第13話 オーク、抜け出す
「北王の屋敷を逃れる?」
アリスターは聞き返した。
「何故そうなる。お前は北王の娘、屋敷にいるのに何か不都合でもあるのか」
「ございます」
メアリーはきっぱりと言う。
彼女は、自分の生い立ちから現在の状況までつぶさに語った。
それから、こう付け加えた。
「……私と私の影武者は、いずれは北王を倒すつもりでございます」
腕を組み、話を聞いていたアリスターが口を開く。
「つまりは、北王の下から離れ、奴へのレジスタンスとなろうというのだな」
「左様にございます。敵の敵は味方、北王を打倒しようとする目的は、アリスター様と我らは同じかと存じます」
この言葉を聞いてアリスターは思わず笑った。
「田舎娘の志と私の考えが一緒とは笑わせる」
メアリーは無言で頭を下げている。
「……よかろう、私の配下を北王屋敷に潜ませる。頃合いを見計らい、屋敷を脱せよ」
「ありがとうございます」
メアリーはさらに頭を下げた。
「勘違いするな、私は北王が憎いだけだ。田舎娘にかける情などない」
「……重々承知しております。お言葉ですが、私自身、アリスター様に特別な思いを持っているわけではありません」
アリスターは再び笑った。
――
「ブラッディ、頃合いだ」
執務室にて、背もたれにもたれかかりながらベルベットが言う。
「……アリスター卿暗殺の件でございますか」
「そうだ。お前と『地下牢の子』の準備が整い次第、実行せよ」
「私も『地下牢の子』も、既に準備はできております。今からと仰せであれば、いつでも動けます」
「我輩もそこまで焦っているわけではない……そうだな、明日、取り掛かれ」
「かしこまりました」
ブラッディは退出し、地下牢に向かった。
奥に進むと、メアリーが静かに座っていた。
「……『地下牢の子』よ」
「……アリスター卿のことでございますか」
「そうだ。明日、実行に移す。準備を怠るな」
それだけ言うと、ブラッディは地下牢を出ていった。
「……行ったわよ」
メアリーは通路の奥に向かって声をかける。
陰になっている部分から、グォッカが出てきた。
額からは汗が流れている。
「ふう……バレるかどうかひやひやしたぜ」
「大丈夫よ、ブラッディは全く気付いていなかった」
「存在を消す魔法がなかったらバレていたかもしれねぇ。ありがとうな」
グォッカから礼を言われ、メアリーは微笑んだ。
「とにかく、計画の実行は明日となった。昨日アリスターに計画を伝えたから彼は厳重な警備に囲まれているはずよ」
「おめぇは一応、ブラッディと一緒に地下牢を出てアリスターの所に行く振りをする。オデは中庭で待っている」
「そう。そしてブラッディがアリスターの元に向かったのを見届けて、すぐにあなたと合流する」
「そしてアリスターの配下の魔法使いたちと一緒に屋敷を抜ける……」
しばし、2人は無言になった。
「……かなり、博打に近いわね。ブラッディの行動次第で順調にいくかどうかが決まるわ」
「だな」
グォッカは目を閉じた。
「でも……やるしかねぇ」
彼は静かに言う。その言葉に迷いはなかった。
メアリーも頷いた。
――
「『地下牢の子』、時間だ」
ブラッディの無機質な声が地下牢に響く。
メアリーは腹に力を入れた。
ここから先は、失敗は許されない。
「……かしこまりました」
ブラッディが先導し、地下牢を出る。
「……ここでよいか」
ブラッディは廊下の端で止まると、杖を振るい、大きな穴を創り出した。
「先に私が行く。お前は後から入ってこい」
これは幸いだった。グォッカの計画通りに事が進みそうだ。
ブラッディは先に穴の中に入っていった。
その瞬間、弾かれたようにメアリーは走り出した。
中庭に向かい、誰とも会わないように注意しながら、駆けてゆく。
これも幸いなことに、走っている最中誰にも目撃されることがなかった。
中庭に着いたメアリーは、グォッカを探す。
「こっちだ」
背後から急に声がして、メアリーは驚いて後ろを見る。
植え込みから、グォッカが顔を出していた。
「上手くいったみてぇだな」
安心した声で彼は話し出す。そして、メアリーの手をつかみ、植え込みの中に連れ込んだ。
そこにはグォッカと他に2、3人のローブを着た人間がいた。
「アリスターの家来たちだ。オデたちに協力してくれる」
この時ばかりは、メアリーはアリスターに感謝した。
悪態をついていても、約束は履行してくれた。
「さあ、いくぞ」
グォッカの言葉を合図に、アリスターの家来の1人が大きな穴を創り出した。
「市街につながっております。まずは人混みに紛れて追手をかく乱しましょう」
家来の言葉を聞いてメアリーは頷いた。
同時に、感慨深くもなった。
ついに、父からの呪縛から逃れられるのだ。
「グォッカ」
ふと、メアリーは名前を呼んだ。
「どうした」
「……ありがとう」
彼女は頭を下げた。
「よせよ、こんなところで……礼はここを脱出してからだ」
グォッカはメアリーの手をつかんだ。
「一緒に行こうぜ」
「ええ」
2人は、闇の中へと消えていった。
――
「どういうことだ! きちんと説明しろブラッディ!」
グォッカとメアリーが屋敷を脱出して数時間後、ベルベットは激怒していた。
「百歩、いや一万歩譲ってアリスターの暗殺に失敗したのは仕方ないとしよう……しかしなぜあの2人がいない! お前はちゃんと見ていたのか!」
机に積んであった書類が崩れていく。
執務室に呼ばれたのはブラッディとクラレンスであった。
ブラッディは表情を崩すことなく立っているが、クラレンスはベルベットの怒りに怯えているようだった。
「クラレンス! 貴様、オークのことをしっかりと監視しておったのか!」
「も、申し訳ございません……」
「任務も成功できず、駒も失った! この責任をどう取るつもりか! ブラッディ、貴様が役立たずだからこのようなことが起こったのだ!」
激昂するベルベットを静かに見据えて、ブラッディは言う。
「アリスター卿の件ですが」
ベルベットは全身から怒気を放ちながら黙り込む。
「部屋には普段の数十倍の侵入防止の魔法がかけられ、入ることもできませんでした」
「……だからどうしたのだ」
「かろうじて見えた部屋も、護衛の数が多く思えました」
「だから! どうしたというのだ!」
怒声を浴びせられても、ブラッディはびくともしなかった。
「お気づきになりませんか?」
「何だと?」
ベルベットはずんずんとブラッディに近寄り、威嚇するように彼女を見た。
「計画が漏洩されていたのです」
その言葉を聞いて、一瞬彼は虚を突かれた顔をする。
「計画が、漏れ出た、だと?」
「左様にございます」
「……!」
何かに気付いたベルベットは、顔を赤くし、再び叫んだ。
「おのれ『地下牢の子』め! よくも……よくもやりよった!」
彼は怒りに身を任せ、机の上の書類や本を投げ捨てた。
ふと、彼は動くのを止める。
「……ブラッディ」
恐ろしく静かな声でベルベットは言う。
「は、何でございましょう」
「……『地下牢の子』を始末せよ」
「……」
「オークもだ。両名共に、もはや使い物にならないどころか、我が家に害をなすものになった。やれ」
そういうと、ベルベットはおぼつかない足取りで執務室を出ていった。
それを全く見ないブラッディと、片づけを始めるクラレンスの姿は対照的でもあった。
いよいよ北王の屋敷から抜け出したグォッカとメアリー。
二人を何が待ち受けているのでしょうか。




