074:ロビン・ラックと世界樹の麓-2-
「さてそれでは当施設につきまして詳しくはご説明を。ただしこの話を聞くには条件があります」
「条件? 内容次第だ、聞かせてくれ」
「それは内部で獲得した新情報の提供です」
「……成る程、そういう感じか」
場所は移り、世界樹の真下。ここを管理する人々が客人を招く際に使う建物にロビン達は招き入れられていた。木を基調とした作りは何処か安心する雰囲気を醸し出しており、椅子、机に至るまで全てが木製に統一されていた。
「今から話内容も、先人達の築き上げた成果の結晶。聞く以上はあなた方もそこに参加して頂く事となります」
「それは、獲得物は含まれてるの?」
「いえ、あくまでも情報です」
「成る程、それくらいなら良いか」
この流れで双方同意し、書面にサインを交わした。内容はラディックが確認しており、【獲得した新情報を提供する代わりに既存の情報の提供を受ける】というシンプルな物となっていた。
「ではお話しを進めさせて頂きます」
そう建前を置いた老人は、雰囲気を少し重たく変化させ、この事により三人は少し緊張感を覚えていた。
「ここはかつてこの地を訪れたひとりの魔法使いによって作られた迷宮です」
「魔法使い……魔法の一種なのか?」
「それすらも、分からない現状です。その魔法使いは曰く【自身の魔力と世界樹の力があれば実現出来る】と良い、迷宮をこの地に齎し、力尽きました」
「え、その魔法使い……」
「ええ、この地に来た時には既に満身創痍だったと聞いています。そしてそれによって為された魔法は【未来に繋ぐ細い希望】という物でした」
「それが……迷宮」
「左様にございます」
十年前に何かがあり、これ程の規模感で事を為せる実力者が満身創痍まで追い込まれ、未来に何かを託して死んだ。これは世界樹の迷宮、その壮絶な始まりの物語だった。
「それでは中に入った後の話なのですが、こうなっているとは言えるのですが、恐らく思い通りに事は進まない事が予想されます」
「勿体ぶるなよ、続きを頼む」
時間的にそれ程余裕の無い三人は言葉を急いだ。
「失礼しました。この内部は文字通り【迷宮】、入る度に世界樹自身がその有り様を捻じ曲げ、同じ道、同じ経験は二度と起こらない、ルートの記憶が意味を為さない場所となっております」
「道を覚える意味がない?」
「正確には階層が分かれており、次の階層へ移動した時点でそれまで滞在していた階層はリセットされ、存在しなくなります」
「何階層まであるのか分かってるのか?」
「いえ、現在の最深部は十七階層。そこから先は未知でございます」
「経験者はここにいねーのか?」
「おりません。勿論経験者自体は何処かに居られるでしょうが、我々は把握しておりませんので」
「そりゃそうか」
入る度に記憶が意味を為さなくなる場所【迷宮】、そこはラディックの考えていたよりも、かなり特殊な場所であった。
「広さは毎回違い、次の階層への道を見つけられるタイミングによってはすんなり進む場合もあるそうです。しかしながら、場合によっては何日も彷徨う事になるとか」
「……時間が掛かり過ぎる」
苦虫を噛み潰した様な厳しい顔を見せるラディック。そう、この話はミアの当主が死ねばすべて元の木阿弥となってしまう。生きている内に終わらせる、それが最低条件なのだ。
「時間の概念はどうやら向こうとこちらで違うらしく、中で過ごした時間はここでの1/30になる様です」
「……は?」
「30日居ても、現実世界では1日しか時間が経っていないって事だよね?」
「理解が早くて助かります」
「……悪い、理解できた。続きを頼む」
老人によるこの突飛な発言をいとも容易く飲み込み、説明して見せたロビン。ラディックは少し驚いていたが、目の前の事に集中する事に。
「食料は食べられる木の実が生い茂る地点があり、それを見つけられれば問題ないそうです」
「見付けられなければ?」
「……順を追って」
「悪い、続けて」
言葉を挟んだ事で話の複雑性が増す事を懸念した老人はラディックの発言を棄却した。だがその方が良いのだろうと彼は思わず口を突いて出てしまったその言葉を僅かに後悔していた。それにもうラディックには答えに察しがついていた。
