067:ロビン・ラックと死の少女-8-
とある中間休暇中のある日の事。
ジャミールは学校の職員室にて、中間休暇が明けてからの予定を組んだり確認したりという教員作業を行っていた。そんな日常の最中、突如として彼に面会を求める使者が現れたのだ。
「俺に? どういう事だ」
現在のジャミールの生活であまりこう言った事態は起こらない。それこそ教員になる前の彼であれば、そういったゴタゴタは日常茶飯事であったが、今は昔の話である。そしてその使者はー
「デマイズのお方が俺なんかに何の用ですか」
「この手紙を預かっております、差し出し人はラディック・デマイズです」
「ラディック・デマイズ? 成る程、だからか。……あいつから手紙? 俺宛に? そんなタマか? だとしたら……嫌な予感がするな」
中間休暇も中程を周りジャミール先生は如何お過ごしでしょうか、などと洒落た事をする生徒では無い事を知っていたジャミール。ラディックからの手紙が本物であるという事実は受け入れられても、内容に心当たりが無さすぎたのだ。
そう言う時は概ねが緊急であると相場が決まっている。そしてその予想に反さず、手紙の中身は至ってシンプルな火急を示す内容であった。
・救援求む。
【状況】
ミア・ホワイトニュートが暗殺者に狙われており、その過程で高ランクの魔核が暴発する恐れアリ
「は?」
ジャミールは自身の眼を疑った。
「詳しい地図などはここにあります。魔核の位置は二枚目の赤い印の部分です」
「マジ……なのか」
使者から伝わる鬼気迫る空気、それはこの手紙が洒落や酔狂で送られた物などではなく、真に危機に瀕した救援信号である事を物語っていたのだ。
「申し訳ありませんが、他を経由していたのでかなり時間的に切迫しています。間に合わない可能性すらある。それでも行って頂けますか?」
「当たり前だ!!! すぐに休暇を申請する、10分で戻るからここで待ってろ。道中もう少しだけ話が聞きたい」
「分かりました」
そしてジャミールは申請だけを済ませると着の身着のままで学校を飛び出していた。そして全速力で現場へと向かい、間一髪間に合ったという流れだった。
━
「指揮を取ってるのはどいつだ!」
「俺です」
「ラディック・デマイズ……だと? お前そんな積極的な奴だったか?」
「いやこの際それは置いておいて下さいよ」
「すまない、まだ少し気が動転している様だ」
現着したジャミールがこの中で一番余裕がある、訳でもなく、全力でここを目指した最後に休む暇もなくとんでもない場面に遭遇し、魔杖を抜くと同時に斬り掛かったのだ。かなり体力を消耗しており、肩で息をしている。
だが、インペリアルドラゴンは地に沈んだ。何も状況は進展していないが、悪化もしていない。勝負はここからであった。
「状況を説明しろ」
「敵は硬い鱗に覆われており、中級以下の魔法は無効化されるのを確認しています。上級は試していませんが、鱗一枚の効果がそれなので、複数が重なったなら軽減効果くらいはあると予想出来ます。剣撃は関節部分であれば通用するのですが、脚に比べて尾がかなりの速度を誇ります。また弱攻撃では奴の魔力吸収による自己再生で無効化されます。ブレスは火属性で、中級の盾を5秒で炭化させる威力です。翼の再生はさっき迄の様子から判断するに、恐らく十分未満で為されると考えるべきかと」
「……お前、そんな才を秘めていたのか」
「いやだからこの際それは置いておいて下さいって。しつけーな先生」
「オイ」
少し冗談を交え、場の張り詰め過ぎた緊張感を緩和するジャミール。彼はこの魔獣に覚えがあった。故に。
「語らせておいて悪いが、お前の話で確信した。アレはインペリアルドラゴンだ」
「インペリアルドラゴン……」
「お前の読み通り上級の魔法は通る、が鱗の上からだとある程度は軽減されてしまう。あと鱗を斬るなら熟練度の高い者が高威力の武器で攻撃する必要がある。つまり俺だ」
「先生なら鱗ごといけるって事?」
「いや、それでもある程度は鱗を剥がす必要がある。アレは過去に斬った事があるが、斬り傷程度ならまだしも、断ち切るなら鱗の無い部分の方が確実だ」
そう言ってドラゴンを睨みつけるジャミール。彼ならば斬れる、だが斬れるのはあくまでも鱗を剥がし、かつ敵が大人しくしていた場合に限るのだ。
「まっ、首を跳ねてもコイツはー」
ジャミールがそう言葉を紡ごうとした、その時。
「なっ!? こいつ急に!」
「走りだす構えだ、クライブの兄貴横に飛べ!!」
「チッ!」
落ちた衝撃から体制を整えたインペリアルドラゴンは魔力を自身に強く纏い、そして正面を睨み始める。やがて。
「走るぞ! 追え!!」
「ッ!!」
ロビンが居る方角へ向けて、一気に走り出したのだ。
━
「追いつけない速度ではないが、これは……」
土埃を纏いながら、まるで馬と見紛うかの如くギャロップ走法をキメるインペリアルドラゴン。その巨体からは想像も出来ぬ動きに一同は困惑、したのだが。その速度は追いつけない程のそれでは無かった。飽くまでも、この巨大で為されるのが驚きであるというレベルの範疇だ。故にー
