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オーク、伯爵令嬢に変身す。  作者: 塚田亮太郎
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第20話 新年の拝礼

「まだ捕まらぬのか!」


 ベルベットは激昂した。


 未だメアリーたちの行方をつかみきれない焦りがあった。


 それだけではない。


 帝国中に広まっている、「アリスター・ファンゲルが北王家を潰そうとしている」という噂も、彼が焦る一因となっていた。


 加えて、皇帝からアリスターを暗殺しようとしたのかという内容の書が届いた。これにも返信しなくてはならない。


「北王様、捕まらずとも私の魔法で『地下牢の子』は自身の魔法が使えません。いずれ追い詰められるでしょう」


 ブラッディが静かな口調で言う。


「我輩にそこまで気長に待てと言うか……?」

 ベルベットはブラッディを睨む。


「アリスターが我輩の命を狙っているかもしれないというときに、呑気にしてはおれぬわ!」

 彼は机を叩いた。


「ブラッディ、お前の魔法で探知することはできぬのか!」


 ブラッディはまたか、という表情をした。


「……申し訳ありません、北王様。魔法で居場所を探すことはどのような魔法使いでも難しゅうございます」


 ベルベットは再三にわたり、ブラッディにメアリーの居場所を魔法で突き止めろと言ってきた。これで何度目だろうか。


「ええい、役に立たない奴め。『地下牢の子』に然るべき罰を加えた後、お前もタダで済むと思うな、いいか!」


 ベルベットはコートを着ながら言う。


「……支度は整いましたか、北王様」

 ブラッディからの問いに、むすりとした表情でベルベットが頷く。


 帝都は年が明け、これから諸侯が「新年の拝礼」として皇帝に挨拶を述べに行く時期を迎えていた。


「……くれぐれも我輩から目を離すな、ブラッディ。特にアリスターと鉢合わせないように気を配れ」


「かしこまりました」


 ベルベットは執務室を出ていった。


 少し間をおいて、ブラッディも部屋を後にした。


――


「北王よ、遠路はるばるご苦労なことである」

 皇帝が玉座から声をかける。


「はっ、恐悦至極でございます」

 ベルベットが下げていた頭をさらに低くする。


「本年も朕のために力を貸してくれるか」


「もちろんにございます。北方の警備、北都の政はこのベルベットめにお任せ下され」


「……本当かのう」


 思いもかけない皇帝からの言葉に、ベルベットは思わず眉をひくつかせる。


「ベルベット、自らの娘を国中に手配したとは本当か」


「……は、本当のことにございます」


「なぜ朕に一言かけぬのか?」


「それは……大変申し訳ございませんでした。ベルベット、一生の不覚でございます」


 ベルベットは膝と手を床につき、ほとんど土下座に近い恰好で詫びた。


「時にベルベット」

 皇帝は冷たい声で話す。


「はっ」


「アリスターの件、何故返信をせぬのか。朕の書状は届いておらぬのか?」


 ベルベットは口を真一文字に結びただひたすらに頭を下げていた。


「……何か申さぬか」


「……アリスター卿の御命を狙ったつもりはございませぬ。我が僕である魔法使いが勝手にやったことにございまして」


「その監督をしていたのは、他でもないそなたではないのか」


 皇帝の口調に厳しさがうかがえる。


 ベルベットは滝汗を流していた。


「……私の責任でございます。平にご容赦を」

 彼はほとんど縮こまっていた。


「もうよい。下がれ」

 皇帝は付き合ってられぬと言ったように言い放った。


 ベルベットは最後まで縮こまったまま玉座の間を退出した。


――


 茫然自失としたまま玉座の間から出てきたベルベットの後方から、ブラッディが現れて声をかける。


「お疲れさまでございました、北王様」


 ベルベットは彼女を一瞥した後、そそくさと控えの間に向かおうとした。


 普段であれば皇帝を小馬鹿にしたような一言を話すの彼だったが、今はその気分ではなかった。


 足早に歩くベルベットを、目ざとく見つけた人間がいた。


「おお、北王ではないか」

 アリスターであった。


 ベルベットは目を見開き、動きを止めた。ブラッディは静かにその後ろで立っている。


「その様子だと、陛下から散々言われたのであろうな」


 アリスターはどこか楽しげに言っているようであった。


「それで、どうなのだ? 私を殺そうとしたのか? ん?」


 足元の一点を見つめて動かないベルベットを覗き込むように、アリスターが圧をかける。


「……それは違いますな。私は貴殿を殺そうとしたわけではない」


「ほう」


 アリスターがベルベットを見たまま一旦離れる。


「では、魔法使いを私の元に送ろうとしたのも違うというか」


 ベルベットは顔をゆっくりと上げる。その表情は晴れやかなものであった。


「私がやったのではなく、ここに控えるブラッディが勝手にやろうとしたことであります」


 ブラッディは目を細めベルベットを見た。心底軽蔑している顔であった。


「そうか、そこの魔法使いが勝手に我が命を狙ったということか」


「左様にございます。然るべき罰は既に施しました。お詫びの連絡もせず申し訳ありませんぬ」


 ベルベットは恭しく一礼をした。そして、アリスターの横を通り過ぎようとする。


「まて北王。話が終わったわけではないぞ」


 アリスターが呼び止める。ベルベットは背中を見せたまま止まった。


「その話、そのまま飲むにはいかぬ。怪しい点が多すぎるからな。なぜ私や陛下が送った書状にすぐ返事をしなかった」


 ベルベットはくるりと振り向き、いつもの不敵な笑みを浮かべながら言う。


「それは、政務が忙しかったからでございます。貴殿がしている数倍も仕事がありますからな」


 これを聴いたアリスターはみるみる顔を赤くした。


「貴様……私を愚弄するかっ!」


 彼の体から火花が散る。ブラッディが杖を持ちベルベットの前に出る。


「第一、貴殿は私を糾弾する確たる証拠をお持ちですかな? 状況として、魔法使いが貴殿の執務室に入ろうとしたという形跡があるだけではございませぬか」


 アリスターは懐から杖を取り出し、ベルベットに向ける。


「これ以上の侮辱はファンゲル一族への侮辱と受け取るぞ、北王」


 両者はにらみ合いの状態になった。


「待たれよ、待たれよ!」


 そこに、2人の男がやってきた。


 東王ダグラスとグリーン・ファンゲル家のスチュアートだった。


 ダグラスはベルベットを、スチュアートはアリスターを止めに入った。


「ここは宮殿である。場をわきまえられよ!」


 スチュアートが言うと、アリスターは怒気を鎮めた。しかし、その目はベルベットを睨みつけていた。


「北王殿、スチュアート卿の仰せのとおりである。宮殿であることを忘れてはなりませぬぞ」


 ベルベットは口元に薄い笑みを浮かべたままであった。


 アリスターとベルベットのやり取りは瞬く間に帝都中が知ることになった。


 そして住民の間では、このままアリスターが黙っておくわけがないという話が流れ始めた。


 この時点で、噂レベルだが、アリスターが軍を率いて北王家を潰しにかかるという話題が出始めていた。

アリスターを焚きつけることになったベルベット。

追い詰められた彼の取る行動とはどのようなものになっていくのでしょうか。

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