008:ロビン・ラックと使い魔召喚-2-
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静まり返ったグラウンド、召喚会場。
吹き荒れた魔力風が辺りを荒らした大いなる爪痕、機器、準備物、それら全ての凄惨なる在り様が、この非現実的な状況が夢ではないと強く主張していた。
固唾を飲んで見守る教員連中一同、及び担任教師ジャミール、そしてクラスメイト達。その一切が、誰一人動けずにいた。いや、動けなかった。彼の者が放つ信じられない程の存在感に皆一様に圧倒されていたのだ。動くなと言われた訳では無い。だが彼らは皆、突然動く事に対する安全保証を失ったのだ。
ただ一人、ロビン・ラックを除いて。
彼の心情だけは、皆と真逆のそれであった。
(良かった! 成功した!!)
僅かに喜々とした笑みを含んだその表情には、危機感などまるでなく、その事実にジャミールは生唾を飲み込まざるを得なかった。
一触即発。
今この瞬間に何かあった時に、それでも動ける様に。彼は足は動かさず、静かに、ゆっくりと、腰に控えていた魔杖に手を掛けた。
そんな張り詰めた彼とは真逆の表情をしたロビンは、実に飄々と、その場に現れた異質な存在へと声を掛ける。
「あの、貴方が俺の使い魔……でいいのかな?」
「は? 使い魔だと? 巫山戯るのも大概にしなさい。貴様如き羽虫が何を痛たたたたたたたたたたたたたたたたああああああああぁあもう!!! 何なんなのですか、信じられない契約ですね……」
目を丸くしたのはロビンとジャミール、そしてその場にいたその他大勢。僅かに、使い魔らしき存在がロビンへの害意を見せたその瞬間に、稲光りがその異質な存在へと襲い掛かったのだ。
(どうやらセーフティは……機能している様だな)
僅かに胸を撫で下ろしたジャミール。解決した訳でも状況が改善した訳でもない。だが、召喚された使い魔に施された主人への攻撃性の除去は正しく機能していた。ならば、最悪の事態は避けられる。
つまり、少なくともそのハンデがあるならば、彼はこの場から全員を遠ざける事くらいなら出来ると踏んだのだ。だが彼はー
(ジュディーゼンは呼べないな)
彼の連れたる相棒、使い魔に頼る気は無かった。その理由は、彼が使い魔と真に信頼関係を築いているからに他ならない。彼の使い魔なら、恐らくこの場の誰かの命を救う事など造作も無いだろう。だか、その頼もしき相棒の存在を以ってしても、命の保障は無かった。それ程にイレギュラーな状況。なればこそ、相棒を呼ぶ訳にはいかなかった。
故にジャミールは、異質なる存在に使い魔としてのセーフティを確認したのと同時に、より強く魔杖を握り締めた。己の身一つで、何とかするという気概と共に。
その一方で。
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫かだと? 貴様誰に向かって口を痛たたたたたたたたたたたたたたたたたああああぁああああぁあもう!!」
憤りをそのまま地面にぶつける【召喚された何か】、両腕を地面に叩きつけ、ただそれだけ行いで発生した振動がこの場の全員に共有される。
大震撼。
たかが拳一振り、それが何という威力か。
今しがた決意を終えた筈のジャミールの額から、汗が一滴、静かに流れ落ちた。
「ハァハァハァハァ……」
「あの、その、……ごめんね? や、やめとく? 俺はちょっと困るけどさ、その、帰れるなら帰ってくれても……」
「侮らないで頂きたい! 帰られるなら、やめられるならばとっくにそうしてます!!」
「えっと、じゃあその……どうしよう」
コミュニケーションは取れている。
セーフティも機能している。
ならばー
「ロビン・ラック、その方に一度待機して貰え。戻れと命令するんだ」
幾ら異質でも、その存在はやはりロビンの使い魔という認識で間違いない。そう確信したジャミールは意を決してロビンへと言葉を掛けた。
「待機だと? 貴様この俺を冷蔵庫の食材か何かとー」
「えっと、戻れ」
その瞬間【召喚された何か】は光の粒子となってその場から姿を消した。同時に、会場に張り詰めた緊張の糸は切られる事となった。それぞれがまるで呼吸を忘れていたかの様に酸素の取り込みを再開し、ある者はその場にへたり込み、ある者は落ち着いて深呼吸をし、それぞれが生を実感していた。
可視化された【死】がすぐ目の前に居る。
遂先刻まで、それ程の緊張感だったのだ。
「お前大丈夫か?」
