066:ロビン・ラックと死の少女-7-
場面は変わって魔核周辺。
「ふぅ、粗方倒せましたかね」
「助かったよリクゼン殿、お陰でかなり消費が抑えられた」
「主人の命じゃ、気にせんでくれ。ワシはもう限界じゃ、そろそろ帰るぞ」
「助かったよ、また礼は改めて」
「礼など要らんわアホたれ」
「ん、ありがと」
既に消耗し切っていたリクゼン。
彼はラディックが体力の回復に努め始めた後も戦いを継続しており、クライブ、サジの両名を大いに助けていた。だが幾ら彼が強いからと言ってもやはり限界はあり、目が虚になりつつあったリクゼンを戻し、休んで貰う事に。
だが全ての魔獣を倒せた訳ではない。
その後も二人の助っ人達は漸く魔獣は掃討作業を続けた。そして今なら一呼吸くらいは落ち着けるかという、このタイミングで。
「なんだ? 魔核の魔力に揺らぎが……?」
「こりゃ、来ましたかねぇ」
魔核の揺らぎを察知する。
やがて大地に巨大生物の鼓動と思しき脈動が伝い始める。大地そのものがまるで生きているかの様な力強いその振動は、三人が間も無く始まる戦いを予感するには十分過ぎる圧力を孕んでいた。
よっ、声を漏らして立ち上がったラディック。
パタパタと腰元の砂を払い、軽く柔軟を行いながら次の動作に備えている。
「だな、俺はちょっと休めたから助かったよ」
屈伸運動をしつつ二人の顔を見ながら感謝の意を示した。一方でこちらの二人はー
「俺らはちとキツいですねぇクライブの兄貴」
「言ってる場合か、やるしかないだろ」
やや疲弊の色が伺えた。
先に排除した敵戦力は浪費を避けつつも快勝、したにはしたのだが。きっちりと魔力を消費しており、その上でこの場での戦闘で確実に疲労は蓄積していた。
だがその反面ー
「俺は二人のお陰でかなり魔力を節約出来てる。まだそれなりに動いたとしても、大技分は十分に残る見立てだ」
魔力に余力を残せたラディック。
それは一重に二人のサポートの賜物であった。
「そりゃ頑張った甲斐があったってもんだ。ねぇ兄貴」
「俺もまだ大技分くらいは残せている。問題は出しどころだな」
「うへぇ俺だけかー。それにしても大技ねぇ、俺もそろそろそういうの必要ですかねぇ」
サジが自身の課題に関して語りかけた、まさにそのタイミングでー
「「「ー!?」」」
魔核に対して何かしらの施しをしたジーマが、このタイミングで合図を送っていたのだ。そしてー
「いよいよか」
「来るぞ、構えろよ」
「やれやれだぜぃ」
「気を引き締めろ」
「へーい」
「グギャアアアアァァァァアアアァアァアアアァァアアアアアァァァァアアアァアァアアアァァアアアアアァァアアァアア!!!!!」
「いやいやオイオイこれは、幾ら気を引き締めたからと言って流石に……」
構えろと言ったクライブに対して、そこから生まれたそれを見て言葉を失ったサジ。魔核がまるで卵であるかの様にその殻を破り、中から現れた魔獣。
溢れ出る魔力は可視化される程であり、一見してその危険極まりない事実が脳内で警鐘を掻き鳴らした。
竜族、その中の四足翼竜系統。
魔核魔獣インペリアルドラゴン。
「翼は……機能していなさそうだな」
「不幸中の幸いってやつですね」
出現に伴った煙が舞う中、赤く光る瞳が不気味に輝きを放っていた。
全長は25メートルを超えており、また全身は黒光りする光沢ある鱗で覆われている。その鱗の効果で中級以下の威力の魔法は無効化してしまい、また身体中に走っている薄く浮いた青いラインは空気中の魔素から魔力を吸収している。無限に炎等を吐き出し続け、魔力放出がなければ魔素の分だけ成長する。究極に至る可能性を秘めた魔獣の一匹である。
「……何か手立てはあるか?」
クライブが額から汗を流しつつラディックにそう尋ねた。その言葉には「俺には見当たらないが」という意味合いが多分に含まれている事をサジとラディックは感じていた。その中で、何故ラディックに問い掛けたのかだが。
それはラディックが既にその眼を【魔眼】へと変えており、これだけの圧倒的な存在を前に未だ諦める様子を微塵も感じられなかったからに他ならない。
「空気中の魔素を吸ってる、多分回復、或いは成長してる、かな。その魔力が翼に回りつつある、多分そこを巨大化させたい可能性が高い」
「翼か……ヤベェですねぇ」
「全体の魔力は……見た事ねぇけど多分帝級クラス、少なくとも上級なんて範囲には収まっちゃいないね」
「帝級クラスの永久に回復する魔獣……そんなモノどう倒せば……」
