059:ロビン・ラックと死への階段-5-
時は少し遡り、場所はデマイズの里。
ラディックとロビンの二人は残り僅かな時間をどの様に使うかを議論していた。帰り、晩御飯の時間となっても姿を見せない二人を見て訝しんだ母は、二人を呼びにラディックの部屋へと赴いた。
「くっ、ダメだ、戦力が足りて無さすぎる!!」
ラディックの声が扉の前まで来ていた母へと突き刺さった。何事かと扉を慌てて開けると、そこには地図を睨み、憔悴し切った二人が座り込み、項垂れていた。
「な、何やってんのさお前たち」
「……ちょっとな」
「ちょっとじゃねーだろ!!」
「痛っ!!」
しっかりと拳骨をお見舞いされるラディック。
「あ! えっと、その、ラディを怒らないであげて! ……下さい、……その、スカーレットさん……お願いします」
しどろもどろにラディックを庇うロビンに訳が分からない母、スカーレット。だが訳は分からなくともスカーレットは強かった。
「怒るに決まってるだろ! まず飯! そして母を頼れ!!」
「……はい」
ラディックの母は超絶怖かった。そして仕方なく彼らはご飯を食べつつ事のあらましを語り始める。そしてスカーレットは怒らずにこう言った。
「て、作戦はどうなってんの?」
「今の時点では……」
残された時間、自分達の実力、そして置かれている状況。どう考えても戦力が足りていない現実、それらを包み隠さず母に伝えると、母はこう答えた。
「……悪くないね。お前はそういう合理的な考えが出来すぎるから開眼が遅れるんだよ!!」
「それは悪かったって」
開眼の方法に気がついてからのラディックは謙虚そのものだった。何故なら眼がどうにもならない事に不貞腐れていた全てが自分のせいだと気付いたからだ。そして母もまた。
「だがこうなって来ると、お前のその思考は強味そのものだ。大事にしな」
「……おぅ」
そんなラディックを責めず、むしろ誇ってすらくれていた。故にラディックは開眼後、自らの愚かな行いについてすんなり謝罪出来たのだ。この親子の間に最早蟠りの様な物は何一つ存在していなかった。
「でだ、悪いが私は任務がある。お前らよりヤバイ件を裁かなくちゃならない。だが行くなって言っても行くんだろ?」
「当たりめーだろ、ここで逃げたら俺は一生今より強くなれねーからな。それに死ぬつもりはサラサラねーよ」
「ハッ、一丁前に言う様になったねぇ」
スカーレットは笑顔で話に応じていたが、心配していない訳ではなかった。ただ彼女は、ラディックを信じる事にしたのだ。
「族長が話を聞いて断った件だ。これを一族総出で邪魔しに行ったのならデマイズの名を汚す事になっちまう。そして私も任務がある。だから代わりにこいつに行って貰う」
「……え?」
真剣そのものなラディックに対して、スカーレットはひとつだけ出来る手助けを提案する。彼女が手をかざすと背後に一匹の狐が現れる。彼女の使い魔だ。
「アバラ、行ってやってくれるかい?」
「姉さんの息子さんの一大事ってんなら、仕方ないさな」
大きく白い狐の魔獣、アバラ。特筆すべきは頭から尾までを入れると全長4メートルを超える巨体と、その優雅な白い毛並みと顔周辺から尾へと連なる赤い紋様である。だが通常使い魔は主人の元を離れる事が出来ない。それはニクスをして不可能なのだ、最早望みはないかに思えていたが。
「アバラは姿を変える事が出来る使い魔でね。腕輪なんかになって貰っておけば、一緒に行動出来るのさ。そして一度でも今のこの姿に戻したなら、10分が限界だ。そのリミットを超えたら私の所へ戻ってきちまう。上手く使いな」
「暫く世話になるぞ、ラディック」
「アバラ……ありがとう。マジで助かる」
