られ、ジェリーは気絶した。
ぽつりと、グォッカはひとりごちる。
「そうだ、オデはもう同胞にはなれねぇ。だから、もう行き場がない」
そっと、メアリーがグォッカの手を握る。
「……オデなりの、覚悟は示したつもりだ。かつての親友と村から手を切った以上、オデは北王と戦うしかなくなった」
メアリーは強く手を握る。
「そう……分かったわ」
彼女はそう言うと、ローブを被り、杖を一振りした。
歪んだ空間が現れる。
「なんだ……どこか行くのか」
グォッカは妙に間延びした声で尋ねる。
「あなたは父と戦う覚悟を見せてくれた」
メアリーは薄い笑みを浮かべて言う。
「さっきまで私もどこか迷いがあったのだけれど……実の親を倒すなんて本当にしていいのかしらって思っていたの」
彼女は空間に向かって歩き始める。
「でも、あなたの覚悟を見て、私も腹を括ったわ」
そう言って、メアリーは空間の中に消えていった。
――
アリスターは、悩んでいた。
このままでは、北王にファンゲル一族を侮辱されたままになる。
これを放っておけば、第二、第三の北王が現れ、一族の栄光に傷がつく。
それを防ぐには、無礼を働いた北王家を軍事的に完膚なまでに叩き潰すことが必要だ。
だが、それは無辜の民を戦火に巻き込むことにつながる。
北王だけを殺すとしても、すでに向こうは優秀な魔法使いを揃えるなど、万全の警護体制を取っているだけに、難しい。
ましてや戦の大義名分としては、侮辱されたことだけでは弱い。民が納得しないだろう。
思案しているアリスターは、目の端に見慣れない人影を見つけた。
「……誰であるか」
ローブに覆われた姿に、彼は問いかける。
「お久しゅうございます、アリスター閣下」
声を聞いて思い出した。
「……北王の娘か。相変わらず結界魔法を潜り抜けてきたか。あの時よりも強固なものにしたはずだがな」
「思い出していただき光栄でございます」
メアリーはローブを脱ぎ、その場に跪いた。
「して、何用か」
アリスターは悠然と問う。
「我が父、ベルベット・エーブリーを討っていただきたく存じます」
メアリーがそう言うと、彼は渋い顔をした。
「父の振舞い、ファンゲル家、ひいては皇帝陛下への侮辱に等しいと聞いております。これだけのことをされて、黙っていれば後々のお家への影響は計り知れませぬ」
「わかっている。だが戦をする大義名分もない」
メアリーもそれに気付いたようだった。
「……まさか、後先を考えずにここに来たのか?」
アリスターがそう推察すると、メアリーは黙って頭を下げた。
「呆れたものだ。世情というものがまるで分っておらぬではないか。お前は父に何か思うところがあるのかもしれぬが、それだけで私を動かせるなどとは思うな」
その時、執務室にノックの音が響いた。
執事らしき人物が入ってくる。
メアリーは一瞬姿を消した。
「アリスター様、南王殿が突然お越しになられました」
「南王が?」
アリスターの脳裏に、貴族会議でのカールの姿が浮かぶ。
「是非ともお会いしたいとのことですが、いかがいたしますか」
「……まあ良いだろう、通せ」
執事が出ていったあと、メアリーは姿を現した。
「南王様とは既にお会いしております。お会いしても驚かないかと」
アリスターはそれを聞いて苦笑した。
少しして、南王カールがやってきた。
非常に緊張しているのが分かる。手には何か紙のようなものを持っている。
彼は部屋の中にメアリーを見つけ、驚いた面持ちをした。
「まあ、気にするな。それで、何用か」
アリスターが言うと、カールは黙って持っていた紙を差し出した。
「これを、お読みください」
そう言って頭を下げる彼に、アリスターは少々困惑した。
「わかった、受け取ろう」
彼は椅子から立ち上がり、カールが差し出した紙を受け取って広げた。
それを見たアリスターはにわかに顔が赤くなった。
「……これは……南王、どういうことだ……!」
メアリーはカールとアリスターを交互に見る。
カールが口を開いた。
「これは、北王が閣下との戦争を考えている動かぬ証拠であります」
それを聞いたメアリーはすぐさま口を開く。
「その手紙にわが父が閣下との戦争を考えていることが書かれてあるのなら、大義名分は揃いました。あとは、閣下のご判断にかかっています」
メアリーは勢いよく頭を下げた。カールもそれに倣う。
アリスターは、目を見開きながら、今後の戦について考えを張り巡らせていた。
第3章、完結です。
次からは、いよいよ最終章。
北王の討伐、北伐が始まります。




