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オーク、伯爵令嬢に変身す。  作者: 塚田亮太郎
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第21話 オーク、忠告する

 ベルベットは焦っていた。


 どうしようもなかったとはいえ、宮殿でアリスターに啖呵を切ったことが国中で話題になっている。


 噂は尾ひれをつけて広がりを見せている。一部ではレッド・ファンゲル家が兵を挙げて我が北王家を攻め潰そうとしているとも言われているらしい。


 そして相変わらず『地下牢の子』とオークの行方は知れなかった。


 ……我輩を取り巻く状況はかなり悪い。


 ここ最近、ベルベットはろくに眠れていなかった。


 全て彼自身が引き起こしたのに違いないが、それに気付いていないのは彼一人だけであった。


 不意に、ノックの音がした。


「入れ」

 ベルベットは椅子に深く腰掛けたままかすれた声で言った。


「……失礼いたします」

 ブラッディだった。


「お呼びでしょうか」


「よく来た、ブラッディ」


 見るからに警戒心を抱いているブラッディに、できるだけ穏やかな声でベルベットは声をかける。


「お前に策を出してほしくてな」


「……策、ですか?」

 ブラッディは片方の眉を吊り上げながら問うた。


「恐れながら、政治に関することには疎いものでして……」


「なに、そこがいいのだ」

 ベルベットは無意識に猫なで声をだす。ブラッディの体に鳥肌が立った。


「悩んでいる事柄から遠いものが、意外と的を射た意見を出すものだ……ブラッディ、お前なら我輩の状況下でどのような策を練る?」


 ブラッディは困惑した。いつも独断専行で物事を決めるベルベットらしくない問いであった。


 それほどに、追い詰められているのであろう。


「……私ならば」


 少し間を開けて彼女は話し出す。


「南王の配下、ジェフリー・エドキンズに書状を出し、協力を仰ぎます」


「ふむ」

 ベルベットは思案した。


「何故、そうするか」


「レッド・ファンゲル家から狙われている以上、もはや猶予がありません。私なら、既に支配下にある西都を吸収し、連合軍を作ります」


「なるほど……」


 ベルベットは感心した。ブラッディはよく状況が見えている。


「であるならば、問題は東都と南都でしょう。この2つが王国側に付くと意見表明する前に、政治的な混乱が収まりきっていない南都から切り崩すのが上策かと」


「なるほど、南王を支える立場のエドキンズ家に裏切るように迫るのだな」


「左様でございます。幸いなことに、民の噂では政治の実権はエドキンズ家が握っているといいます。動くならば今でしょう」


 ベルベットは頷いた。


「その方の策、受け入れよう。早速ジェフリー・エドキンズに書状を送る」


 ベルベットは解決策の糸口をつかんだかのように、高笑いした。


 ブラッディは無言で頭を下げ、執務室を後にした。


――


「南王様、これを」


 カールの執務室に、ノックもせず突然入ってきたジェフリーは、手に持っていた書状を机に叩きつけた。


「ど、どうしたのだジェフリー。お前のそのような表情、私は初めて見たぞ」


「そんなことはどうでもよろしい。これをお読み下され」


 ジェフリーの威圧に負けたカールは、恐る恐る書状を開いた。


 それは北王、ベルベット・エーブリーからジェフリーに宛てた手紙であった。


 内容に目を通したカールは、目を大きく見開いてわなわなと震え出した。


「これは……」


「北王は私に南王様を裏切れと申しております。北王側に付けば、来る戦争での恩賞は思うがままとも」


「……北王は、私に人望がないとでも言いたいのか……私は弱いとでも言いたいのか……」


 カールは怒りのあまり、涙をこぼした。


「兎にも角にも、メアリー嬢とグォッカ殿の言う通りとなりましたな」


 カールははっとする。そしてジェフリーに向かって頷いた。


「最初に来た時には信じられなかったが、本当に北王は戦争をするつもりだ……」


