第14話 オーク、街に繰り出す
無事に屋敷を脱出したグォッカとメアリーは、北都の街中にいた。
既に、アリスター配下の魔法使いたちとは別れている。
夕方になり、なるべく人通りの多いところに紛れようということで、今は商店街の路地に手をつなぎながら佇んでいた。
「……あてもなく出てきてしまったけれど」
メアリーが口を開く。
「この後どうすればいいのかしら」
グォッカも頭をかく。
「何にも考えないで、逃げることだけ考えていたからなぁ」
既に脱出してから数時間は経っている。
うだうだしていると、ベルベットの刺客に命を狙われる可能性もあるだろう。
「なんとか、捕まらないようにしておきたいわね……」
メアリーが思案していると、グォッカがメアリーをじろじろと見ていることに気付いた。
「ちょっと、何?」
彼女は渋い顔をした。
「……おめぇのその恰好、逆に目立つな」
グォッカはぽつりと言う。
メアリーははっとした。
全身をローブで見にまとった自分の姿は、魔法使いであることを如実に表していた。
「まあ、オデもなんだけどな」
ふっとグォッカが笑う。
確かにグォッカの姿も、良家の娘ということがすぐわかるものだった。
「よし、決めた。服を買いに行くぞ」
グォッカは商店街の人混みをかけ分けながら歩きだした。
それに引きずられるように、メアリーも歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ。服を買うって言ったって、お金も何もないじゃない」
メアリーがそういうと、グォッカは急に立ち止まった。危うくぶつかりそうになる。
彼はメアリーの方を振り向くと、にやりと笑ってポケットから何かを取り出した。
十数枚の金貨だった。
「えっ、どうしたのよこれ!」
メアリーは思わず大声を出す。
「脱出の前にな、ちょっとクラレンス爺さんの部屋に忍び込ませてもらった」
要は盗み出したということか。
メアリーはお金がなくて困っているクラレンスを想像し、少し申し訳ない気持ちになった。
「すまねぇとは思っているが、これからのことを考えたら、やるしかなかった」
グォッカが見透かしたように言う。
「だが、背に腹は代えられねぇ」
彼はそういうと、再び歩き出した。
背に腹は代えられないというグォッカの言葉に、メアリーは彼なりの覚悟を感じ取った。
――
店に着く。
メアリーは様々な服を見て心躍った。
この時だけは、色々なことを忘れて店内の品々を見て回った。
一方グォッカは、店主と相談をしている。
「なるべく町の人々が着てるような服を仕立ててくださいまし」
グォッカがそう言うと、50代くらいの男の店主が目を丸くした。
「よろしいのですか? これだけの金貨をいただけるのなら、もっと上質で素晴らしい服を仕立てることもできますが」
「申し出は嬉しいのですが、できるだけ早く普通の服が欲しいのです。できるなら数着。きっと妹も喜びますわ」
グォッカはちらりとメアリーの方を見て言う。
彼らの間ではグォッカが姉、メアリーが妹という設定にすると決めてあった。
「かしこまりました。それでは、採寸をさせていただきます」
店主はグォッカの採寸を終えた後、店の奥から既成の服を何着か持ち出してきた。
「このいずれかがよろしかろうと思います」
「全ていただけますでしょうか。あと、何か荷物を入れるものはありまして?」
――
全ての買い物が終わったのは日がとっくに沈んだ後であった。
メアリーは相も変わらず夢見心地と言った感じだ。
「私、今までボロの服にローブをまとっているだけだったのに!」
彼女はその場でくるりと回った。
「こんなきれいな服を着れるなんて思ってもみなかったわ!」
グォッカはメアリーが嬉しそうにしている姿を見て、思わず微笑んだ。
――やっぱり、連れ出して正解だったな。
ぼんやりと、グォッカは思う。
彼は荷物の入ったバックを持ち、人が減ってきた商店街をメアリーの手を引きながら歩く。
さて、どうするか。