「また【迷宮】の中に、物は持ち込めません。それは使い魔も同じです。唯一許されているのは服くらいでしょうか。装飾品も魔道具であれば入り口で燃えてしまいます」
「……成る程な。だから炎、か」
「そして、そういった魔道具は中で拾える事があるそうなので、それをご活用下さい」
「拾える? 魔道具を?」
「はい、余程高価な物であれば、特定の条件を揃えなければ手に入らないのですが、剣や杖などであれば」
「あ、これだけは聞きたいんだけど良い?」
「勿論です、どうぞ」
ラディックのあまりの真剣さに、この質問にはここに来た理由が含まれていると理解した老人は、先ほどの様に言葉を遮らずにラディックの言葉を待った。
「【生命の葉】を探してるんだけど、ここにあるって聞いてさ。間違いない?」
「はい、間違いございません。【生命の葉】であれば三階層の何処かに生息しているとか。植物そのものが輝いており、葉を一枚取れば枯れてしまうそうなのですぐに分かるかと思います」
「ありがと。まだ話す事残ってるよな? 悪い遮って」
「いえ、それこそが迷宮へと入る理由なのですから、何も問題ありません。続きと言いますか、これは最後になるのですが」
その言葉を最後に、老人はこれまでで最も険しい表情へと変貌し、また纏う空気を重々しく変質させる。この後紡がれる言葉が恐らく最も恐ろしい事なのだろうと予想するにあまり在る変化だった。
そして、老人は口を開いた。
「ここに入る時点で、入り口の炎に殆ど全ての魔力を吸い取られます」
「……は? それは……疲れるとかの意味か?」
「いえ、培った許容、成長させた魔力の素養そもそもを全て吸い取られるのです」
「……悪い最後まで聞いてから考えるよ」
「助かります。魔力がゼロになるのではなく、それぞれが生まれて本来持ち合わせている魔力まで戻されてしまい、努力によって培った【増えた魔力】が失われます。そして、中ではまた一からやり直す、という事です」
「……出るには、どうすれば?」
話が急激に重くなり、言葉に詰まるラディック。彼の額からは一筋の汗が流れており、今の自分達であればという経験値を奪われるという事実を今だ飲み込まずにいた。
「次の階層に移動する際、戻るか進むかを選択出来ます。故に目的地が三階層なのであれば、四階層への道に辿り着いたのであれば、帰還も可能となります」
「……その失った魔力はどうなる?」
「戻ると、戻されます」
「ハァ、成る程な」
奪われ、失うのではなく、失った状態でのチャレンジ。それ以上でも以下でもないという事に少しだけ安心したラディック。老人は話を続けた。
「そして、迷宮内で培われた新たな魔力は、持ち帰れます」
「ん? ……もしかして、これ成長ツールとして使えるって事か?」
「死のリスクさえ度外視するなら」
「え、どういう事?」
「つまり、俺たちが一番成長したであろう最初の時期に戻されて、中で成長出来たなら、その魔力は今の俺たちの魔力に加算される。そして時間の流れは1/30になる。死にさえしなければ、かなり効率的に強くなれるシステムだ」
「あ、そういう事か」
ロビンはラディックの説明で何とか話を理解出来た様だった。ミアに関してはラディックと同じ感覚で理解しながらきいており、疑問はラディックが潰していくため、特に何も聞き足す事もなく話を聞いていた。
「まっ、つまり死のリスクはちゃんと在るって事だな」
「そういう事でございます。付け足すなら、勿論魔力以外の筋力や知識等はそのまま持ち込めます。それくらいですかね。話は以上で概ね終わりとなりますが、何かご質問等ありますでしょうか?」
そう問いかけた老人に、特に返す言葉は見受けられなかった。話を最後まで聞いた事で途中発生していた疑問も解決していたラディック、同じくミア、そしてラディックがいる事で、自分は任された役に徹すると割り切っているロビン。
質問を返す者は居なかった。
「質問はないんだけどさ、悪いけどちょっと時間くれる?」
「勿論です、私はこのまま退席しますので、ここを自由にご利用下さい」
そう言って老人は席を離れ、この場には三人が残される状態となった。




