第11話 オーク、誘う
グォッカは全身が硬直している。
相手も同じようだった。
ランプに照らされてた2人の顔は、驚きを通り越して呆然としている。
しばしの間、2人は目を合わせていた。
それを逸らしたのは、少女の方だった。
そしてすぐ、その目から大粒の涙をこぼし始めた。
グォッカは動揺した。手に持ったランプが揺れる。
「ど、どうされたのですか」
一応、彼は敬語で尋ねてみる。
しかし、少女は泣いたままだ。
天井からの「雨漏り」が自然と強くなっていく。
しばらくの間、グォッカは泣いている相手になすすべなく突っ立っていた。
10分ほど時間が経ったであろうか。
「雨漏り」は次第に勢いをなくし、ついに止んだ。
どうやら少女は泣き止んだらしい。
彼女は居住まいを正すと、ゆっくりと目を閉じて言う。
「心の準備はできました。やるならすぐにやってください」
グォッカは一瞬、何のことか分からず再び硬直する。
しかしすぐに、少女が思い違いをしていることに気付いた。
「ち、違いますわ。私はあなたに危害を加えるために来たのではないのです」
「……疑わしい」
少女は驚くほど静かに言った。
「大方、北王様が私のことを用済みだと判断されたのでしょう。もっと腕の立つ魔法使いが現れた。だから私を消しに来た……ご丁寧に、私と同じ姿をさせて」
「違う、違うのです!」
グォッカは思わず大声で否定した。声が部屋中に響き渡る。
彼は慌てて声を潜めた。
「……私は本当に何も知らないでここに来たのです」
「地下牢に続くドアを開けましたね? あれは闇の魔法使いでしか開けることのできない扉ということは知らなかったのですか?」
「鍵が開いていたのです。ですから、入ってこれた。それだけです」
少女はそれを聞くと、パッと目を開けた。
「……あなたは、何者ですか?」
これに、何と答えるべきかグォッカは迷った。
「……私は、メアリー・エーブリーですわ。北王家の娘」
彼は形式上の答えを言う。
しかし、少女はグォッカを睨んだ。
「あなたがメアリー・エーブリーであることなどありえません。それは私が断言できます」
グォッカは、蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。
「……なるほど、分かりました。あなたはメアリー・エーブリーの影武者でしょう?」
少女の口調は柔らかかったが、幾分とげがあるように思えた。
「私が知りたいのは、あなたが本当はどういう人なのか、ということ。闇の魔法使い? それともただの人間?」
問い詰めるような口調に、グォッカはたじろぐ。
少し、間が開いた。
グォッカは、観念した。
「……オデは、グォッカだ」
「グォッカ?」
少女は目を丸くする。
「……オークとして生きていたが、ある日、おめぇと同じ姿に変えられた」
「……」
「そこから先は、メアリー・エーブリーとして生きることとなった。北王は、良縁をもたらせば元の姿に戻れると言ってるから、そうして生きているだけだ」
言いながら、グォッカは今までのことを回想していた。
そして、ある不安に駆られた。
……オデは、本当にオークに戻れるのか?
北王の言いなりにしか過ぎない日々を送るしかないのではないか?
そんな不安をよそに、少女は高笑いを始めた。
笑い声が部屋に反響する。
グォッカは地上に声が響いていかないか心配になった。
ひとしきり笑い終えた後、少女はグォッカを見据えた。
「ふぅ……そう、あなたはオークなのね」
その目からは、何の感情も読み取ることができなかった。
「大丈夫よ、魔法の力で、地下の音は地上に漏れ出ることはないから……そうね、あなたに名乗らせたのだから、私も自己紹介しなくちゃね」
ずい、とグォッカに顔を近づけながら少女は静かに言う。
「私の名前は、メアリー。メアリー・エーブリーよ」
――
グォッカは、ずどんと胸に銃弾が撃ち込まれたような衝撃を受けた。
「さてオークさん、なぜここに来たの?」
少女――メアリーは彼の目をじっと見たまま質問する。
「……オデは、オデは、その……」
グォッカは何と答えればよいか分からなかった。
「ここに来た理由も言えないのかしら?」
メアリーは問い詰めるように言う。
「ち、違うんだ」
グォッカは慌てた。
「そう、『雨漏り』だ。オデの部屋から『雨漏り』がするから、それを追いかけてここに来たんだ」
するとメアリーは、目線をグォッカから逸らし、何やら独り言を言い出した。
「私もまだまだね……悲しい感情が水の魔法を呼び起こしてしまったわけね」
「水の、魔法?」