――


「私たちは、父である北王とアリスター卿との間で戦争が起こると考えております」


 メアリーはカールの目をしっかりと見ながら言った。

 横にいるグォッカも同調するように頷く。


 北王の娘と名乗る指名手配者は、どういうわけか東王の騎士団を味方に引き連れてこの屋敷にやってきた。


 東王のお墨付きならば、と思い会ってみると、どういうわけか同じ顔が2つある。

 カールには奇妙な光景に思えた。


 その両方が、北王とアリスターとの間に戦争が起こると言ってはばからない。


「……メアリー嬢。その2人が戦争を起こすとの根拠は何ですかな」


 ジェフリーが静かに問う。まだ彼はメアリーたちを信用していない様子だ。


「宮殿で父がアリスター卿と一触即発の状況になったことはご存じでございますか」


「それは、知っております。ですが、その件だけで戦争などという愚を犯す人物たちでもありますまい」


「父は」

 メアリーはジェフリーの方に向き直って言う。


「今、追い詰められている状況です。我々の行方も追えていなければ、アリスター卿に喧嘩を売ってしまった。おそらくはこう考えるでしょう」


 メアリーはそこで一息ついた。


「……西は征服したも同然、東は強固な家臣団がいるため切り崩せない、しかし南なら、エドキンズ家と王の関係を断ち切ることができる、と」


 これにはカールがたまらず声を出した。


「なぜ当家なら切り崩すことができると考えるのか」


「あくまで父が考えそうなことを並べているだけです。お気に障ったのなら、どうかご容赦ください」


 メアリーとグォッカは同時に頭を下げた。

 その奇妙な光景に、カールは黙ることしかできなかった。


「南王様、ここは話を聞いておきましょう……それで、戦争が起こる起こらないという話でしたが?」


 ジェフリーはカールをなだめながら、油断ない目でメアリーたちを見ている。


「しかし、南王家はあくまで南王様が物事を決断されていると、東王様の騎士団の方々からうかがいました。おそらく、父が工作を仕掛けても失敗に終わるでしょう」


 するとメアリーは苦しい顔をして腕を抑えた。


 その様子を見たグォッカが、メアリーの肩に手を回しながら言葉を紡ぐ。


「……目論見は失敗し、北王は逆に追い詰められる。二進も三進もいかなくなった奴は、戦争に打って出るしかなくなる、という考えだ」


 ジェフリーは険しい顔をして聞いていたが、やがてため息をついた。


「……そうなるかどうかは、全て北王のさじ加減にかかっています。意見は聞いておきますが、南王家としては具体的に動くことはしない」


「それでいい。大切なのは、北王から何かあったにすぐに動けるようにしておくことだ」


 グォッカはメアリーの腕をさすりながら言う。


「つまりは、忠告に来たということかね?」


 ジェフリーが尋ねると、グォッカは黙って頷いた。


「どうされますか、南王様」

 カールも難しい顔をしていたが、小さい声でこういった。


「……私もジェフリーに倣おう。忠告は聞いた。お2人とも、ご苦労であった」


――


 カールの手にある書状は、明らかに北王の字で戦争という言葉が書かれてあった。


 これを皇帝陛下に渡せば。

 確実に北王は謀反人として帝国に攻められることだろう。


 しかしそれは、無辜の民を戦争に巻き込むことである。

 カールは唸った。


「……南王様、我々はもうその書状を見てしまったのです」


 ジェフリーが静かに、諭すように言う。


「その書状の存在が後になって明るみになれば、帝国軍の矛先は南王家に向くことになりますぞ」


 カールはジェフリーの目を見た。在りし日の父の姿が重なった。


「……まず、アリスター卿にお見せするのです。それが、南王としての御役目でございます」


 カールは今にも泣きそうな顔で、ゆっくりと頷いた。

いよいよ、第3章もクライマックスです。

南王に忠告をしたグォッカたちに待ち受けるものとは。

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