071:ロビン・ラックと太陽と月-3-
「おぉーこれがクリアランスの街なんだね!」
「田舎者臭いからそういうのやめないか?」
「だってこんなに凄いんだよ!」
断頭岳から走る事まる二日。三人はミアの出身地であるクリアランスの街を訪れていた。細やかな工芸品を輸出する事で有名なこの街では特にガラス細工に力を入れており、各所に芸術的なオブジェが設置されていた。
目的地への道すがら、目に入ってくる様々なガラス細工を見ては興奮が止まないロビン。彼にはお出かけそもそもが未知であるが、この街の景色は特に刺激的で大喜びであった。
本来憂鬱な面持ちでここを通過するつもりだったミアまでもが、辛気臭くするの馬鹿らしくなるロビンの笑顔に釣られてしまい、ついつい笑みを浮かべてしまう。
「あそこ、ご飯、美味しい、よ?」
「え!? 行こう!!」
「いや目的よ目的、お前ら何しに来た訳?」
いっそ最も関係のないラディックが引率状態となっており、都度宥めながら歩みを進めていたが。
「えーでも腹が減っては戦は出来ないんだよ?」
「戦じゃねーだろ……ねーよな?」
「ない、はず?」
「……まぁ飯くらいは食べておくか」
「やったー!」
稀にロビンの我儘が通る事もあり、一行は実に楽しく歩みを進めていた。同じ道、同じ景色、にも関わらずロビンがいるだけで異常な賑やかさを発揮する、それが楽しくて仕方のないミア。そんな彼女がロビンサイドにいるせいで、何故か進行役のラディックが割を食う形となっていたのだ。
そしてミアの進めた店でご飯を食べ、腹拵えが済んだ所で本丸のホワイトニュートの屋敷を目指して進み始めた。
この街に来るまでは基本的にラディックとロビンが走り、ミアはユッキーの背に乗るという流れだった為、ミアは比較的余裕があり、また二人には良い修行となっていた。魔力的にある程度鍛えられているロビンは必然的に総合的な能力が上がっており、こう言った長距離移動にも耐えられる身体を獲得していた。一日たりともサボらなかった日々の修行の賜物である。
とは言え、ここまでの空気とここからの空気はまるで違うものになってくる。故に目的地が近付くにつれて徐々に会話が減っていき、三人は重い空気に包まれ始めていた。
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「ここか」
「だね」
壁、門、柱の一本一本に至るまで、何もかもが真っ白に塗装され、装飾に使われている金銀の配色によって神々しさの溢れる仕上がりとなっている建物。
そう、それこそがホワイトニュートの屋敷である。
「これなんか既視感あるなと思ったら、アレか」
「ん? 何? 俺分かんないんだけど」
「ロビンのゲートだ」
「あー! 確かに!!」
言われて気が付いた二人と、あの日のロビンを思い出して頬を赤らめている少女が一人。その景色は確かにロビンの魔法【閃光神の守護】と良く似ていた。だがそれは当然の事であって、光属性を操る事こそホワイトニュートの使命であり誇りなのである。故に装飾がその雰囲気に寄る事は当然で、それはただロビンの属性が光だったからとしか言い様がない話であった。
「入り口、こっち」
「あれ? ここは?」
「来客用」
「あー、身内はそっちなのか。へー面白いな」
だがその派手な装飾の入り口は客人を招き入れる為の入り口であり、ミア達は別の所から入っているらしい。案内されるがままに後に続いたロビンとラディック。
「何だ貴様らは、どうしてこ……ミアお嬢様!? どどどどどうして……」
入り口の前に立っていた門番の様な存在がミアの姿を見て見間違いかという様な雰囲気で驚いている。そして。
「ほ、本物なのですか? い、いい生きておられる?」
「うん、本物」
そう答えたミアの目の前で、門番の男は膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。
「よ、よくぞご無事で……。このトーマス、貴女様は先日亡くなられたと聞かされておりまして、ミア様にこの様な言葉を吐いてしまうなど一生の不覚……」
「気に、しないで」
「この人は?」
「良い人」
「成る程、数少ない味方の一人って訳か」
トーマスと自ら名乗りを上げたこの男、ホワイトニュートに仕える警備兵の一人であり、ミアが産まれたその時から知っている古くからの馴染みの人物であった。年は50になろうかという雰囲気の良い大人なのだが、今ロビンたちの目の前で盛大に泣いていた。ポロポロ涙を流すのではなく、ワンワンオイオイ泣いているのだ。
「トーマスさん、ミアの味方なんだね。俺凄く嬉しい」
「ミアお嬢様、こちらの方々は?」
「命の、恩人」
「では、貴方達がお嬢様を死地よりお救い下さったのですね」
「ま、そうなるかな」
「当然の事しただけだよ?」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
ロビンとラディックの前で「ありがとう」と拝み始めて止まらなくなってしまったトーマスを何とか落ち着かせ、そして周囲を確認してから改めて話をし始める。
「悪い、こっちも切羽詰まっててさ。手短に状況を教えてもらえると助かるんだけど」
「勿論です、私の交代まであと2時間あります。手短には話しますが、それほど警戒しなくても宜しいかと」
そう答えたトーマスは身を小さくしながら、ロビン達を呼び寄せた。そしてヒソヒソ声で話を始める。
「手短に重要な事だけを伝えます」
「助かるよ」
「まず、当主様が病に冒されており、あまり長くありません」
「は? いきなりそれかよ」
「そして、治す見込みのある薬は僅かに数種類で、その中の幾つかへ向けて私兵を派遣しておりますが、芳しくありません」
「……だからミアを」
「誠に力不足ながら、そういう事でございます」
「え? どういう事?」
話を理解しきれなかったロビンを一旦放置し、話の核となる部分を抑えにかかるラディック。
「で、その数種類って?」
「神魂の滴、生命の葉、鳳凰の血液」
「……成る程、俺らに芽があるのは?」
「ミアお嬢様がおられるのであれば、生命の葉に可能性が僅かばかり」
「それは何処に?」
「世界樹の迷宮牢に」
「マジか、あんな御伽噺の様な所……いや、生命の葉だしな。御伽噺クラスの場所にあって当然か」
「はい、ここより更に南に行った先にございます。街に地図があり、ステプトリアのすぐ隣ですので、場所には困らないかと」
「ミアが居れば可能性があるってのは?」
「入場出来るかどうかは、入り口が選ぶとの噂です。金で通れない分、やや厄介かと。ただホワイトニュートの血が流れているのであれば或いは、と」
「だから私兵を派遣出来なかったそこならって話か、分かりやすくて助かったよ。出直す、ありがとなトーマスさん」
「え? 帰っちゃうの?」
必要な情報だけを得て、そして万が一に備えて目立つ前に撤退する。賢明な判断と言えるだろう。だが話を半分も理解出来なかったロビンは「行かないの?」と困惑の色が全面に出ており「後で説明する」というラディックを信じて一旦理解を諦める事に。
「どうかご無事で」
「ありがと。必ず、戻るから」
「はい、お待ちしております」
深々と頭を下げるトーマス。そして一行はラディックに促されるまま、ひとまず足速にその場を離れる事にしたのだった。