猫獣人は集うもの?(タマゲッターハウス:アクションの怪)
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
猫じゃらし様主催『獣人春の恋祭り』の参加作品です。
太極拳に似た架空の拳法がでてきます。
新人冒険者の青年ケイには気になる女性がいた。
訓練場で格闘技を教えてくれた獣人の女性だ。
ケイはその女性を猫の獣人だと思っていたのだが、実は……
夜の森の中の小道を、ランタンを持った二人連れが歩いている。
小柄な細身の青年と、大柄な壮年の男性であった。
月明りの下、風もない夜である。
時折、どこからか虫の音の聴こえてくる。
「サイガンさん。急に手伝ってもらって悪いっスね。それに報酬も安いのに……」
青年がすまなさそうにいうと、大男がガハハ……と笑う。
「よいよい。気にすることはないぞ、ケイ。新人の面倒を見るのも先輩冒険者の務め。ワシにとっても修行になるわい」
「サイガンさんにそう言っていただけると助かります。今回は、ほんとに初心者向けというか、ただのお使いみたいなもんだと思うんスけどね……」
ケイは先月冒険者登録をしたばかりだ。
この一か月で比較的弱いモンスターの討伐も経験している。
今回の依頼は、町から少し離れた森にある空き屋敷の調査だ。
何年も前から無人となっているはずの屋敷で、夜になると不気味な物音が聞こえてくるらしい。
さらに何かがぶつかるような音や怒号や悲鳴まで聞こえたとか。
屋敷の周りには、たくさんの猫が集まっているそうだ。
「誰かが勝手に入っていないか。または盗賊が住みついていないかを調べるっス」
「ふむ。ケイが神官のワシに声をかけてきたってことは、それ以外の可能性も考えておるのじゃな」
「ええまぁ……。可能性は低いと思うスけど、アンデッドや邪妖精の場合はサイガンさんのお力が必要っス」
「よかろう。そういう慎重さがおぬしのいいところじゃぞ」
サイガンが見たところ、ケイは将来有望な人材だと思っている。
ケイは冒険者として新人であるが、斥候としての能力や動きの素早さはなかなかのものである。
今回の報酬は、危険が見つからなければかなり少ない額になる。
ケイはそのほとんどをサイガンに渡すつもりのようだ。
「サイガンさん。猫の獣人って、猫の姿にもなれるッスか?」
「ワシの知る限り、それはない。妙な魔法や呪いにでもかかっておれば、話は別かもしれぬがな」
「そうスよね。最近、猫の獣人さんに世話になったので、まさかと思ったッスけど」
ケイが言うと、サイガンは首をひねった。
「もしかして、ライカのことか? 先日ギルドの訓練所でコテンパンにやられておったの」
「ははは……。見てたんスか。オレ、速さには自信があったんですけどね。格闘技ではライカさんにまったくかなわなかったッス。さすがは猫の獣人ッス」
ケイは恥ずかしそうに笑った。
頬を赤くしていたが、負けたことを恥じているわけではなさそうだ。
「いちおう教えておくが、ライカは猫ではなく獅子の獣人だぞ。まぁ、本人は猫と呼ばれても気にしないがな」
「あ、獅子だったんスか。次に会ったときは余計なことは言わないように気をつけるッス」
二人がしばらく歩くと、屋敷が見えてきた。
中から物音が聞こえてくる。窓には厚いカーテンがかかっているが、明かりがついているようだ。
「サイガンさん。あきらかに複数の者の気配ッスね」
「そうじゃな。なんとなく聞き覚えのある音のような気もするぞ。で、どうする? 窓をそっとあけて覗いてみるか?」
「いえ。悪しき気配は感じられません。どうどうと正面玄関から行くッス」
二人は屋敷の扉に近づいた。ケイがドアのノッカーを叩く。
しばらくすると、ギィっと音をたてて扉が開いた。
