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オーク、伯爵令嬢に変身す。  作者: 塚田亮太郎
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第18話 オーク、本心を知る

 メアリーを落ち着かせた後、騎士団のウォルトがホットミルクを持ってきた。

 彼女はそれを一口飲むと、静かな口調で語りだした。


「……私は、ずっと父を恨んでいるんです」


 グォッカとダグラスも静かに聞いていた。


「物心ついたころから、闇の魔法使いとして訓練を受けてきました。自分の心にずっと蓋をしたまま、余計なことを考えないで、ずっと」


 もう一口ホットミルクを飲む。


「昨年の春、私に初めての仕事が舞い込んできました。南王の様子を観察せよというものでした。言われたとおりに、任務をこなそうと南王家に向かいました」


 グォッカはメアリーの手が微かに震えているのに気づいた。

 安心させるために、自分の手を重ね合わせる。


「調査で分かったことは、南王アルバートは息子のためにできることを尽くしていることでした。その様子を見て、私の心に薄暗いものが渦巻くのが分かったのです」


 メアリーはそこで言葉を区切った。


「……なぜ、同じ伯爵家の生まれなのにこんなに差がついたのか。一方は父の愛情を受けて、私は父から愛されたことも全くなかった。なぜ、なぜと、ずっと考え続けていました」


 グォッカとダグラスは黙って聞き入っている。


「そして、気づいたんです。私にこんな惨めな気持ちを指せているのは、父なのだと。そこから、父への憎悪を募らせていきました」


 メアリーの眉間に皺が寄る。


「昨年秋の晩餐会の時、私はアルバート・エイミスに死の呪いをかけました」


 これを聴いて、ダグラスは目を見開く。


「……それは、何故か」


「父の命だったからです。その時の私には、父への恨みはあれど今のように行動できるほどの力はなかった」


 ダグラスは腕組みをして唸る。


「……人に死の呪いをかけるのは初めてのことでした。対象に対して強い殺意がないとできない高度な呪いなので、上手くいくか心配でしたが、あっけないものでした」


 メアリーはまたホットミルクを口に含む。


「南王に恨みはありませんでした。しかし、息子を愛する父親としてのアルバート・エイミスに対しては、相変わらず心に秘めた薄暗いものがありました。その思いを魔法に託したら、呪いをかけることができた」


 メアリーは一拍置くと、口元に薄い笑みを称えながらゆっくりと話した。


「その時分かったのです。私が持っていた薄暗い気持ちは、嫉妬なのだと。愛情を与えられなかった私には、嫉妬心を持つことなど容易いことでした」


 グォッカは、メアリーの手に力が入るのを感じた。


「一方で、寂しさも感じていました。他の貴族は普通に暮らしているのに、私だけ死んだことにされ、闇の魔法使いとして生きている。愛されたいという感情も持っていたのです。嫉妬心と寂しさの間で感情が入り乱れ、訳も分からず泣くこともありました」


