077:ロビン・ラックと世界樹の麓-5-
三人が三人とも不思議な顔をしていた。何処からとも言い難い何処かから女性の声が聞こえ、そしてその声は何かを告げていた。それが何を意味しているのかは理解し兼ねるが、少なくとも敵意は感じなかった。
「今のって……」
「まるでゲームだ」
「ゲーム?」
「あぁ、ロビンはあまり経験が無いか」
ゲーム、自身を何かしらの別の状況に居ると仮定し、そこから訓練する事で様々な力を得て困難を突破する。それが会社の社長を目指す様なものから、魔王の様な難敵を撃破するものまで。そしてそれは特に、魔力を使えない人たちの間で絶大な人気を誇っていた。その話を聞いてロビンはこんな感想を抱いた。
「え、ゲームの中で修行しても自分は強くならないんだよね? 何でやるの?」
「ぐっ、何でって……例え仮想であったとしても、憧れに近付けるってのは嬉しいもんなんだよ」
「そうなんだ。俺そんな高価な物触らせて貰えなかったからなー」
「だよな、そんな気はしてた」
ミアも存在こそ知っていれど、自身で触れた事は無かったらしい。どうやらこの感覚はそれに近い物なのだとラディックは推察していた。何故、どうしてが解決しないが、そこは一端置いておき、今は【そういう物】だと仮定して考えを改めなければならない。
「だとすると、修行の類は無意味だな」
「なんで!?」
「むしろ積極的に敵を探すべきかもしれない。魔力は寝れば回復するか? もしくはアイテムか。あ、だから魔道具が落ちているのか! もう少し詳しく言えよなあのじーさん……」
「どういう事!?」
「意味、不明」
ラディックが一旦説明を諦めて、ある程度の安全性を獲得する上で二つの大切な事を打ち立てる。
「まず、敵を倒してレベルを上げる」
「……オッケー」
何一つオッケーではないが、飲み込めない状況で【YES】と答える訓練は長らくやってきたので問題はなかった。そして二つ目が。
「もう一つが飯と寝床の確保だな。やる事が一つ増えた形だ」
「そっちは元々目的にしてたもんね」
コクコクと頷くミア。彼女もその流れに賛同しており、ここからは戦いもある程度厭わない状況となっていくが、それも必要な事なのだと納得してくれている。
と、そこへ近付いてくる二つの気配を感じ取ったラディック。すぐさま魔眼を発動し、気配のした方角へと視線を向ける。岩陰の裏に二体の魔獣を感知、敵襲だ。
「あそこの岩陰に魔獣が二体。どっちもさっきより魔力が強い、気を付けろ」
「オッケー!」
「了解」
聞き取るや否やすぐに臨戦体制を作るロビンとミア。ロビンは魔力で身体を覆っており、ミアはいつでも攻撃できる準備を整えて少しだけ後ろに下がる。そしてどういう流れになっても問題のない様にラディックがその中間のポジションを取っている。
今回は茂みではなく岩場の裏、今のミアには岩場ごと吹き飛ばす魔法は行使出来ず、敵の出方次第となっていた。そして。
「敵が岩の左から出るぞ! 一体ずつ仕留める、ミア嬢はタイミング見て牽制頼んだ」
「オッケー!」
「任せて」
敵が動いた。岩場の影から飛び出したのは小型で二足歩行の獣族魔獣、コボルト。姿を見てすぐに手元を確認するが、特に何も持っていない、故に最弱種である事を認識する。コボルトは強くなると扱う武器が複雑化していき、やがてコボルトで形成されたパーティ型で襲い掛かってくるケースすらある知能の高い魔獣だ。だがこいつらその中でもまだ物を扱えない素のコボルト。とは言っても今の彼らにとって決して弱過ぎる相手という訳でもなかった。
「ぐっ、痛っ……大丈夫!」
「気を付けろ!」
拳を繰り出してくるコボルトの攻撃を軽く受けるつもりだったロビンが大きく吹き飛ばされる。ガード出来るつもりでいたその目算は甘く、攻撃に耐えきれず大きくノックバックを喰らう形に。二匹してロビンを狙う状況にラディックが側面から突っ込み、敵が構えたタイミングでスライディング。
「ギャッ!?」
コボルトの一体を転倒させる。
「【流れる水の調べ】、水球による射撃」
すかさず追撃を仕掛けるミア、1日の使える魔力に限りはあれど、増える仕組みが用意されているのであれば、回復の手間を省く程に攻め切った方が得であると判断し、攻撃を試みる。だがこれはダメージが目的ではなく、現在近接戦闘中の二人へのサポートであり、敵の分断が目的で。転倒させられたコボルトの一体を、ガードの間に合わない隙に強烈な水球を見舞う事で大きく後退させる。起き上がるまで時間が掛かり、そして仲間と合流するには更に時間が掛かってしまう。このミアがくれたチャンスに。
「おりゃー!」
「そら!」
もう一体のコボルトに対し、ロビンが顔面を目掛けた蹴りを放ち、これを見事にガードされる。そしてそのガードに注意が寄った瞬間にラディックが渾身の手刀をコボルトの首へと放ち、これを跳ね飛ばした。宙を舞うコボルトの首。それが地面へと着地するタイミングで。
「ワオオオオオォォォン!!」
コボルトが強く吠えた。そして先程より一層強くなった魔力を纏い、ロビンとラディックを迎え打つ。先のやり取りの様に虚を突く方法は取れない、故に正面から捩じ伏せる必要のある厳しい戦い。まず先行したのはやはりロビンだった。
「おりゃぁぁぁ!」
魔力を集中した拳で攻撃し、これをコボルトにガードされるも、そのまま身体を捻る様にして背後に回り込み、そこから下半身に目掛けて蹴りを仕掛ける。それとタイミングを同じくして。
「今だっ!」
コボルトの顔面の高さに魔力を全集中した渾身の蹴りを見舞うラディック。だがこの攻撃は真っ正面が故にやはりコボルトにガードされる、が。
下半身へと逆側から攻撃を仕掛けていたロビンの攻撃が作用し、これが原因で全身に踏ん張りが効かず、ラディックの攻撃を防ごうとしたガードごと凄まじい勢いで回転させられるコボルト。回転したまま勢い良く地面に叩きつけられ、タイミング悪く頭から着地。首の骨が折れる様な勢いで地面に弾むコボルトを。
「そりゃぁぁぁ!!」
上から踵落としで追撃するロビン。これが見事に腹部へと決まり、コボルトはその場で爆ける様に消滅した。
「うぇぇ!? 消えたんだけど!?」
ロビンは驚愕した。踵落としが決まった瞬間に【パァァン】と弾け飛んだコボルトの全身。これはゲーム的な感覚で言えば良くある光景なのだが、ロビンには違和感でしかなかった。
「まぁゲームみたいな雰囲気だし、そうなるだろうな」
「どういう事!?」
一人納得しているラディックに、不気味な物を見たという顔をするロビン。冷静に考えて腹部への攻撃で内臓が破裂し、血塗れになる方が余程不気味な結果となる気がするのだが、ロビンにはこちらの状況の方が遥かに不気味だったらしい。因みにミアは「おー」と言っており、驚いてはいたが受け入れていた。
「ん? ドロップアイテムか。魔道具だな」
「え、何で?」
「何でって、そりゃ敵を倒したからな」
「何で魔道具に変わるの?」
「まぁ、敵を倒したらそうなるよな」
「何で!?」
何一つ受け入れられないロビンだった。