「とっととケリを着けるぞ! 足止め!!」
「おぅよ! 俺に任せて下せぇ!」
攻撃面では活躍する場面のなかったサジだが、こういった状況では話が変わる。彼は魔力を構築すると、次々に魔法を形成していく。
「進撃を阻む泥鉄の壁、大地を覆う泥沼の染々、進撃を阻む泥鉄の壁、大地を覆う泥沼の染々」
連続で繰り出される中級魔法、その一つ一つの魔力的な消費は大きくないが、詠唱破棄でこうも連発してサジと言えど長くは保たない。だが彼は長期戦を見越している訳ではなかった。故に、ここに賭けたのだ。
足元に発生させた【盾】はインペリアルドラゴンの歩みを僅かに鈍らせ、その鈍った脚の着地点に泥沼の床を用意する。そこへ脚を突っ込んだドラゴンは体制を崩し、更にその踏ん張りを効かせたい反対の脚の出始めに【盾】を壁として出現させる。支えが間に合わず、身体全体が横に倒れようというタイミングで背中の位置に泥沼を設置。これによって僅か数十センチではあるが背中が沼へと沈んだドラゴン。立ち上がるまでに数秒は掛かってしまう。
「削れぇぇぇぇ!!!」
「【燃ゆる炎の種、百歩進んで山と為し千差散りて空と成す、我願いに応え炎塊に秘めし大いなる力を顕現せよ】」
「【燃ゆる炎に焚べられし砂、幾年を経て魂すらも宿りし灼熱の岩々ー」
「ー!? お前らその詠唱は……」
ジャミールのその言葉に、この時の為に残していた最後の魔力を全て注ぎ込み、詠唱を始めるクライブとラディック。だがそれは彼の想像したそれでは無かった。
部分的な破壊、そこから中級魔法を畳み掛けるイメージ。だが二人の選択した詠唱はどちらも中級のそれでは無かった。その上、ラディックのそれに関しては口上のそれすら記憶に無い物を紡いでいた。
威力は未知数。
だが中級の連発よりも遥かに期待値の高い攻撃。
(デカいのが来る、この二人のコンビネーションなら俺がサポートに入る必要すら……ならば!)
ジャミールは思考を直ぐに切り替える。
だがインペリアルドラゴンがこのまま見す見す見逃す筈も無く、接近した二人の魔法使いに直ぐ様対応し始める。
「ギャオオオオオ!!!」
「拙い! 狙いはラディックの兄貴だ!!」
「其は天を蹂躙する蓬左の夢!!」
ドラゴンの尾が、ラディックを強襲する。
だがしかし、それが届くよりも僅かに早く彼の魔法が完成する。そしてそのままクライブはラディックの前へと踊り出るとー
「桜花爛漫!! させるか!!」
「ー!!?」
全ての魔力と火花を身体に集約し、自身の持つ全てを以てドラゴンの尾へと斬り掛かった。
ーイイィィィン!!!ー
その渾身の一撃は尾を切断するには至らなかったが、見事に弾き飛ばし、ラディックがその未知の詠唱を完成させるまでの時間を稼ぎ切る。
「進撃を阻む泥鉄の壁」
阿吽の呼吸でサジがクライブの足場を作り、尾を弾いた直後に更に全身する。そしてー
「桜襲の陣!!」
「ゲギャッ!!?」
「後は任せたぞラディック!!」
ドラゴンの顔面に交差する二筋の傷を作った。
鱗は跳ね飛ばされ皮膚が剥き出しとなった上で、ドラゴンは一瞬、視界を失ってしまう。その隙にクライブはドラゴンの身体を足場に素早く退避する。
「ー我願いに応え溶けた大地よりその姿を顕現せよ】」
そして、稼がれた時間に依って紡がれる最後の詠唱。
左手に集約した土の魔力と、右手に集約した火の魔力を極限まで高めた状態で、目の前で手を合わせ二つのエネルギーを混合する。
瞬間、魔力が迸る。
それはまるで祈りの姿とも言えるその様から両手の内に溢れんばかりの魔力を激らせ、そのままその手を右腰辺りまで引き、集中する。
紡がれるそれは、恩師に賜った秘蔵の銘。
再び強く両手を突き出し、ラディックはその魔法名を叫んだ。
「大地を貪りし灼熱の龍!!!」
瞬間、大地を唸り岩石を溶かし喰らう灼熱のドラゴンが、ラディックの両の手より放たれる。
空気を焦がす高温がまるで龍の叫び声かの様に錯覚する程の異音。そのけたたましい音と共に周囲は燈に照らされ赤黄色く染まり、灼熱の龍はインペリアルドラゴンへ向かい只進む。そしてー
「グギャアアァァァァアアアァアァァァァ!!!!」
ラディックの渾身の一撃は見事インペリアルドラゴンの顔面に直撃する。
同時に起こる大爆発。
信じられない程の高熱がインペリアルドラゴンを中心に発生し、これだけでも既に倒したのではと錯覚する程の熱風が辺り一帯を駆け抜けた。だがー
そんな誰もが慢心してしまいそうな瞬間に、一人の男が駆け出していた。純黒色に輝く大剣を携え、己が生徒の攻撃に思わず笑を溢しながら男は叫んだ。
「良いアシストだ!! ラディック・デマイズ!!」
インペリアルドラゴンの生存を確認したジャミールが着弾から数秒遅れて飛び出し、剣を振りかぶる。両手で握られた大剣は天を突く勢いで振り上げられ、そして。
「ウォラアアアアアァァァァァァ!!!」
鱗を失い、隙だらけの状況で鮮血に滲むインペリアルドラゴンの首を。
見事、真っ二つに叩き斬ったのだった。