 そうか……とグォッカは思う。

 雨漏りのあった日の夜、こいつはそんなことを考えていたのか。


 思わず、添えてある手に力がこもる。


「全ての元凶は父だと分かっていました。そんな折、昨年の冬からタタラレ化の兆候が腕に現われたのです。このままいけば命の危険もあるだろうともわかりました」


 メアリーはどこか遠くを見ているような目をしながら続ける。


「東王様はお判りでしょうが、タタラレ化は薬で進行を止めることができます。ですが、私はそうしなかった。父への恨みの気持ちを、この痛みに託したかったからです」


 ダグラスは険しい顔をしながら話を聞いている。


「父を恨む気持ちは日々募っていきました。この傷も日に日に大きくなっていきます……。東王様、お願いがあります」


「北王を倒せと言うのでしょうか?」


 ダグラスは厳しい口調で言った。


「それはできませんぞ。なるほど、お気持ちは痛いほどわかります。しかし、よろしいのですかな? それほど恨んでいるお父上へ、自分で制裁を行わず」


「それは……」


 メアリーはそれ以上何も言えなかった。


「……これはメアリー嬢、あなた自身で決着をしなければならないと思いますな。そうしなければ、気持ちの落としどころがなくなる」


 メアリーは下を向いたが、すぐに顔を上げて怒ったようにも泣きそうなようにも見える顔でダグラスを見る。


「父に制裁をおこなえるのならば、とっくにしています! でも、今の私には何もできない……魔法も使えない、ただの人間なのですから……」


 メアリーの頬を涙がつたう。


「……若いとは視野が狭いということですな」


 ダグラスがやれやれといったように話し出す。


「残念ながら私は力になれません。しかし、他の貴族であればどうか。考えてみなされ」


 この言葉に、グォッカはピンときた。

「そうか、他の貴族にも声をかければ協力してくれるかもしれない!」


 ダグラスは大きく頷く。メアリーも泣くのをやめた。


「そう。決して簡単ではありませんが、北王を快く思っていない貴族は多くおります。それこそ、アリスター卿をはじめとして」


「行こう、メアリー。頼み込んでみるんだ」


 グォッカがメアリーに言う。メアリーは黙って頷いた。


「今日はもう遅い。この屋敷で休んでいきなさい」


 ダグラスはウォルトを呼び、二人を客人用の部屋に案内した。


「明日出発されるということなら、道中の安全のために騎士団の何名かをお付けしましょう。北王を倒すことには協力できませんが、お二人の道中をお守りすることはできる」


 彼はそう言うと、自室に引き上げていった。


 部屋に残された2人は、すぐに就寝することにした。


 ベッドに入った後、メアリーが言う。


「……今日はありがとうね、グォッカ」


 グォッカは照れ臭そうに頭をかいた。


「あなた自身もショックを受けただろうに、私の側にいてくれた。それだけで本当に救われるわ」


 ふと、グォッカの脳裏に村長の顔が浮かぶ。


 そして再びこう思う。


 ……オデは一体、何者なのだろう。


 一瞬黙ったグォッカに、メアリーが心配そうな声をかける。


「あの……嫌なことを思い出させてごめんなさい」


 慌ててグォッカはメアリーに話しかける。


「大丈夫、大丈夫だ。それより早く寝ようぜ、疲れちまった」


 2人はおやすみと言った。それから少しして、メアリーの寝息が聞こえてきた。


 グォッカは眠れずに夜を明かした。


――


 翌日、グォッカとメアリーは支度をして東王屋敷の門の側に立った。


 護衛として、5人の屈強そうな男たちが彼らを囲んでいる。


「お会いできて光栄でした、メアリー嬢、オーク……いや、グォッカ殿」

 ダグラスがにこやかに笑う。


 グォッカは、メアリー以外の人間に初めて名前を呼ばれ、感激した。


 ダグラスの懐の広さを垣間見た彼は、ふと疑問に思ったことを口にした。


「東王、なぜ連れて行かれるオデたちを見つけようと思ったんだ?」


 ダグラスは少し微笑んで答えた。


「それはもちろん、あの晩餐会の振舞を見ていたからです。あれだけ見事な立ち振る舞いをされた方を、おめおめと北王の元に行かせてはならないと考えたのです」


 グォッカは思わぬことを言われ、思わず赤面した。


「手配書を見た瞬間、これはすぐに保護をしなくてはならぬと思いましてな。我が騎士団を国中に散らせました。その一部が、あなた方を発見できたのです」


 ダグラスはグォッカの肩に手を乗せ、こういった。


「あなたの人間としての立ち振る舞いが、ご自分、ひいてはメアリー嬢を救うことにつながったのです」


 この言葉に、思わずグォッカの目頭が熱くなる。


「さあ、お行きなさい。何かあれば、我が屋敷に戻ってきなされ。いつでもお守りいたしますぞ」


 メアリーがグォッカの手をつかむ。2人は目を合わせた後、これから歩く旅路に目を向け、歩き始めた。

新しく二人の旅路が始まりました。

追手から逃れながらも、旅が進んでいきます。

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