「ねえ、あなたが言う『雨漏り』、具体的にいつ起きたか分かる?」
そうメアリーに問われると、グォッカは覚えている限りの日付を言い出した。
「……やっぱり。ごめんなさいね、私、悲しいとかつらいとかいう感情を持つと、水の魔法が制御できなくなるの」
グォッカは頷くしかなかった。
「父のせいで、オークだったあなたを人間界に巻き込んで申し訳ないわ」
メアリーはグォッカに向けて頭を下げた。
「頭を下げるのはやめてくれ……おめぇにもどうしようもなかったことだろうに」
すると、グォッカの脳裏にある疑問が浮かんだ。
「なあ、おめぇ、確か死んだことになっているんじゃなかったのか?」
メアリーは少し表情をこわばらせた。
「……確かに、私はもう、戸籍上は死んでいるの。でもそれには、理由がある」
彼女はそういうと、淡々と話し始めた。
「私が幼い時のこと。物や動物を何かに変身させる遊びをやっていたの。今でいう変身呪文ね。それを見た使用人が父に告げ口をした。それで……」
メアリーはそこで言葉を切った。
「……それで、私は父から、『魔女として生き、この家を守れ』と言われて、戸籍をはく奪されたの。それから私は、『地下牢の子』と呼ばれ、魔女として訓練された」
沈黙があたりを覆う。
「元々、長男ではない私に貴族としての価値なんてなかったってこと。体のいい厄介払いができたと思ったら、今度は貴族に取り入るために娘が欲しくなったんでしょうね。そこで、あなたの出番」
不意に話に自分が登場し、グォッカは面食らった。
「どこまでも勝手な父だわ……私の人生を滅茶苦茶にし、挙句の果てには見ず知らずのオークを娘として育て上げる。そう思わない?」
メアリーは笑うが、グォッカは笑えなかった。
「……なあ、おめぇの母ってのはいねぇのか?」
「ええ。母は私を産んですぐに死んでいる。父も新しい母親を探そうなんてしなかった」
「おめぇも、そうなのか」
「え?」
「実はオデも、母ちゃんはいねぇんだ。父ちゃんもな」
「……」
今度は、メアリーが押し黙った。
「オデがいた村の村長が言うにはよ、おめぇと同じで、オデを産んですぐに死んじまったって……だから、なんかおめぇの話、わかるぞ」
「……優しいのね」
メアリーが顔を逸らしながら言う。
グォッカは照れ臭そうに頭をかいた。
「……父から絶縁された後、私はブラッディから闇の魔法使いとしての訓練を受けた。その訓練の成果の場として用意されたのが、この前の晩餐会だった」
グォッカは思い出した。あの時の魔法使いは、こいつだったのか……。
「目的は果たしたけど、誰かに見られていたらしくて、折檻を受けたの。その時にも多分、あなたの部屋に『雨漏り』が起きていたはずよ」
……だとすれば、折檻を受けるきっかけを作ってしまったのは、このオデだ。
グォッカは正直に打ち明けてしまおうかと考えたが、その勇気はなかった。
代わりに、1つ質問をぶつけた。
「なあ、じゃあ、今日は何で泣いていたんだ?」
メアリーの表情が明らかに曇った。聞いてはならないことを聞いたかと、グォッカは焦った。
「……なんででしょうね。急に物悲しくなるのよ」
メアリーはそう言ったが、グォッカには「それ以上質問するな」というメッセージに思われた。
突然、メアリーが右腕を抑えて苦しみだした。
うめき声を上げる彼女に、グォッカは驚き、駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ええ……。急に来る発作のようなものよ」
「どれ、見せてみろ」
ブラッディとの授業で、応急処置の仕方も習っている。
苦しんでいるメアリーの姿を見て、グォッカは助けたいという思いを持った。
彼女は逡巡しながらも、少しずつ腕をまくっていった。
そこには、ひどい傷があった。えぐられたような、生々しい傷であった。
「おめぇ、これどうしたんだ!」
思わず声を上げるグォッカに、メアリーは苦しみながらも答えた。
「大丈夫よ……これは、闇の魔法使いの文様だから……こうやって、定期的に痛みだすの」
彼女は服を元に戻した。
グォッカは、不意に思う。
――こいつに屋敷の外を見せてやりたい、と。
両親がいないという境遇の近さや、お互いやりたくもないことをやらされているという親近感があった。
「なあ」
グォッカはメアリーの目をしっかりと見て言った。
「……何?」
まだ苦しみが続いているのだろう、苦悶の表情を浮かべながら答える。
「オデと一緒に、この館を抜け出さないか?」
「地下牢の子」ことメアリーが登場しました。
次回から、新章がスタートします。




