070:ロビン・ラックと太陽と月-2-
脅威が去った事を確認したミアとロビンは一路、ラディック達の待つ魔核のあった場所を目指した。というよりも、目指すも何も信じられない程デカい黒煙を上げており、それが狼煙の様に機能した為、合流はいとも簡単に行えたのだ。
そしてそこにあったのは魔核ではなく馬鹿デカいドラゴンで、しかも辺り一面が黒く焦がされており、今だに焼けた石の臭いが辺りに充満していた。また切断された首の部分からは大量にの出血をしており、色々な意味で壮絶な戦いが連想される現場となっていた。だがそれが故に、これ程の大物をラディック達が仕留めたという事実に大はしゃぎのロビンは、誰がどう戦ったのかと皆に詰め寄ろうとしたそのタイミングで、先生が居る事に気が付いたのだ。ジャミールがいた事で一瞬で大人しくなったロビン、青菜に塩である。
そして互いに為すべきを為せた事を確認し合い、それでは解散! とはいかなかった。それは根本的に解決すべき大いなる問題がそのままになっていたからに他ならなかった。魔獣や魔核、この辺りは全てミアの暗殺のために用意された事象の一つに過ぎなかったのだから。
「でだ、今回ミア・ホワイトニュートが命を狙われたってのは……偶然って訳ではないんだな? こいつらの言う様に、家の柵なのか?」
この質問に頷く事で肯定を示すミア。
「ってぇ事はだ、やっぱまたあるんですよね、こう言う事」
この質問にも頷く事で肯定を示す。これでは今回は良くてもまた何かしらの手段を以ってこう言った事態に見舞われる事は必定だった。しかもこの次に訪れる困難は、確実に今回のそれを上回ってくるだろう。
「そんなのダメだよ! なんでミアがお家から狙われるのさ! 同じ家族なのに、そんなのってあんまりだよ!」
「そういうロビン少年も、確か家ではキツイ扱いをされてたって聞いたぜ?」
「うっ、あーなるほど……」
つい先程まで「家族が家族を狙うなんて」と息巻いていたロビンもこの一言に撃沈していた。家庭の事情はそれぞれ複雑で、特に七大貴族ともなればそれは一層闇も深いのだ。
「一度、話す」
決意に満ちた表情で、ミアはそう完結に言い放った。あまり大きな声ではなかったが、ミアが自ら発言する事は非常に珍しく、ジャミールを含む殆どの面々は驚きの表情を浮かべていた。だが勿論、この男だけは完全に別である。
「それならさ、俺も着いて行って良い?」
「は? 何でロビン少年が?」
「え、だって心配じゃん?」
「あーいや、まぁ、確かにそうか」
余りにも自然にそう言った為、下世話な想像をしてしまった自身を慌てて嗜めたサジ。冷静に考えて「ここで殺してしまおう」という決意を跳ね除けて、その家に帰還するというのは危険極まりない行為と言えるだろう。ロビンが「友達の家に遊びに行く」くらいの軽い言葉で核心を突いてきた為、逆に意味を図り兼ねてしまったのだ。サジにしては珍しいケースである。
「なら俺も行くよ。二人居れば万が一の時も逃げ切れるだろ?」
そう言葉を添えたのはラディックだった。
「くぅ、この流れになるなら当然俺らも行きたいんですけど、流石にこれ以上大将の側を離れるのも拙いしな……」
「そうだな、俺たちは戻るべきだ」
クライブとサジはアルヴィスの護衛だ。今は場所とタイミングが良かった為たまたま別行動が出来ていたが、それも長期化するのであれば話が変わって来てしまう。
「俺も、急だったからな。短期的な休暇を申請して来ちまったから、このまま急いで戻らないと拙い」
という訳で、極めてシンプルに話は纏った。
「んじゃ、俺とロビン、ミア嬢でホワイトニュートの領地を目指して、こんな事しやがった奴に文句言いに行くって事だな?」
「いやいや、文句ってそりゃやべぇですよラディックの兄貴」
行くにしてももう少し穏便に、そう言いたげなサジに対してラディックは。
「わーってるよ、ミア嬢の立場と掴まれてる弱味を総合的に加味しつつ、向こうが強行に至った原因との間で目指せる落とし所を探りに行けば良いんだろ?」
「……はい、すんませんでした」
口を挟む余地もない様な返事が返って来てしまい、思わず反射的に謝罪するサジ。だがそれと同時に、ロビンだけでは心配だった所に彼が同行するなら悪い様にはなるまいと少しだけ安心感を抱けていた。
「やる事は決まった。ありがとな、クライブ、サジ。それに助かりました、ジャミール先生」
「お前らこんな事になるなら事前に相談してくれ。いきなりインペリアルドラゴンの前に引きずり出すとか今後勘弁だからな」
