第17話 オーク、救出される
カタカタと馬車が揺れ、北王屋敷に向かう。
縄で縛られたメアリーとグォッカはひたすらに無言であった。
グォッカは、うなだれていた。
自分が村のオークではないこと。
仲間だと思っていたオークたちから、実は疎外されていたこと。
そして、仲間に2度も北王へ売られたこと。
その全てを背負いすぎるには、このオークにも荷が重かった。
……要するにオデは、忌み子だったわけだ。
そう結論付けても、彼は受け入れられなかった。
オークに戻ることで、すべてが解決するはずだった。
だが今、元に戻ったとしても受け入れてくれるところは、ない。
「……ねえ」
メアリーが話しかけてくる。
グォッカは特に反応を示さない。
「私たちがもし逃げられたらの話だけど」
メアリーは気にせず話す。
「そのエルフの村に行って復讐してやりましょうよ」
グォッカは失笑した。
「馬鹿言え」
「どうして笑うの?」
「じゃあ、エルフたちを倒したからって、オデはどこに戻ればいいんだ」
メアリーは言葉に詰まる。
「エルフたちがオデを狙ったことが原因じゃない。オデがジェリーに魔法をかけたことがきっかけだったんだろ」
きわめて無感情な声でグォッカが言う。
「おめぇ、分かるだろ。オデだって魔法を使いたくて使ったわけじゃねぇ。たぶん遅かれ早かれ、あの村にいようがいまいが、オデはオークの仲間じゃねぇとみなされただろう」
メアリーは絶句した。
「このまま死ぬなら、しょうがねぇ。生きてたって、帰る場所もねぇ」
「……私は、あきらめないわ。生きて、自由になって、父に復讐する」
メアリーが力強く言う。
その様子を見て、グォッカは鼻で笑った。
「おめぇはせっかく自由を手に入れたんだ。ここでくたばるにはいかねぇよな」
どこか皮肉めいた口調に、メアリーはカチンときた。
「何よその言い草。元はと言えば、あなたが私を誘ったんでしょ。あなたがあの暗い地下牢から私を出してくれた」
メアリーは縛られながらも、ずいとグォッカの顔を覗き込んだ。
「あなたには、私と一緒に自由になる責任があるの。1人だけ船を降りるなんて、無責任よ」
グォッカは押し黙った。
確かに、オデがこいつを連れ出した。
そのオデが、自由を捨てて死にに行こうとしている。
でも、それでいいんだ。
こいつだけでも自由に、幸せに生きるべきなんだ。
オデのような、人間でもない、オークでもない中途半端な奴は、生きていても目的がない。
「ちょっと……聞いてる?」
メアリーはさらにグォッカの顔を覗こうとした。
その時だった。
「おい……なんだか外が騒がしくねぇか?」
グォッカがまず異変に気付いた。
馬車の中からは外の様子を窺い知ることができない。
が、明らかに馬の足音が聞こえる。
「馬? 何かしら」
メアリーが聞き耳を立てようとする。
すると、外から怒声が聞こえてきた。
「何をする!」
「貴様らはどこの者だ!」
どうやら、戦闘状態にあるらしい。
剣と剣がぶつかる音がする。興奮状態になった馬の鳴き声も相まって、凄まじい音が馬車内に降り注いだ。
「狙いは何だ!」
「この馬車に捕らわれている者を引き渡せ」
このセリフを聞いて、グォッカとメアリーは目を合わせた。
北王ではない誰かが、オデたちの身柄を必要としている……?
「それは当然、できぬ!」
「されば、奪い去るのみ」
また金属音が響き渡る。
それが止んだ時、馬車の後方が開けられ、数名の騎士が中を覗き込んだ。
「居られたぞ!」
そう言うと、騎士たちが馬車の中に入ってきた。
グォッカとメアリーは呆然としていた。
一体何が起こっているのだ?
騎士の1人が短剣を取り出す。
メアリーは短い悲鳴を上げた。
「縄を切るためでございます。少々、お待ちくださいませ」
騎士は淡々と話すと、メアリーの縄を切り落とした。続いて、グォッカも。
晴れて自由の身になった2人だったが、状況が呑み込めない。
半ば放心状態になっているメアリーに代わり、グォッカが尋ねる。
「あなたたちは何者なのです。名を名乗りなさい」
すると、騎士たちは一斉に膝をついた。
「我々は東都ビステから参りました、東王騎士団の者でございます。我が主、東王ダグラス様の命により、お2人をお救い申し上げに参上しました」
これにはグォッカは目を見開いた。
あの東王が、オデたちを助ける……?
