068:ロビン・ラックと死の少女-9-
場面は移り、ロビンとミア。
最終局面。
アンデッド達が視認できない程の攻撃が横薙ぎに一閃し、一塊になっていた数体の身体が吹き飛んだ。着地音も聞こえぬ程の程の勢いで次なるアンデッドを目指し、攻撃し、血が噴出する。死力を尽くす闘いが始まっていた。
顔を上げ自身に向けられた投擲を躱すと、既に対象に向けた蹴りを走らせており、これが見事に炸裂しアンデッドの身体を破壊した。目にも止まらぬ速度感で繰り出される攻撃に、アンデッド達は標的を定める事もままならず、動きの停滞した彼らへロビンからの更なる追撃が襲い掛かる。
アンデッド達の一部が魔力を行使する事で岩を射出、この攻撃による火力を集中させロビンを捉えようと試みるも、次の瞬間には背後に回られており、その一塊は消滅する。次々と数を減らされていくアンデッド。
ここまで大きく戦闘能力の差が出るのには明確な理由があった。それはロビンの使う光属性の魔法の存在である。光は彼らアンデッドたちが最も苦手としている属性で、その攻撃の前には為す術もなく崩壊する他ないというまさにアンデッド特攻の属性なのだ。
そして今ロビンはその光属性の魔法をその身に纏いながら戦っている。発光するその輝き一つ取っても、アンデッドたちは動きを鈍らされ、彼を捕捉する事もままならない状態となっている。ロビンが光そのものであるならば、存在そのものが苦手であるのも仕方ないと言えるだろう。
「ん、あれは……」
故に、アンデッド達はその状況を打開すべく、一つに纏まり始めたのだ。巨大に膨れ上がっていく一体のアンデッド。ロビンがその存在に気がついた時には既にかなりの大きさとなってしまっていた。
「けど、やるしかないよね」
例えどれだけ大きくなろうとも、拳が届く距離なのであれば瑣末な問題であった。ロビンが跳ねるように跳躍し空へと駆け上がる。強大に膨れ上がったアンデッドと比較すればまるで小粒の様なロビンの存在。だが彼は。
「どっせーい!」
一瞬も立ち止まる事なく拳を振り抜くと、巨大アンデッドの片腕を大きく削る事に成功する。骨と化した亡者たちが折り重なり合う事で巨大化したアンデッドの腕は骨の様な芯は見当たらず轟音を鳴り響かせながら崩れ落ちていた。
ロビンは振り切った右腕を畳むように反転し着地すると、再び姿勢を整えなおし、走り始める。一転狙われる側になってしまった状況のアンデッド、巨大化した事で鈍化しているその大きな身を無理矢理よじって回避しようとする。そして眼前に迫るロビンを振り払おうと残された腕で抵抗を試みるも、容易く回避して見せたロビンは拳を強く握りしめ、巨大アンデッドへと改めて攻撃を仕掛ける。
「ハァハァ、どりゃぁぁぁ!!」
ひねった身体が裏目にでたアンデッドは下腹部の一部をロビンに貫かれ、その巨体を振り乱しながら崩れ落ちていく。
殆ど音もしない様な軽い足音を立てて着地したロビンは、地に着いたと同時に周囲を見渡す。未だ倒し切れていないアンデッドの位置を確認するとすぐさま走り始める。
勝手が分かったアンデッド達は、ロビンに対抗すべく何箇所にも巨体を生成し始め、一人光り輝くロビンを囲む様に展開していく。だがそんな事にもお構い無しなロビンは大きく飛び上がるとアンデッドの頭部側から腰の方へ背中を駆け抜け、その中央部分を強烈に蹴り飛ばし、巨大を一撃で沈めていく。既に腐り切った黒い血霧を事あるごとに撒き散らすアンデッド、だがそれらが飛び散る時にロビンは既にそこにおらず、彼は一滴の返り血を浴びる事もなく疾走し続ける。