「俺たちは、少しくらいは報いれたかなって感じだ」
「ですね、ロビン少年もラディックの兄貴もどっちも命の恩人だ。少しでも役に立てたなら本望ですぜ」
互いに互いの存在に感謝しつつ「また学校で」と、再会を誓いながらその場で解散する事に。ジャミールとクライブ、サジは途中まで道が同じらしく、急ぐのであれば互いにフォローしながら行こうという事で同行する事となった。恐ろしい事に食糧の一つも持っていなかったジャミールに一同が爆笑した話は横に置いておいた方が良いだろう。
ロビン、ラディック、ミア。
彼ら三人は次なる地を目指し走り始めたのだった。
━
「さて、インペリアルドラゴンだが」
「何ですかぃ先生。戦利品の回収ですか?」
「いや、コイツはまだ生きている」
「「ー!!?」」
三人が去ったその跡地にて。
「再生力の源たるは鱗。その大部分がそのままの上で、俺は首を斬っただけだ」
「イヤイヤだけって。そりゃねぇですぜ先生。普通は首を斬られた時点で死んでくれるもんだ」
「普通はな」
残された三人は、インペリアルドラゴンと向き合っていた。
「普通では、無いのですね」
「あぁ、こいつは帝級魔獣。その所以は攻撃力ではなく防御力の高さに依る物だ」
「まぁ確かに攻撃力で言ゃぁ、俺や兄貴達が凌ぎ切れるレベルでしたね。けどあのまま戦ったとしてー」
けれど、そう溢したサジの言葉にクライブが続いた。
「俺たちだけじゃ仕留め切れなかった、と言う事ですね」
「そう言う事だ」
ジャミール曰く、本来ならばインペリアルドラゴンは知能が高く、ここまでの暴走状態には至らないそうなのだ。だが今回は魔族がこれに絡んでいた。
つまり、インペリアルドラゴンとしても不本意な戦いをさせられていた可能性がある事を彼は懸念したのだ。
「仮にそうだとして、どうするんですかコレ」
「ふむ」
焦げ切った顔面。
切断された首。
ここまでして尚死なないと言うジャミール。
「おい、意識はあるか?」
そんな彼は、遂にインペリアルドラゴンへと語り掛けた。そんな彼の暴挙に対して、仮に聞こえたとしてもまさか答えたりなどしないと考えていた二人だったが、その考えはアッサリと裏切りられる事となった。
『ニンゲン共ガ……』
「「ー!!?」」
焦げ切った口が僅かに動き、声を発したのだ。
『……我ヲ殺スナラバ、殺セ』
「いや、誇り高きインペリアルドラゴンよ。俺達はこの場に居合わせ、理性を失ったアンタを止めたかっただけだ。殺すつもりはない」
『……何ダト?』
内心「え、そうなの?」とでも言いたげな二人を置き去りに、ジャミールは言葉を続けた。
「恐らく、貴殿の産まれに関わった者による精神支配があった筈だ。俺はそれを断ち切りたかった。そして、それは成されたと考えている。違うか?」
『……』
数秒の沈黙。
そしてー
『確カニ、今意識ハ鮮明ダ。先マデノ記憶ハ朧ゲデ、自ラノ意思ダッタカ定カデハナイ。ナラバ、コノ身ヲ操ッタ不届者ガ居タト言ウノダナ?』
「そうだ」
ドラゴンは答えた。
その言葉に、ジャミールはいよいよ確信を持って話を続ける。
「俺は貴殿らの仲間の巣を知っている。そこまで案内させてくれ。首を斬った俺が言うのもなんだが、貴殿らの種族がこの程度で死なない事を知った上で、解放させてやりたかった」
『……』
「どうか、大人しくこのまま帰ってくれ」
『……』
インペリアルドラゴンの数は然程多くは無い。
魔獣専門であるジャミールは、討伐も去る事ながら、保護や保全と言った活動にも通じていた。要するに、彼は魔獣全般が好きで魔獣専門の魔法使いをやっているのだ。
『小サキ者ヨ』
そしてドラゴンはその大きな口から問いを吐き出した。
『汝ノ名ハ?』
その答えとして、ジャミールは僅かに考える仕草を見せ、こう答えた。
「貴殿の復活に関わった者の名、ジャミール、クライブ、サジ、そしてラディックとロビンだ」
『汝ラノ名、確カニ記憶シタ』
その粋な計らいに、内心「報復とかないっすよね?」とビクついていたサジだったが、そんな思いとは裏腹にー
『礼ハ言ワン。コノ借、何時返サセテ貰ウ』
やり取りは見事に成立していた。
ビクつきながら双方のやり取りを見守っていた二人だったが、ジャミールのー
「よし、なら首を動かすぞ」
「「え?」」
この言葉により、硬直は解かれー
「本体に付ければくっつくだろ?」
『任セヨウ』
「よし、お前手伝え」
インペリアルドラゴンの復活を手伝う事となった。そしてこれに依って彼との間に奇妙な縁が生まれた、そんな瞬間でもあった。