060:ロビン・ラックと死の少女-1-
ーそして場面は戻り、魔核の佇む戦場。
「ハァハァ……、大丈夫? ミア」
「……どうして」
へたり込んでしまっているミア。神々しい輝きを放つ扉は健在で魔法の衝突音は止んでいた。代わりに、騒めく様な気持ちの悪い雰囲気が辺りに漂う。
「チッ、何だってんだ」
「誰だそこにいやがるのは!」
「どう言う事だ、聞いてねーぞ!」
「殺ったのか!?」
「見てわかんねーのか! まだだろ!」
「煩せぇ!!」
そんな空気を形成しているミアを殺そうと躍起になっている面々は、【閃光神の守護】が消えた事でミアの無事と、それを成したのが同じ様な子供である事実に気がついてしまう。
「何だ? ガキが一匹増えてるぞ」
「どう言う事だ?」
想定外の状況に騒めきが内部にまで波状するジーマ一行。下っていた命令が命令だけに、こういった不測の事態には疑心暗鬼に陥り易い側面を孕んでいた。そしてまたミアも。
「……な、なぜ」
震える様な声で、隣りに毅然と立つ少年に声を掛ける。だが少年の顔は真剣そのもので。敵の数、強さ、魔獣の位置、全てに気を配りながらゆっくりとミアの隣りへと移動する。そして。
「助けにきたよ、もう大丈夫」
「……ふぇ?」
何を以って「もう大丈夫」なのだろうか。どうして助けに、何故貴方が、どうしてここを、さっきの魔法は。何一つ回答がでないミアはあまりの混乱から言葉を出し兼ねていた。よく分からないがひとまず落とした魔杖を拾っておいた。
「コッチだ」
「……はぅ」
手を引かれる。
半ば強引にロビンがミアの手を掴み、そしてジーマ一行がいる側とは逆側に向かって魔核の隣りを走り始める。魔獣が集まり始めていたのだ。
「正面、魔法いける?」
「……! 怒る水球の進撃」
助けに来たと言いつつもすぐにミアに頼る辺り、ロビンは自身の力を過信しているという訳ではなさそうだった。だが不思議な事に「もう大丈夫」がミアの心を支えており、ついさっき諦めた筈の【生】のすぐ隣りには未だ変わらず【死】があるにも関わらず、どこか気を持ち直していた。
魔獣の囲いを抜ける為の中級魔法を正面に放ち、敢えて攻撃速度を落とし、代わりに威力を乗せる事で魔法の後ろを走り抜け易く調整する。お陰で囲いを抜けるには抜けられたのだが。
「怒る水球の進撃!」
「交差する砂刃の嫉意!」
そしてミアを執拗に狙う者たちもまた、囲いを抜けロビン達と同じ場所へと追いついてしまう。だがロビンは早急に囲いを抜けたかったのでまずはこれで良かった。例えミアの力が借りられたとしても、周りにはいつ襲い来るかわからない魔獣、そして上級魔法を行使する敵。ミアを生かす上で脅威をひとつずつ減らしていく。それしかなかった。
ジーマ一行がどこから来るかまでは分からず、僅かに先回りして気配を断ち、待機していたのだ。そして到着してすぐに囲いに突入したのを確認したロビンは一人擦り抜ける様に囲いを突破。また同時に詠唱を開始する。そしてミアが防げ無かった方の魔法に対して【閃光神の守護】を発動したのだ。
今ここでミアの使い魔を呼んだなら、ミアは逃げられるかもしれない。だが、今この位置、この状況で使い魔を呼んでしまうと、ある程度の確率で死んでしまうだろう。ミアはその状況下で使い魔を呼ぶ事が出来なかった。
人数差は2対7。敵は強さが未知のジーマを含む7人、まともにやり合える人数差ではない。
囲いを抜けて尚走り続けるロビンとミア。このまま行けばやがて捕まるだろう。それに捕まったなら魔獣の群れが押し寄せてくるそれらも交えた大混乱へと逆戻り。
それだけは避けなければならない場面で。
「おっと、山薙のバカと黄砂の兄ちゃん達はこっちだぜ? 進撃を阻む泥鉄の壁」
「な、何だ!?」
前を走っていたジーマと海鳴り、その後ろに突如壁が出現し、山薙と黄砂が分断されてしまう。
「構いません、走りますよ」
イライラし始めていたジーマは海鳴りにそう告げると、何より達成せねばならないミアの殺害に向けて意識を切り替えた。
故に、その場に取り残されたのは山薙と黄砂。
「何だったんだクソが、誰だ!!」
「さァ誰だろうねぇ。答えると思ってる辺りお里が知れるってもんよ」
人を小馬鹿にした様な物言いの男。
サジ・ノートス。
そして。
「やる事は多いんだ、時間をかけ過ぎるなよ」
「分かってますよ兄貴」
クライブ・クラヴェラントの二人が立ち塞がっていた。