次なる巨大へ飛び移り、再び無防備な背中から蹴り砕こうと試みるも、体に取りつかれる事を想定していた巨大アンデッドは背中から無数の手を生やす事でこれを捕まえようとする。だがそれを察するや否やすぐさま離脱し、地に足を着いたと同時に再び跳ね上がり、アンデッドの胴体を殴り飛ばしながら貫通する。これによってまた一つ巨大アンデッドが地に沈む事となった。
何をどうしてもロビンが止まらない。
「ンフー彼は実に面白いデスねぇ。何故なのでしょう、不思議な親近感を覚えます。光をその身に纏い、私とは真逆の魔法を操る彼に? 興味がそそられますねぇ」
そんな彼を何故か見守る形で立ち尽くすミーア・キャンベル。そんな彼が動いた時、対処できる様となりで大杖を構えたまま待機するミア。だが余りの動きの無さに、ミアさえもロビンの動きを目で追っており、闇が埋め尽くす絶望の大地を一人駆け回るロビンに心奪われていた。
折り重なったアンデッドは人型だけでなく、骨で形成されたスケリトルドラゴンへとその姿を変貌させており、強く振り払ったその尾が横薙ぎにロビンを襲う。だがその直撃の寸前、小さくその場に跳ねる事でこれを回避したロビンはそのまま尾の付け根を蹴り飛ばして分断し、困惑するスケリトルドラゴンの背中を駆け上がると、そのまま顔面へと強烈な攻撃をお見舞いする。頭部と尾を失ったドラゴンはその場に崩れ落ち、轟音と共に大地に沈む。
今度は口を大きく開け、ロビンを飲み込み噛み砕こうとするもう一体のスケリトルドラゴンが現れると。だがロビンは促されるがままに自ら口腔内に侵入、歯を殴り折る鈍い音を立てながら爆進し、やがて腹部を突き破って姿を現した。
「まさかこの数を一人でやるつもりなのデスかねぇ、面白いデスねぇ。貴女は行かなくてもよろしいので?」
不気味に微笑むジーマのその言葉に、ミアが答えることは無かった。
暫く巨大なアンデッドが生まれないとなると、今度は地上を駆け回り、次々とアンデッド達を蹂躙し始めるロビン。さながら嵐の如く、訪れる先々でアンデッドを蹴散らしながら進んだ。その様子は正に圧倒的。
アンデッド達はどれ程数を揃えようとも大きさを変えようとも姿を変えようとも、何一つ反撃がままならない。
彼の体力も無限では無いが、これはもうこのままロビンが押し込む。そう思われたタイミングで、アンデッド達が最後の攻撃に出たのだ。
巨大な腕のみを大地から生やし、それが何十も。身体を低くし更に戦場を駆けるロビンは、振り下ろされる無数の拳の弾幕を華麗に回避しつつ、通り過ぎ様に腕をへし折る様に破壊して回った。蹴り、殴り、力の限り暴れ回ったロビン。遂に最後の一本となった腕へと迫り。
「こ、れ、で、終わりだぁぁぁぁ!!!」
その一本を粉々に吹き飛ばしたのだった。そして吹き飛ばしたと同時に、ロビンは光を失い、腕の瓦礫と共に地面へと沈んで行った。と思われたその時。
「ユッキー!」
ここ一番でいつも頼りになる優秀な友の名を呼び、ロビンを救うべく急行する。そしてー
「……大丈夫?」
「ミ、ミア……助かったよ……」
それをすんでの所でキャッチする事に成功したミア。この時彼女はユッキーの背に乗っており、ロビンもまたユッキーの背の上でミアに支えられている。
動かないジーマ・キャンベル、そして力尽きたロビン。最早一瞬の迷いもなくユッキーを使役しロビンの元へと駆け付けていたミア。
そして二人は空中に上がる。
また、それを見上げるジーマ。
「ンフフフアハハハハハハハやりましたねぇ貴方本当に一人で全部やりましたねぇ素晴らしい!!」
大袈裟なパフォーマンスで如何に自分が上機嫌であるかを語るジーマ。
「お嬢さん、貴女もそうですが、そこの御仁にも興味が湧いてしまいました。二人とも大人しく私に捕まりなさい。そうすれば悪い様にはしません」
「……嫌」
「ンフー嫌われてしましたねー。何故でしょうか」
