第15話 オーク、捕まる
野営をした翌日、グォッカとメアリーは森の中でこの後どういう方策を取るか話し合っていた。
「アリスターの所に匿ってもらうことはできねぇのか?」
「無理ね。奴は生粋の純血主義者。私たちのような地方貴族の血を引く人間を匿うことはあの男にとって自分の主義に反する」
「じゃあ、南都や東都に逃げるのはどうだ」
「南都はいくらか収まってきたとはいえ、代替わりで国が混乱している状態よ。その混乱に乗じて、父の息がかかった人間がいてもおかしくない」
「東都は?」
「そうね、考えられる中で一番の選択肢だと思うわ」
「東王にはオデも晩餐会でよくしてもらった。何かあったら東王のところに駆け込めばいい」
そこでグォッカはあることに気付く。
「そうだメアリー。おめぇの移動魔法で東都に行けねぇのか? その方が安全だし、確実だろ」
ところが、メアリーは首を横に振った。
「駄目なのよ……移動魔法が使えなくなってる」
「なんだって?」
「実は私、昨日の夜中に移動魔法を試してみたの。そしたら、使えなくなっていて……」
彼女はうなだれた。
「魔法を制限する魔法を誰かにかけられたみたい」
「魔法を制限する魔法?」
グォッカは混乱した。
「そんなもんがあるのか」
「ええ。でもそれを扱えるのは、ほんの一握りの、特別な魔法使いに限られる」
2人の脳裏に、ある人物の顔が浮かび上がる。
「ブラッディか……」
「おそらくはね。父の意を汲んで、私に制限魔法を使ったに違いないわ」
メアリーは天を仰いだ。
「おそらく、私の魔法もほとんどが使えなくなっているはずよ」
グォッカは言葉を失った。
しばらく、無言の時間が過ぎていった。
日が高くなってきていた。
「……ここでうだうだしてもしょうがねぇ。歩きながらでも行こうじゃねぇか」
グォッカはどこか自分に言い聞かせるような口ぶりで言った。
「……そうね。とにかく行動しなければ始まらないわ」
2人は立ち上がると、荷物をもって東の方へ歩き始めた。
――
しばらく歩くと、グォッカは懐かしい感覚に襲われた。
この道、見覚えがある……。
そしてグォッカは気づいた。
ここは、オークの村の近くだ。
気づくと同時に、グォッカは慄いた。
もし、オデたちがオークに見られたとしたら。
人間としてのオデを、果たして仲間たちは見逃してくれるだろうか?
「どうしたの?」
メアリーが声をかける。
いつの間にか、歩くのを止めてしまっていたらしい。
「……いや、なんでもない。だが気を付けろ、ここはオークたちの縄張りだ」
それを聞いて、メアリーの顔に緊張が走る。
「……魔法が使えないのが痛いわね」
グォッカは黙って頷き、少し背を低くしてなるべく足音を立てずに歩みを進めた。
長い緊張の時間だった。
だからだろう、オークのテリトリーから脱せた時に、つい安堵の声を漏らした。
「ここまで来ればもう大丈夫だ」
安心しきったグォッカは少し大きな声を出した。
これがいけなかった。
遠くの方から鼻を鳴らす音が聞こえた。
しまった……!