グォッカは思考する。
本当は宿を取りたいが、寝込みを襲われる危険がある。
となれば、野営を行うしかあるまい。
出来れば街から外れた、森の中で野宿するのが一番なのだが――。
グォッカは、その先に来るべきことを認めたくはなかった。
だが、現実問題として向かわねばならないことでもあった。
そう、野営をするのには森が一番。とりあえず、ベルベットの息がかかった者たちから狙われる可能性は低くなる。
その一方で、認めたくはなかったが、オークたちに襲われる危険性が転がっていたのである。
かつての自分だったら、森の中で野営する人間を見つけたら確実に襲っていただろう。
オークとは、そういう種族なのである。
自分だけならばまだよい。
が、今はメアリーを連れている。
彼女を危険にさらしたくはなかった。
難しい顔をして唸るグォッカを見て、メアリーが声をかける。
「……この後のこと、考えているのよね」
「……ああ」
メアリーも険しい顔をする。
「正直、野営するにしろ宿に泊まるにしろ、危険は危険だ」
「私は大丈夫よ」
メアリーのこの返事には、グォッカが驚いた。
「もう、過去のことは屋敷に置いてきたんだもの。それにいざとなれば、私の魔法がある」
「でもよ……」
「やるしかないわ。大丈夫。私だって、意外と何でもできちゃうんだから」
この言葉には、グォッカは苦笑した。
「なら、宿よりは野営の方がいい。少なくとも北王の部下にやられることはないだろうからな」
グォッカはメアリーの手を引いて、森のある方角へ歩き始めた。
――
しばらく歩くと、目の前に誰かが立っているのが分かった。
その人物はどうやら老婆らしいが、2人が歩いてくるのによける気配がない。
グォッカが自然とメアリーを後ろにする。
「……すみませんが、道を開けてもらえますこと?」
警戒しながらグォッカが老婆に話しかける。
老婆は無言のままだ。
「あの、もし」
メアリーがグォッカの手を握る力が強くなる。
「どこからかお逃げなすったのですかな」
老婆がしわがれた声を出した。
グォッカは不測の事態に備え、逃げられそうな場所を目で探していた。
「……道を開けてくださいまし」
「まあまあ、私は敵ではございません」
老婆はそう言うと、しわくちゃな顔に笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。
「これは私が作り出した薬でございます。飲めばたちまち、疲労は回復し、元気になることができます」
「その薬を買えということですの?」
グォッカは少々困惑したように言う。
すると、後ろから、メアリーが飛び出してきた。
「お、おい」
思わず素の言い方でグォッカが制する。
「その薬を買えば、道を開けてくださるのですね」
威圧するような、とげのある言い方だった。グォッカは思わず目を見開く。
「買えとは言いませぬ。タダで受け取ってほしいのでございます」
老婆はその腰を折りたたむように頭を下げた。
「わかりました。受け取りましょう」
この言葉にグォッカは驚いた。
「す、すこしお待ちなさって下さいまし」
老婆にそう言うと、彼はメアリーに耳打ちするように話す。
「おい、あんな怪しい薬、もらってどうするんだ」
「どうもなにも、使わなければいい話でしょう」
「そりゃそうだけどよ……」
「こうしてる間にも、父の追手が迫っている。一刻も早く街を抜けるべきだわ」
結局、メアリーに気圧される形で、グォッカは老婆から薬を受け取った。
すると、老婆はたちまちにその姿を消した。
「おい、もしあの婆さんが北王に居場所を報告しに行っていたらどうするんだ」
「今更しょうがないわ。野営をしてしのぐしかないわね」
メアリーは老婆のいたところを見ながらそう言った。
心なしか、その視線には憎々しげな感情が読み取れるようだと、グォッカは思った。
遂に屋敷を抜け出したグォッカたち。
何もなければよいのですが……そこは一波乱起こりそうでして……。