「さあ、逃げるには今が好機でございます。急ぎ、我々についてきてください」
東王の真意は分からないが、自由になった今、ここに留まる必要もない。
グォッカはメアリーの手を引いて、馬車を降りた。
周辺には、沢山の北都の騎士たちが倒れて伸びていた。
「これも全て、貴方がたがおやりになったのですか」
「我々は生半可な鍛え方をしておりませんので。さあ、参りましょう」
――
2人を連れた騎士団が東都に入ったのは、その日の夕刻であった。
そのまま、東王屋敷へと向かった。
「東王様、お二人をお連れ致しました」
客間のドアの前で、騎士のリーダー格の男が言う。
「おお、お連れしたか! 入れ!」
部屋の中から大きな声がした。
ドアが開かれると、懐かしい顔がそこにあった。
東王、ダグラス・ダニングであった。
「さぞお疲れでしょう……さあ、お座りなさい。ウォルト、何か暖かい飲み物を用意して差し上げるのだ」
ウォルトと呼ばれた騎士団のリーダーは、すぐに部屋を出ていった。
「道中、ご苦労様でありましたな……ところで、どちらがメアリー嬢で?」
メアリーがおずおずと手を上げる。
ダグラスはふむ、と一声言うと、じっと2人を交互に見詰めた。
「やはり、似ておりますな。どうやら、北王が流した情報は誤ってなかったようだ」
「北王が流した情報?」
グォッカが思わず尋ねる。
すると、ダグラスは懐から1枚紙を出してグォッカに手渡した。
2人はそれを見て、ぎょっとした。
それは、指名手配書だった。
『指名手配 メアリー・エーブリーとその双子の姉 両名は北王家に仇し、侮辱したため、これを指名手配する。懸賞金金貨100枚』
「国中に撒かれておりますぞ、その手配書は」
ダグラスは真剣な顔つきで言った。
「それで、本当に2人は双子なのですかな?」
グォッカとメアリーは目を合わせた。
そして、グォッカは子細をつまびらかに話すことに決めた。
「実は、私は……」
――
グォッカの話を聞いたダグラスは、驚いてぽかんとしていた。
そして、すぐに笑いだした。
「はっはっは! なるほど、あの時お会いしたのはオークの方のメアリー嬢だったのですか!」
豪快に笑うダグラスを見て、メアリーが遠慮がちにいう。
「私たち、これからどうしたらよろしいのでしょうか」
ダグラスはそれを聞くと、冷静な顔つきになった。
「私の保護下にいるのが一番いいかと思いますな」
グォッカはそれを聞いて口をはさむ。
「しかし、こいつはオデが連れ出して一気に自由になったんだ。また屋敷に閉じ込めるのは、酷じゃねぇか」
すっかり口調もオークのそれになっている。
「確かに、自由を求めて脱出したのならば気の毒ですがね。国中に手配書が出されている今、お二人だけでそこここを歩かれるのは危険ですな」
ダグラスはぴしゃりと言う。
「さらにあなた方に悪い知らせがありましてな」
ダグラスはソファに深く腰掛け、ゆっくりと言う。
「アリスター卿が、北王を征伐すると息巻いているという噂があります」
グォッカとメアリーは大きく目を見開く。
「どうやら、北王がアリスター卿を暗殺しようとしたとのこと。アリスター卿も血気盛んな方ですからな。このままおめおめと自分に刃向かう者を放っておきますまい」
さて、と一声発して、ダグラスは2人に目を向けた。
「この状況でお二人が外に出ようものなら、無用の混乱が生じる。国内の平穏のためにも、ここはこの屋敷にいた方がよろしいと思いますが、いかがかな?」
ダグラスは2人のことをじっと見る。
グォッカは、ここでメアリーが守られるのであれば、事が落ち着くまでここにいるのもありだとは思っていた。
それを言おうとしたとき、メアリーが小さな悲鳴と共に腕を抑えた。
「おい、腕のそれ、また痛み出したのか!?」
グォッカが大声を出しながら駆け寄る。
メアリーの額からは脂汗が出ていた。
「……ちょっと見せていただけますか」
ダグラスが駆け寄り、メアリーの服の腕をまくる。
グォッカは、絶句した。
以前地下牢で見たときよりも、傷の範囲が明らかに広がっていた。
「これは……タタラレ化か……」
ダグラスの表情に焦りが見える。
「タタラレ化? なんだそれは」
「……闇の魔法使いが、その能力と引き換えに負う傷だ。体を蝕む傷と引き換えに、闇の魔法使いは力を発揮できる……ここまで大きな傷は、私も初めて見ましたが」
「どうにかできねぇのか!」
「魔法薬の専門家に掛け合ってみましょうかな」
「その必要はないわ!!」
メアリーが大声を上げる。グォッカとダグラスの動きが止まる。
「この傷の痛みは……父への恨みを忘れないようにあえて私が残しているものなの……だから、痛みを止めないでほしい……」
「しかし、これ以上タタラレ化が進めば……」
ダグラスは絶句する。
「いいから止めないで!!!!!」
メアリーが絶叫する。
それに気圧され、2人はかける言葉を失った。
父への恨みを忘れないためにタタラレ化を残しておいたメアリー。
彼女の行動がどんな結末を迎えるのでしょうか。