魔素を吸って回復する、そんな脅威的な話を聞かされ倒す手段などあるのかと困惑していたクライブ。
「いや、倒せる」
そんな彼に対して、ラディックはハッキリと可能性が「ある」言い切った。
「奴は魔獣だ、倒せない道理はない。じゃなきゃこの種が世界に蔓延って跋扈している筈だ。そうなってない事実が殺せる証明に他ならない」
「……そりゃねぇ」
「なら後は諦めるかどうかだ」
「……だな。悪い、弱気になってた。そもそもやるしかないんだ。弱腰な態度を許して欲しい」
「んや、十分前向きで助かってるよ」
難色示すパーティに活路を示し、そして指揮を高める。ベテランのデマイズの獅子たる母スカーレットを黙らせるラディックである。どうやらこういった場面で彼は本領を発揮するらしい。死地を超えるという経験値は、彼の精神を飛躍的に成長させていた。
「最初は兎に角多種多様な攻撃を仕掛けてくれると助かる。撃破目的ではなく、ダメージがより有効に通る場所を見極める為だ」
「成る程、分かりやすいっすね。それなら俺でもやれる事はありそうだ」
「それで行くか」
「その後の動きはそれ次第だ」
「了解」
「いきやすかァ」
三人は行動を開始した。
━
「【燃ゆる炎の種】、火炎!」
散開した三人は三様に走り始め、そしてその中でまず最初に仕掛けたのがクライブだった。詠唱を紡ぎ、放たれたるは初級魔法。だがこの攻撃はー
「……当たったよな? 弾かれたか……相殺されたか、いや、これは効いていないのか?」
「魔法、無効化ですかねぇ」
直撃確実なラインを走っていた【燃え盛る大火炎】は当たったと思われるタイミングで消失してしまう。そして魔力の見え方から無効化ではなかろうかと打診するサジ。だがラディックはー
「もう一発頼みたい、確信が欲しい」
先程以上に眼を凝らし、その消失仮定を見極めんとしていた。
「それなら俺に任せて下せぇ」
ラディックの言葉の意図を汲み取ったサジは魔力を構築し、先にクライブが放ったそれ以上の魔力を練り上げる。そしてー
「【佇む地表の砂、我願いに応え大地に秘めし大いなる力を顕現せよ】交差する砂刃の嫉意!」
ラディックの要請によりその手先を手刀の如く走らせ、砂のブレードを衝撃波として放ったサジ。
だがこの攻撃もやはりー
「当たっ……てはなさそうですね」
(攻撃した魔法が完全に消失している。そしてさっきも今回もあの鱗から何かしらの魔力反応があった。恐らくアンチマジック、その上で一発目の時と二発目で鱗周辺で発生した魔力が同等だった。なら規模はー)
「中級以下に作用するアンチマジックだ! 中級以下は確実に無駄になる、やるなら上級以上、もしくは直接攻撃だ」
「魔力解析が早いねぇ、すげぇやラディックの兄貴」
「中級以下は確実に無駄か、指示が的確なのは有難いが、中々にキツい事言ってくれるな」
「俺ァ上級はまだ使えねぇ、斬撃で様子を見ます」
「頼む」
周り込み、インペリアルドラゴンの死角であろう位置から斬撃を試みるサジだが、甲高い金属音が鳴り響くだけでダメージは見られない。それどころか。
「おっと! うへぇ危ねぇー」
攻撃を仕掛けたサジに対してインペリアルドラゴンの尾が迫り、彼はこれを何とか回避。その攻撃の余波たる風圧だけで僅かに後退させられたサジ。直撃していれば甚大なダメージが予想される強攻撃、そんな攻防の最中ー
「継ぎ目は有効だ!」
「鱗の無い部分だな」
腕、脚、首など、可動する関節部分はその性質上僅かに隙間を帯びており、そこから斬撃を仕掛けたクライブの攻撃が通っていた。攻撃は可能の様だ。
「形成される砂の剣」
走りながら幾つものナイフを地面から引き抜いては投げ続けるラディック。そして彼もー
「例の継ぎ目、初級魔法も通るみたいだ」
「成る程、魔法無効化は本体ではなく鱗のみの効果か」
少しずつ情報の精度が上がっていく。
だが今は安全を確保する為、接近する攻撃は控えている。それは先にそれを試みたサジは尾による反撃を貰いかけていたからに他ならない。彼の俊敏性故に回避が叶ったが、その彼でさえ場合に依っては当たると考えていた。他二名が警戒しない筈も無かった。
故に不用意に接近する事は出来ず、また魔法攻撃が通る継ぎ目というのも、ダメージが見込まれる程の魔法であれば接近は必須だろう。何故ならば規模が上がれば攻撃のサイズも上がり、鱗のアンチマジックの範囲に触れてしまうからだ。
手立てがありそうで前に進まない状況。
そんな中ー
「こいつまさか……歩こうとしているのか?」
「拙い、こっちはロビンの居る方角だ」