「はい、身体は大丈夫なんですけど……」
「何だ? 何かあるのか?」
何か拙い物を抱えていそうな表情のロビンは、ジャミールから掛けられた心配の言葉に、今思っている事、その本心を吐露する。
「大丈夫なんですかね、俺?」
他と、皆の召喚と何もかもが違い過ぎた。
それ故の学生生活継続への懸念。
そんな彼の言葉に、ジャミールが返したのはー
「それは……知らん、ある程度は諦めろ」
「うっ」
「とにかくまずは血を止めて来い!」
「はい!」
安定の諦めろ。
その偽りのない言葉が、今のロビンには有り難かった。ジャミールが異質なる召喚者に対して待機を促し、これを実行したロビンによって事なきを得た直後。彼らのやり取りは実に短い問答ではあったが、ロビン少年の前途多難を示すには十分過ぎるやりとりだったと言えるだろう。
因みに彼の掌の傷は、その後学校付きの治療師が魔法で治療してくれたのだった。自然治癒では考えられない程の速度で綺麗に治してくれた為、それを目の前で見たロビンは大層興奮。「すげー!」と、そういった一々にキラキラした過剰反応を見せるロビンに、治療師の人も少しだけ嬉しそうにしていたのが印象的だった。
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「魔杖の生成は明日以降だ、今日の所は解散とする。イレギュラーな事態だからな、全員聞き分けろ」
「はーい」
「ひとまず自室で待機だ」
当然というべきか、あの直後。教員団が集合し話し合いとなった。結果、ドルデバルド校長の指示を仰がねば判断し兼ねるという至極真っ当な結論へと辿り着いたのだ。
どうあれこの状況では今日のレクリエーションは進行不可能。ならばと、解散する流れとなった。ロビンだけは拘束されるか若くは別行動か、何かしらのペナルティは免れないものかと本人も覚悟していたが、他のクラスメイト同様に自室での待機を命じられていた。これはロビンへの優しさ、などでは無く、彼に学校に対する悪感情を芽生えさせては不味いという、悲しくも現実的な対応であった。
「自室って言ってもあそこ何もないからなー」
「色々あるじゃん、机とかベッドとか」
「それはあって当たり前なんだよ」
「んーじゃあ本とか」
「いやだってあれ教科書じゃん」
クラスメイト達は皆それぞれが得た相性の良い者とグループになりながら帰っていた。となれば、当然アルヴィス王子は全員の狙いたい所ではあるのだが、その関わり方に関してはアルヴィス自身がノーサンキューなのだ。
熱烈な視線が凄まじく、この疎ましい羨望の眼差しに慣れたアルヴィスと言えど、ここが校内ともなれば面倒さを禁じ得なかった。故に、弾除けとしてロビンと歩いていたのだ。友達が欲しいロビンと、無用な接触は避けたい王子、互いの利害は一致していた。
憧れの王子と危険の象徴ロビン・ラック。今日のアレを目撃した周囲の面々は、今日このタイミングでの王子との接触は諦めざるを得なかった。だがそれでもこの二人が一緒にいて視線を集めるのは仕方ない事と言えるだろう。そんな視線もどこ吹く風なアルヴィス。そしてまさか自分に視線が集まっているとは思っていない事の張本人たるロビンはというと、シンプルに他者の視線に疎かった。
「ロビンは部屋何号室?」
「6025だよ」
「俺は6028だから、クラスメイトは纏められてるのかもな」
「あのさ、そもそもなんだけど。これってどうやって部屋まで帰れば良いの?」
寮に戻ってきたは良いものの、複雑怪奇さに変わりなく、どう登って良いのか、どう歩いて良いのか分からない構造をしている。ついでに言うと建物の外観的にこのボリュームが収められている事も信じられない程中は広い。
「鍵あっただろ? あれ待ってれば大丈夫な筈だ」
「鍵はあるよ!」
ジャーン、と鍵を見せるロビン。
「なら歩けば道が案内してくれる、考える必要はない」
「道が?」
言われた通りに歩いてみると、道が次々に繋がり、曲がって、高さを得て、そして扉の方へと誘導してくれる。
「凄ーい! 何これ楽しい!!」
「んじゃ俺そっちだから、また後でな」
「色々ありがとねアルヴィス!」
「こっちも助かったよ」
「……助かった?」
気にするなと手を振るアルヴィス。彼が助かったという理由が分からないロビンではあったが、ひとまず自室に戻る事にした。
自室の扉を目の前にし。
ガチャりと、鍵をあけると。
「遅かったですね」
「あー!」
そこには【召喚された何か】が、既に席に座っていた。