「誰だニャ? 新しい門下生か? あれ……? サイガンさんじゃニャいか」
開いたドアから顔を出したのは、道着をきた獣人の少女であった。
ふさふさの髪の間から獣耳がでている。
「ラ、ライカさん?」
「ん? おまえは新人だニャ? こんニャところに何しに来た?」
「え? えーと……。あの、その……」
ケイは顔を真っ赤にして、口ごもった。
サイガンがその背中を叩くと、正気に返ったようだ。
ケイは気を取り直して、この屋敷にギルドの調査依頼が入ったことをライカに伝えた。
「それなら師範にも伝えた方がいいニャ。入ってきニャ」
屋敷に入ってライカについていくと、大きな部屋に案内された。
道着を着た数人が、掛け声をあげながら武術の稽古をしていた。
指導しているのは短髪の少女であった。
少女の掛け声に合わせて、参加者たちは掌底打を動作をしていた。
部屋の片隅では猫が集まっていて、稽古の様子を見守っていた。
しばらくして休憩に入ったところで、ライカが指導者の少女に声をかけた。
「ブライリー師範、冒険者ギルドからお客さんが来たニャ。ききたいことがあるみたいニャ」
「私、ブライリー・ピンインです。んとですね、ここで格闘技の指導をしています」
「あ、こんばんは。オレの名前はケイ。冒険者ギルドから来たッス。こっちは神官のサイガンさん。実は……」
ケイが依頼のことを話した。
ブライリーは「少々お待ちください」と言って、その場を離れた。
しばらくして、何枚かの紙を持ってきた。
「お騒がせしてすみません。んとですね。この屋敷の持ち主に書いていただいたものです」
「拝見します」
その紙には屋敷をブライリーに貸し出すことが書かれており、持ち主らしきサインもあった。
「ここを借りて道場として使うことは、街のご領主様にも伝えています。明日でよければギルドまで報告にうかがいますよ」
「そうしてもらえると助かるッス」
ぺこぺこと頭をさげているケイに、ライカが声をかける。
「せっかくだから、サイガンさんと新人もいっしょに稽古をしニャいか?」
「え? いいんスか? オレ、ちょっと興味あるんでやってみたいッス。サイガンさんもいいスよね」
「うむ。他流の武術もよい修行になる。ワシもまぜてもらってよいかの」
やる気のある二人を見て、ブライリーがニコッと笑った。
「んとですね。これから型を通しでやるんですよ。ライカや他の人たちの動きをまねて、動いてみてください」
ブライリーが参加者に集合をかけ、一定の間隔をあけて整列させた。
ケイとサイガンも並んだ。
「では始めます。大牙拳・柔技二十四の型。両手を肩幅に開いてゆっくり下ろします」
「馬のたけがみを梳くように、腕を分け開きます」
「鶴が翼を広げる動作です」
「膝の前を払いながら前進します」
「琵琶を抱える動作です」
「後退しながら押し倒します」
「孔雀の尾を引っぱる動作です」
「さきほどの逆の動きです」
「鞭に見立てた手で相手の手を引き、首を打つ動作です」
「両腕で相手の打撃をいなします」
「さきほどと同じ動作です」
「馬の鞍に手足をかける動作です」
「右の足裏で相手を突き放します」
「両手で相手のこめかみを打ちます」
「反転して、左の足裏で相手を突き放します」
「相手の足の間に身体を入れ、投げる動きです」
「先ほどと逆の動きです」
「頭部をガードしつつ、相手を押し倒します」
「海底の針を拾う動作です」
「相手の打撃を受け流して、関節を極めます」
「振り返りつつ、裏拳。攻撃をいなして縦拳を打ちます」
「捕まれた腕を切って、突き放します」
「腕を交差させて、身を守ります」
「両腕を下ろして、最初の姿勢に戻ります」
ゆっくりとした動作だったので、ケイもサイガンもついていくことができた。