ラディックはアバラの強さを知っていた。彼がスカーレットや兄と模擬戦をしている所を見ていたが、それはそれは凄まじい戦いを繰り広げており、子供心ながらに尊敬を通り越して恐怖したのを覚えていたからだ。ある程度年齢がいってからは殆ど接点もなかったが、スカーレットの頼みとあらばという事で、アバラは腕輪へと姿を変え、ラディックの腕に収まった。
「後は現地までの距離を逆算するに、今日の夜中には出てた方が良いだろうな」
「勝算はあるのかい?」
アバラを預けたとは言え息子が心配なスカーレット。聞いたとて何の足しにもならない質問ではあるのだが、返事は確認しておきたかった。
「高くは無いが無くも無いって感じだな。か細いルートだが幾つか用意してあるさ。勝利条件は三つ。まずミアの奪還」
「だね」
ロビンも頷く。
「二つ目がミアを含む奪還メンバーの全員生存」
「まぁ当然だね、最後の一つは何だい?」
そしてその答えを聞いてスカーレットは呆れてしまう。
「魔核、或いは魔獣の討伐」
「……この際それは諦めなよ」
「いや、ある程度レベルの高い成功を目指すならこれも必要だ。理由は幾つかある」
スカーレットはラディックの話に聞き入っていた。
「まず、ミアの任務が失敗になると不味い可能性がある」
「……成る程ねぇ」
「この理由は、これだけの危険を冒しているにも関わらずミアが参戦している事から可能性は高い」
話を聞いてスカーレットは納得する。
「幾つかって事は他にもあるのかい?」
「単純に近隣が一気に被災の危険に見舞われるのもヤバい。命に優劣はつけられねぇが、一人助けて百人死んだじゃ話にならねーだろ」
「……ごもっとも」
これも母は納得する。だがそうなると。
「それなら何かい、お前らはミアちゃんを助けて全員生存しながら、魔獣まで倒そうとしてて、それが理由で戦力が足りないとか抜かしていたのかい?」
「悪いかよ、やるからには手は抜きたくねーんだ」
いよいよ本格的に呆れてしまうスカーレット。
「その規模の魔核なら、周りに湧く魔獣だけで数百体はいるだろうよ。そしてミアちゃんを殺そうとする奴らが10人程。そいつらは上級魔法を操る熟練のギルド員。そしてよく分からない引率の男。最後に帝級をして苦戦必至な魔獣の討伐。欲張り過ぎとは思わないのかい?」
「思わないね、最低条件だ」
「はぁ……やれやれもう好きにしな。見込みはあるんだろ?」
この質問にラディックは確信を持って答える。
「ある、薄いけどゼロじゃない。アバラが入った事で俺の立ち位置もまた少し変わる。そうなると生まれた余裕からまた少し全体が楽になる。そうやって角度を上げていくしかない。それに完璧を目指すからって、完璧でなければ失敗って訳でもない。場面で状況やクリア条件はコロコロ変わる。最善を尽くすしかねーよ」
ラディックの言葉を最後まで聞き、深いため息を吐いたスカーレット。そして彼女は少し笑いながら息子を見つめていた。呆れるのと同時に息子の成長を大いに喜んでいたのだ。
燻っていた頃のラディックは才能こそ感じようとも、肝心の【心】が未熟過ぎてとてもじゃないが対等な会話など出来なかった。それが今のラディックはどうだ。彼の横にロビンという少年が付き纏う様になってからというもの、まるで足りていなかったピースを見つけ、一気に完成へと突き進む様な成長の勢いを感じていた。
「痛っ!」
「上手くやりなよ!」
「言われるまでもねーよ。アバラ、借りてくから」
「あぁ、上手く使ってやりな」
ラディックの後頭部をパシっと叩いて気合いを送り込み、自身の介入する余地の無さを感じたスカーレットは食器を下げ、洗い物を始めるのだった。
そんな彼女は、息子が心配ではあったが、とても誇らしく、嬉しい気持ちに溢れており。
「ルールルール、ルルルルルルルー♪」
鼻歌交じりにスポンジを走らせるのであった。