グォッカはメアリーと目を合わせた。
そして、彼女の手を引いて弾かれたように走り出した。
しかし数秒後には、オークたちに囲まれてしまっていた。
「へへへ……人間の女だぁ……」
「久々の御馳走だぁ」
「おめぇら、オデが一番先に嬲るんだからな、邪魔すんじゃねぇぞ」
汚らしい声を発しながら、オークたちがだんだんと近づいてくる。
「馬鹿ども。下がれ」
すると、オークたちの後ろから少ししゃがれた声が聞こえてきた。
オークをかき分けて現れたのは、彼等に比べたら小さい、老体のオークであった。
「村長……!」
メアリーをかばっていたグォッカは思わず声を出す。
「お前は、グォッカか」
「そうだ! オデはグォッカだ!」
「本当に人間の姿になっていたとはな……」
「頼む村長、オデたちを見逃してくれねぇか」
「……」
村長は近くにいたオークたちに何かを渡した。
メアリーは見逃さなかった。
それは、縄であった。
「グォッカ! そのオークは味方じゃない!」
彼女は大声で叫んだが、それと同時に縄を持ったオークたちが2人を素早く縛り上げた。
「ちきしょう! ほどきやがれ!」
グォッカが抵抗の声を出すが、誰もほどいてくれる気配がなかった。
「グォッカ……悪いが、これもオーク族のためなのだ。わかってくれ……連れていけ」
2人はオークたちに抱えられるように、村の奥に連れて行かれた。
――
一方、帝都。
宮殿の討議の間に、ある男たちが集まっていた。
レッド・ファンゲル家当主、アリスター。
ブルー・ファンゲル家当主、ノア。
グリーン・ファンゲル家当主、スチュアート。
そして皇帝、ファンゲル十五世であった。
貴族の頂点を極める者たちによる緊急の会議であった。
議題は、アリスターを暗殺しようとしたベルベットの処遇の決定であった。
まずはアリスター自身が、皇帝に報告を行う。
「……北王の娘が現れた後、結界魔法を最大限に強め、侵入者を防いでおりました。そして、北の方角から何者かが現れようとした痕跡が見つかりました」
皇帝は眉間に皺を寄せながら話を聞いている。
「北王の手の者が、私に何らかの接触をしようとしたのは明らかでございます」
「肝心の北王は何か申しておるのか」
「直ぐに書簡を送りましたが、未だだんまりでございます」
皇帝はこれを聴いて頭を抱えた。
「状況証拠しかございませんが、北王が私を狙ったのはほぼ間違いないと思われます」
沈黙が訪れた。
「私としては」
アリスターが口を開く。
「我がレッド・ファンゲル家に弓を引いたことに対する報復を行うべきかと」
「待て、アリスター」
ノアが反論する。
「確固たる証拠もなしに、北王家を潰そうとするのは早計ではないか」
「穏健派の貴様らしい意見だな、ノア」
アリスターが噛みつく。
「では証拠が出てくるまで大人しく待てと言うのか? そのうちに北王が私やお前の命を狙うかもしれぬというのに」
「大義なき貴族の取り潰しは民の反感を買うぞ」
ノアも強く発言する。
この2人、政治に関する感性が全く合わず、話をするたびに口論になるのが常である。
「落ち着け、アリスター、ノア……スチュアート、お前はどう思うのだ」
皇帝が2人をなだめながら、スチュアートに問う。
「そうでございますな……とりあえず陛下から北王に、このたびの件について何か申し立てがあるのか、書状で直接問えばよろしかろうと存じます」
「なるほど、それは良い」
スチュアートが折衷案を出したことに、皇帝は少しほっとした様子であった。
アリスターもノアも、矛を収めるしかなかった。
それでも気に食わないのか、アリスターはスチュアートに食ってかかった。
「それでは、その返事すら来なければ、潰してしまってよいのだな?」
「さあ、それをお決めになるのは陛下である。私は知らぬ」
スチュアートはどこか無責任にも取れる台詞を吐く。
「では陛下、お決めいただきたい。陛下の元に返事が来なければ、家を潰してしまっても構いませぬか」
これには皇帝も答えに窮した。
即断即決ができないこの男らしい態度であった。
「控えろ、アリスター。実際に北王がどのような態度をするか、見極めてからでも判断は遅くなかろう」
ノアがアリスターを窘めるが、彼は怒った顔でノアを睨む。
「……北王が西王を実質支配下に置いていること、お前も知っているだろう」
突然の発言に、ノアは困惑する。
「それはただの噂ではないか」
言いながら、ノアは直感した。
……どうやらアリスターは、ファンゲル家に北王が反旗を翻すという、万が一の事態を想定しているらしい。
「その噂なら、私も聞いたことがあるな」
スチュアートが話に入ってくる。
「領地経営はおろか、軍事に関しても支配しているとかなんとか」
「もはやこの噂は国中の人間が知っている。北王はその噂を消そうともしていない。これが何を意味しているか分かるか、ノア!」
アリスターは明らかに激昂していた。
彼の体から炎があふれ出す。どうやら感情が高ぶり、魔力があふれてしまっているようであった。
「わかった、わかった。落ち着くのだアリスター」
たまりかねたかのように皇帝が宥めにかかる。
数分して、アリスターは何とか落ち着きを取り戻した。
「陛下の面前で、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました。心よりお詫び申し上げます」
彼は低頭した。
「……されど、北王はいざとなればいつでも動けるようにしているのもほぼ事実でございます。今の段階から北王の動きを封じる手立てを考えておくべきでしょう」
スチュアートがアリスターのフォローに回って発言する。
「分かった。ひとまずは北王に書状を出し、回答を待つ。その間、3名とも北王の動きを観察せよ」
皇帝はそう言うと、玉座を離れた。
捕らえられてしまったグォッカとメアリー。
そして、ベルベットの処遇に手をこまねいているファンゲル一族。
両者が交わるとき、物語は佳境を迎えます。