一通りの型が終わると、サイガンがブライリーに声をかけた。
「師範殿。ワシが見る限り、相手の動きをさばいて、転ばせたり突き放すものが多いかの。一部、蹴りが入っておったが」
「んとですね。蹴りの方も、攻撃というより足で突き放す動作ですね」
ケイもブライリーに尋ねる。
「19番目の技はどういうときに使うんスか? 両手を下ろして無防備に見えるッス」
「んとですね。18番目の最後、相手を手で押している動作からの続きです。その手を相手に捕まれたことを想定して、応じる動きです。実際にやってもらった方がいいですね。ライカ。おねがいできますか?」
「まかせるニャ。新人。あたしの手を右手で握ってみるんだニャ」
ライカは、ケイに向かって右手を出した。
「あのぅ……ライカさん。オレの名はケイッスよ。覚えてくださいね。で、では……この手を握ればいいんスかね」
「手首をぎゅっと握ればいいニャ。外れニャいように、しっかりと握るニャ」
顔を赤くしたケイはライカの手首を取った。
「それじゃあ、いくニャ」
ライカは右腕をぐいと引きつつ、右手の指先をくるりと返した。
「……え?」
ケイの右手は先ほどまでは親指がライカの手首の上の位置にあった。
いつのまにかねじられており、親指が下側になっている。
これでは力がはいらない。
ライカが右腕を下に突き出すと、ケイの手は自然に外れた。
「こういう感じにニャる。相手の握力が強くても簡単に外せるニャ」
「うわぁ……。ライカさん。なんだか手品みたいスね。すごいッス」
「ニャハハハ……。じぁあ、今度は応用技を見せるニャ。もっかい握ってみるニャ」
ライカは、もういちど右手を出した。
ブライリーが心配そうに声をかける。
「ライカさん。本気でやらないでくださいね。ケイさん。痛くなったら『まいった』というか、身体を二回叩いて合図してください」
「え? 痛いことするんスか? ま、まあいいや。受けて立ちましょう。ぜひやるッス」
ケイはもういちどライカの手を取る。
さきほどより力が入っているようだ。
「それじゃあ。ケイ。いくニャ」
ライカは右腕をぐいと引きつつ、右手の指先をくるりと返した。
指先がケイの手首を上に乗った。
先ほどと違い、ライカは左手でケイの手を下から押さえる。
ケイの手は上下で挟まれていた。
「えいっ!」
「あいだだだ……まいったッス」
ケイは左手で自身のふとももをパンパンたたいて『まいった』の合図。
ライカは手をはなした。
サイガンは何度か頷いていた、
「ふむふむ。さっきのは手を外す動作で、今回は外れないように押さえたのだな。それで関節を極めたのか」
「そうですよ。ケイさん。大丈夫でしょうか」
ブライリーは心配そうに言った。
「なあに。あのぐらいで音をあげるようなヤツではないぞ。むしろご褒美になったかもしれぬぞ」
「……?」
小首をかしげるブライリー。
ライカはケイの手をぺちぺちと叩いていた。
「痛くして悪かったニャ。大丈夫か?」
「だ、大丈夫ッス。このぐらい平気スよ。ライカさん。オレ、もっと技が知りたいッス」
「じゃあ、ケイも道場に入門すればいいニャ。門下生が増えるとにぎやかにニャる」
「よ、よろこんで。ぜひ参加するッス」
話し込む二人を見ていたサイガンが「ところで……」とブライリーに向き直った。
「ここの門下生、拳を鍛えておらぬように見える。ここでは掌底が基本なのか」
「んとですね。稽古のときは掌底か裏拳が基本ですね。でも実戦では私たち猫系の獣人は、状況によってカギヅメを使いますよ」
聞いてみると、ブライリーも虎の獣人らしい。
よく見ると、頭上に髪にかくれた丸い虎耳があった。
ライカは手からシャキンとツメを伸ばした。
「能あるネコはツメをかくすんだニャ」