062:ロビン・ラックと死の少女-3-
「成る程な、自身と同じ幻を作り出す魔法か。それ自体は殺傷能力ゼロにも等しいが、こうも上手く使うたぁな。初めて見たぜ」
「そいつはどうも」
そうサジが返事をすると、サジから剥がれる様に隣にもう一人。片一方は本人で、もう片方は影であり幻。実体を伴わない分身を作り出す無属性魔法【交錯する真実の行方】だ。
「見破るのが早いねぇ、勘弁して欲しいぜ。まっ、関係ないけどな」
「煩せぇよ、ネタが割れりゃあ怖い攻撃じゃねぇ。簡単に二人もやりやがって」
私設ギルド【黄砂】。
構成員の多くが土属性を得意としており、上級魔法を操る者まで所属する私設ギルドの中では中間クラスの実力を保持している。そんなチームから、上層のメンバーを二人。
元山薙のメンバーは雑魚狩りと使い捨て要員として連れてこられていた。実際突入時も壁役として機能していたし、今も捨て駒として優秀な働きを見せてくれた。成果としては十分だった。
「後は俺たちがコイツらを殺ればしまいだ」
コキコキと首を鳴らし、手首を軽く回す二人。サジは気をつけてさえ居れば攻撃力がある訳ではない。故に、やり方次第では何の問題もなく無力化できるだろう。
「出番だ、【桜燐】」
隣にいる男が、何もしなければの話だが。
「【燃ゆる炎の種、百歩進んで山と為し千差散りて空と成す、我願いに応え炎塊に秘めし大いなる力を顕現せよ】」
クライブ・クラヴェラントが魔法を完成させる。
「其は天を蹂躙する蓬左の夢」
彼の右手には解放された桜燐が握られており、その目は敵を捉えて離さない。
「そんなに死にてぇならお前から殺してやるよ!! 石の飛礫!」
初級魔法の石の砲撃を仕掛ける黄砂、これを半身程ずらす事で回避するクライブ。だが、敵はもう一人居る。二人目の黄砂が既に接近しており、剣を振りかぶって。
「なっ!? んだよその魔法は!!」
舞い散る桜の如くクライブの周囲を浮遊する火花達は、その炎を襲い掛かる剣へと集約させ、これを受け止めていた。そしてその隙を突いて横薙ぎに斬りかかるクライブ。
「っ!? 危ねぇカスったじゃねぇか」
薄皮一枚で回避し、腹部に真一文字に斬られた痕跡を見て冷や汗を流す黄砂。だが油断する黄砂に更なる追撃を試みるクライブ。そんな彼に対して。
「迫る無慈悲な岩!!」
先程の牽制とは比べ物にならないサイズの岩がもう一方から放たれる。直撃でも回避でも必ず隙は生まれる。上手いタイミングの援護魔法だったが、これをクライブは。
「八重桜の陣」
何重にも為った火花壁を斜めに当てる事で砲撃の方向を僅かにずらし、回避の必要性すら発生させずに。
「桜月の陣」
「ぐはっ!!」
追撃を見事に成功させる。桜月の陣は三日月型に集めた火花を持って繰り出す斬撃なのだが、見た目ほど硬質化しておらず、武器によるガードはすり抜けて直撃してしまう。ある種、防御無視の様な技である。
「さて、後はお前だけだな」
「くっ……【 散在する地表の砂、集い固まりて岩となし、岩やがて巨岩となる、我願いに応えその大いなる姿を顕現せよ】! 地を揺らす巨岩の来訪!」
追い詰められたもう一人は咄嗟に後ろへと下がり、そして自身の渾身の一撃である【地を揺らす巨岩の来訪】を撃ち放つ。
「八重桜では防げんな。仕方ない、桜鮠の陣」
「なっ!?」
防御するでもなく、回避するでもなく、迫り来る巨大な岩砲に対してクライブは前に出たのだ。火花の魔力を自身に纏い、それをまるで一匹の魚であるかの様に一点集中する突型の攻撃。
岩砲は確かにクライブを捉え、直撃した。だがクライブはそれを突き抜け、なおも止まる事なく敵へと向かい。
「く、来るなぁーーーぐはっ!」
黄砂の二人をたった一人で斬り伏せた。地に沈んだ黄砂の横を悠々と通り抜けるクライブとサジ。そんな中、黄砂の二人は。
「な、言った通りだったろ? 俺の交錯する真実の行方を見破った所で関係ないのさ。さ、ラディックの元へ急ぎましょう」
「だな、十分手間取った。これ以上は不味い、急ぐぞ」
消え行く意識の中、そんな言葉を耳にしていた。
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「やれやれ、俺も焼が回っちまったかな。自分からこんな役を引き受けるとは。少し前まで考えもしなかったってのによ」
ロビンやミア、そしてジーマら一行。彼らは既に一度魔獣達に捕捉されている。故に本来ならば、既にその群れに追い付かれ、各戦場は全員で死ぬしか選択肢の無い状況になっていただろう。
魔獣の数は凡そ500。
本来ならばギルドが連合して対処する様な案件だ。この戦場に於ける最も死地と呼ぶに相応しい場所に、ラディックは立っていた。
ロビンやミアが走り抜けた後、それを追う魔獣達が活気盛んに迫り来ていたその場所に。彼は一人で立っていた。
否、正確には一人ではない。
一人と二匹と称すべきだろう。
「悪いなリクゼン。付き合ってくれ」
「主人の危機とあらば仕方あるまい。ワシとてこの赤棒を振う戦場が欲しかった所じゃ」
ラディックの右隣に控えるは金白色の毛並みを携え、その上からデマイズの衣装に身を包む金色の猿鬼、リクゼン。彼はラディックに呼び出され、その腕に収まっていた魔道具から赤棒を呼び出すと、クルクルと回転させやがて肩へと落ち着かせる。彼はラディックの使い魔である。そして。
「そう言ってくれると助かるよ。アバラも、悪いが当てにさせて貰う」
「姉さんの命だ、違える気はない。我とてこれ程の死地は久しい。存分に暴れてやろうではないか」
「やっぱ頼もしいな」
そしてラディックの左隣に控えるは白色に赤い紋様を備えた大型の妖狐、アバラ。彼はラディックの母、スカーレットの使い魔であるが、制限時間付きで一時的に共闘してくれている。スカーレットと共に戦場を駆けてきた歴戦の勇だ。そしてその二匹を使役するこの男。
「さて」
ラディックはその眼を紅く染める。まるでこれから始まる惨劇表すかの様な血の様に紅いその眼を輝かせ、こんな状況だと言うのにも関わらず、薄く笑っていた。
「狩りの時間だ」
戦いが始まる。