082:ロビン・ラックと絵本の鬼-2-
【星降る丘の小さな願い】
ある日、いつも一人ぼっちの少年が、ふと星を見ようと考え丘の上に行くと、そこには満天の星空が広がっていた。
一人寂しく過ごす少年は、その星たちに向かって【友達を下さい】とお願い事をした。すると一つの星がゆっくりと少年の前に降りて来て、やがてそれは一匹の猫となった。星から生まれたその猫には美しいリボンが巻かれており、それを見た少年はその猫に星姫と名前を付けた。
そして星姫と仲良く過ごす事一年。その少年の暮らす村に鬼がやってきた。野蛮な鬼たちは村の食べ物をすべて持ち去り、さあ帰ろうと言う時、美しい猫を見つけてしまう。鬼はその猫を大層気に入ってしまい、捕まえて持ち帰ってしまったのだ。
少年は猫姫を助けるべく、剣を取った。
まず赤鬼を倒し。
次に青鬼を倒し。
最後に猫姫を連れ去った黒鬼を退治し、鬼の元から沢山の食料と猫姫を取り返して帰った事で、少年は村の英雄となり、食料溢れる幸せな村で、猫姫といつまでも幸せに過ごしましたとさ。めでたしめでたし。
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「ーって感じだったよね」
「だな、流石にこれは本を読まない俺でも知ってる」
「有名な、絵本」
これは殆ど常識の様な話であり、また広く知れ渡った、幼児教育に取り入れられる数ある絵本の中の代表的な作品でもあった。とても可愛らしい絵をつけられ、そして起承転結がはっきりしており、最後にはハッピーエンド。みんな大好きな物語。
「その内容に沿って進行するって事か」
「でも少年がもう行っちゃってるから早く行かないと拙いんじゃないの?」
「んや、俺らが行くまで何も起こらねーよ。鬼と待機してる筈だ」
「何で!?」
ロビンは相変わらず難解な設定に弱かった。何故今にもやられると聞いていた少年が、犯人たる鬼と共に待機しているのか……実に謎であった。
「どうするの?」
「なんか通貨っぽいメリーってのを獲得してたから、ちょい買い物してみる」
「オッケー!」
三人は村長の家を出ると、そのほぼ向かいにあった商売をやっている者がいるという建物を訪ねた。
「すみません、53メリーあるんだけど、何か買える物ある?」
「客かい? 珍しいね。買える物はこれだよ」
店内にいた老婆が品物を前に並べ始める。
・回復薬 5メリー
・解毒薬 10メリー
・鞄 25メリー
・金の腕輪 100メリー
それぞれに値札が付いており、わかりやすい仕様になっていた。そしてその中の腕輪を指差して、ラディックは訪ねた。
「これさ、何に使うの?」
「これは特定の条件を満たすと魔道具になる腕輪さ」
「へー、なるほど。んじゃ解毒薬二つ貰える? あと鞄」
「45メリーだよ」
「ん」
鞄は兎も角、ロビンが回復薬ではなく解毒薬を買ったラディックを不思議そうな目で見つめており、これは説明の必要があるなと、店を出てすぐに口を開いたラディック。
「解毒薬な、何で買ったかだよな?」
「うん、誰も毒なんて貰って無いからさ」
「んじゃ何で売ってると思う?」
「え、そりゃ毒になる事も……あるからか」
「そう、回復は自前である訳だし、こっちのが拙い。確か解毒系の魔法って中級だったか?」
「水だと、中級」
「な? 今はそんな事にコストを割いてる余裕はない。ミア嬢は中級攻撃魔法に備えて魔力を温存してもらうとして、回復はお前だからな、ロビン」
「そう言う事かー、ゲームって凄いや!」
お金を稼ぎ、レベルを上げ、クエストを達成する。ゲームをする上でいかにも在りがちな普通の事だが、さて落ち着いて考えてみるとなかなかに違和感の多い作業だ。だがそこが面白い。
「って事はさ、さっきの腕輪もさ、この後必要になるの?」
「お、分かってきたじゃん」
「おー、やっぱりそうなんだ! お金足りないね! もっと集めなきゃ!」
慣れてくればシステムは自然と前に進む様に組まれている。故に遊び方さえ分かってしまえば案外なんとかなるものだ。ミアの魔力をある程度回復し、中級魔法の行使が可能な手応えを覚えた所で三人は貰った地図を頼りに歩き始めた。
「地図もこんな手順で貰えるとはな、これでかなり楽になった」
「川とか森とか描いてるもんね」
「だな、流石に階層間移動のポイントまでは書かれて居ないみたいだけど、これをベースに今どう探索しているかを把握しながら進めれば、多分その内いけるだろ」
「よーし、頑張ろー!」
「おー」
三人は順調に歩き始め、途中何度かスライムやコボルト、ワームなどの魔獣と遭遇したが、ある程度の魔力を獲得したロビンたちの敵ではなかった。レベルこそ上がらないものの、着実に経験値を貯めていき、そしてやがて。
「もうすぐ目的のポイントだ」
「物語的には……赤鬼かな?」
「(コクコク)」
絵本の中の赤鬼は、深く茂った森の中、少年に剣を突きつけられるとすぐに降参し、どちらに進めば良いのかを教えてくれていた。それはそれ程恐ろしいシーンではなく、どちらかと言えば平和的解決されており、少年は苦も無く次のシーンへと移行する。恐らくそれに沿った近しいストーリーになるだろうと予想していた一行は、
「……ん?」
「あれ、まさか赤鬼?」
「赤鬼……ではあるな」
「狂気の、顔」
「バハアアアアアァァァァァァ!!!」
「ひぃぃ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ガハハハハハハハハハハ!!!」
「ねぇラディ、無事って言ってなかった?」
「いや、大分予想外で普通に引いてる」
ドン引きであった。
そこで目に入ってきた景色は、体長は5メートル程に至り、更には凶悪さの限りを集約した狂気の面構え、そして鬼と同サイズの巨大棍棒。その隣に、檻に入れられた悲壮な面持ちの少年。地面に転がる虚しい剣。絵本の内容に外れているかと言えばギリギリ外れていない気もするが、そこを加味したとしても鬼の迫力が兎に角凄かった。
少年は酷く怯えており、それを面白がってか鬼は棍棒で檻を殴り続けていた。そんな状況から檻は既にやや変形してしまっており、このままでは時間の問題で壊れてしまいそうな危険性を孕んでいる。
「確かに赤鬼に対して少年が剣って、冷静に考えたら無理があるよな……。鬼だぞ? 子供が剣て」
「勝てる訳ないよね」
「現実は、無常」
「バハアアアアアァァァァァァ!!!」
「ひぃぃぃぃ壊れるぅぅぅぅ!!!」
「やるしか……ないか」
「当たり前じゃん! 早く助けようよ!」
「檻の、崩壊」
覚悟を決めた三人。赤鬼との戦いが始まる。