余程機嫌が良いのか、ニコニコと笑顔のまま。
ジーマの周囲に邪悪な気配が集約していく。
「ーー!?」
「っ!? な、何この魔力……!」
「アハー良いですねぇ、新しい可能性と巡り合えるというのは本当に幸せな事ですねぇーンフフフ!!!」
ロビンやミアをして、震えが止まらない程の圧倒的な魔力。帝級魔法を発動した直後にも関わらず、疲労の影もまるで見せないこの男が、その力の片鱗を見せてきたのだ。ただそれだけの事で、ユッキーは羽ばたく活力を失い徐々に高度を落とし、そしてそのまま魔圧に曝された事が原因で死んでしまいそうな雰囲気を醸し出し始める。
「戻って、ユッキー」
すかさずユッキーを戻し、震えの止まらない身体のまま、ミアはロビンを強く抱きしめた。まだ魔力に余力はあった、動けないロビンより随分とマシな筈だ。だが、抵抗する気力も起こらない程の圧力を掛けられてしまい、ただ恐怖に飲み込まれ、ロビンへと抱き付く他なかったのだ。それは守ろうとする意志なのか、もしくは守られたい気持ちなのか、それすらも分からない程の思考停止状態。
「こ、こない、で」
掠れる様な声で、そう呟いた。
だが勿論。
「ンフー無理デスねぇ。貴方達は私が貰っていきます」
「……や、やめて」
この男がそれを許す筈もなく。
「そのまま大人しくしていなさい。大丈夫、痛いのにはすぐ慣れますから」
「……っ」
ジリジリと歩み寄って来ていた、その時だった。
「ンンン愉快デスねぇぇンフフフフハハハハハハハハハ!!」
「全く、品の無い」
「ハハ、ハ?」
黒い、ただ黒く、それが故に全てを飲み込みそうな強かさを備えた桁違いの魔力が空気を支配する。先程まで存在していた全ては塗り潰され、まるで最初からこれしか無かったのかと思える様な張り詰めた空気が地に満ちる。
僅かに足下の砂を鳴らし、まるでその歩みが死そのものであるかの様な圧力を放ちながら、ゆっくりとジーマへ歩み寄る。闇は歓喜し、影さえも震えている。
漆黒の支配階級たる頂点に君臨する世界、そこに至った極々一握りの奇跡の一つ。表情も気配も魔力も、何一つ変える事なく、彼はただ呟いた。
「悪い事は言いません、帰りなさい」
「は……ぁ……あ……」
「二度言わせるな」
「ひっ」
その言葉の発言と同時と言って良いほどのタイミングで、信じられない程の殺気の放出と、ジーマの消失が同時に起こった。即断即決、ジーマは引き際を間違えなかった。そして、その者が去ると同時に、すぐさま空気を軟化させたニクス。
歩み寄る先をロビンへと変えると、やはり急ぐ事なくゆっくりと近寄り、そして彼のすぐ真横へとやってくる。今の彼は「やれやれ」といった雰囲気の顔をしているが、これを直視出来る者など殆ど存在しないだろう。
「……あれ、ニクス?」
「……!?」
「全く、アナタはいつもボロボロではありませんか。ロビン」
「へへ、でも俺、ニクスのお陰で、やれたよ?」
「えぇ、薄らと見てました」
「ありがと……ね」
そう言い残すと、ロビンは満足そうに気を失った。そしてこの状況を作った【俄に受け入れ難い存在】がロビンと談笑していた事実に驚愕するミアであったが。
「惚けてる場合ですか。回復、してやりなさい」
「っ!? 【只包み込む母なる愛】!」
ニクスのその言葉に漸く自身を取り戻したミアは水属性の中級回復魔法を即座に発動する。青く優しい光がロビンを包み込み、各所に見られた細やかな傷を癒やしていく。大きな怪我はしていなかったらしく、最も深刻なのは魔力的な枯渇だと言えよう。
「大丈夫、すぐに目を覚ましますよ。何せ彼は、俺と繋がっているのですから」
だが、その一抹の不安さえ掻き消し、ニクスと呼ばれた謎の存在はその場から姿を消したのだった。