産まれてから硬直していたインペリアルドラゴンはゆっくりその脚を上げ、前に踏み出した。ただそれだけの事で地面は揺れ、岩が転がり、土埃が舞い上がる。
そして大きく天を仰ぐと、魔力を集中し始める。
「ブレスを吐くぞ!!!」
「進撃を阻む泥鉄の壁!」
狙われたのは一番近くで次の斬撃を狙っていたクライブだった。そしてその直前に魔法で盾を三枚出現させ、何とかこれを受けようとするも。
「兄貴はやく脱出を! 盾が炭化しちまう!!」
「クッ、悪い助かった」
信じられない火力で放たれるブレスはクライブを含む周囲一帯にダメージを及ぼしており、サジが出した盾は5秒程クライブを守った時点で炭化し炎に飲み込まれてしまった。だがその僅かな時間の内に何とか逃げ出せていたクライブは事なきを得ていた。
ブレスが吐かれた後の地面は岩しかないにも関わらず燃えていた。小石は溶かされ、地面はマグマの様に赤く光っており、その攻撃の威力の高さを示すには十分過ぎる光景を生み出していた。
「寄れば打撃が、離れればブレスが来るのか、洒落にならんな……」
そんな中、状況に飲み込まれず、ひたすら【形成される砂の剣】を投げ続け、攻略の糸口を探し続けるラディック。
(腕、脚、首にそれぞれ弱点はある、だが長い尾が邪魔で接近しきれない。あの攻撃は盾でも防げなさそうだ。なら隙を作って大技を急所に撃ち込むしか……けど、俺のあの魔法じゃ接近戦には向かない。どうする……)
恐らくそれが大型の魔獣であっても、急所に撃ち込んだなら沈められるだけの魔法を所持していたラディック。彼はその一撃をここで使う為に魔力を極力温存し続けてきた。だがそれには詠唱の時間と集中力が必要となり、至近距離から放つとなると、その前にカウンターを食らってしまう事は容易に想像出来たのだ。
それに、半端にそれを使えば複数の鱗の上から攻撃せざるを得ない。その場合、どこまで威力が軽減されるかが未知数であった。だが、それを試せる程の魔力的な余裕が三人にはない。
だが、そんな手探りの時間さえもー
「こいつ、翼が!!」
「拙い!」
周囲から集めた魔力を全て背中へと集中させ、翼が光り始めたかと思うと、それはやがて大きく変貌を遂げていく。最初こそインペリアルドラゴンの大きさに合わない小さなサイズの翼だったそれが、最早いつでも飛び立てるであろうサイズへと巨大化する。
慌てて接近を試みるクライブ、だが。
「な!? くっ……ぐぁっ!」
前脚に振り払われ、直撃こそ回避したにも関わらず、風圧で跳ね飛ばされて壁へと激突する。
「俺の攻撃力じゃこういう時何も出来ねぇんだよな……大地を覆う泥沼の染々! ダメか……」
地面を泥沼に変化させる事で行動を阻害しようと試みるも、サイズ感が違いすぎ、脚の一本のバランスを崩す程度でしか機能しない。インペリアルドラゴンの全身を覆う程の沼を出すのであれば上級クラスの魔法が必要となるのだ。
そして、インペリアルドラゴンがその大いなる翼を拡げる。
「止めろー! 飛ばれると手立てが無くなるぞ!」
「っつったってよォ!」
「くっ、だからって……」
空に上がられては太刀打ち出来なくなってしまう。それに周囲に及ぼす被害も計り知れない。今ここで仕留めなければ……だがラディックの持つ上級混合魔法一つでは倒し切るには至らない。敵が万全の内に放てば完全に防がれる可能性すらあるのだ。
(手立てが……)
(ない!)
決定打に欠ける。
必死に抗うラディックにサジ。
激突した地面から立ち上がろうとするクライブ。
そんな三人の努力を嘲笑うかの様にー
インペリアルドラゴンは空に舞い上がった。
「待たせたな! ウォラァァァァァァ!!!」
「ゲギャァァァァァァァァ!!!」
黒い影が岩壁の上から飛びが上がった。
そして次の瞬間には、その手に握られた3メートルに匹敵しそうな大剣を軽々と振り抜き、インペリアルドラゴンの片翼を斬り落としていた。
下にばかり気を取られていたドラゴンは上からの攻撃にまるで反応出来ず、バランスを崩してそのまま地面へと落下する。
大地は揺れ、とんでもない量の土埃が周囲を埋め尽くす。
そしてその土埃の中から現れたのは。
「待たせたな、ラディック・デマイズ! 良く抑えてくれた!」
「せ、先生……来てくれたのか……」
ジャミール・オンジャス、ラディックやロビンの教師であり、魔獣討伐専門の魔法使いが。
「当たり前だ! 生徒の危機で魔獣が絡んでいて、俺以外に適任なんて居るか!!」
その肩に大剣【黒嶺】を背負い、現れたのだった。