057:ロビン・ラックと死への階段-3-
ザク、ザクと地面を歩く音が響いている。異質な空気、一見してまともな人物ではないと判断出来る男が歩き寄っていた。彼の力を持ってすれば、本来完全に消せる筈の足音をわざわざ派手に鳴らしているのは、友好の証か、それとも狂気のそれか。
一定レベルを越えた実力者なのは見て分かるにも関わらず、奇妙な違和感を感じさせる男、ジーマ・キャンベル。彼からすれば、ミアを警戒させないために考慮した結果なのだろうが不気味さは否めなかった。並大抵の者が至れる境地ではない。
「貴女が、依頼人のミア・ホワイトニュート。そうデスねぇ?」
奇妙なシルクハットの奥から、甲高い声が聞こえた。彼のその質問を軽く頷く事で肯定する。
「あぁ、思っていたより可憐で素敵な方デスねぇ」
「……私は、頼んでいない」
「失敬、確かに依頼主というならホワイトニュートのお偉いさん方になるのでしょうねぇ」
今回の件はホワイトニュート、そして私設ギルド公認のクエスト。公務という形で出てきているミアではあるが、やっている事はただの魔獣討伐。これはクエストだ。
「こんなガキに魔核がやれんのかよ、くだらねぇお守りに参加させやがって……」
「全くだ」
悪態付く私設ギルドの面々。彼らはギルドに所属し、斡旋を受けて依頼人を紹介して貰う事にで、職務を全うする事ができる。国に認められた公式ギルドはたった二つだけ。その二つが数ある私設ギルドを管理しており、彼らは言うなれば下請けの様な位置となる。
公式ギルドとしては私設ギルドを全て管理し、仕事の内容を把握することにより、国内での不祥事、物資の流れ、新たな事象の発見、また人材や資源の把握、などを掌握したいと考えている。
そのため公式ギルドに従う限り、私設ギルドには一部クエストで掛かる手数料の免除や魔獣の最新情報などを提供される。代償として、国益に貢献する事を第一として活動すること、有事の際には国の戦力として戦うことなどが義務づけられるという訳なのだ。
だが今回クエストは私設ギルド公認であって公式ギルドの公認ではない。つまりホワイトニュートが自分達の窓口から独自に任務を依頼し、通常の任務より高額の報酬を用意している。そういう小汚い話だった。
「他の奴らもビビったなら帰りな、そうすりゃ面倒も減って俺たちの手柄も増えて大助かりだぜ」
「出来る訳ねーだろ、既に前金を受け取ってんだよ。テメーも、俺たちもな。考えて物を言え」
「あぁ!? やんのかコラ!!」
ジーマは溜め息を吐きながらこう割行った。
「我々は皆目的を同じくする同志ではありませんか。共に行きましょう、そして早期解決の後に酒を飲み騒ぎましょうではありませんか!」
少し芝居掛かったジーマの発言に、舌打ちをしつつも怒りを収める男たち。彼らは【黄砂】と【海鳴り】のメンバーなのだろう。
これはアルカンシエル王国が抱える闇の一端だ。私設ギルドが国に報告せずにクエストを受け、その上で報酬を貰う。それくらいならまだマシなのかもしれないが、そういう場にこそ闇の中で取引される様な違法アイテム、麻薬、奴隷の売買、暗殺、が為されている。それこそ公認で非公認な動きをしている者達の代表はデマイズなのだろうが、彼らは矢面立ってそういったグレーな仕事を受ける事で、闇の増大に牽制している役割を果たしている。
今回の様な私設ギルドの闇営業は必ずと言って良いほど違法性を孕んだ内容となっており、事が露見すれば懲罰が待ち受けている事は百も承知だろう。それを差し引いて余りある報酬に目が眩んでは、最早仕方のない話なのだ。
「さて、それでは我々の目的をハッキリさせましょうか」
そう言って現場を仕切り始めたジーマ。
「まず、何に於いても魔核の破壊、これだけは成されなければならない」
地図を広げ、それを壁面へと固定する。長い棒の様な物を手に持っており、魔杖かと勘違いした者が一瞬身構えていたが、どうやらただの棒の様で。
「ここに魔核が確認されています」
彼が指し示すのは断頭岳、その奥地である。周りは岸壁に囲まれており、木々は殆ど生えておらず、自然生物は殆ど見られないという。だがその一方で人が出入りしない事で魔獣たちの楽園となり、厄介な場所にもなっていた。そしてそこは魔素の濃度も高く、魔石を狙う採掘家やハンターが稀に出入りするらしいのだが、生還率は非常に低く、命と引き換えにする程の事でもない故に、どうしようもなくなった者が最後に縋る一発逆転の方法としても知られていた。
「確認されてんなら壊せよカスどもが」
「いえいえ、それがそうもいかないのデス」
そう言葉を被せられると、男は不機嫌さを露わにするも、ジーマに静かに睨みつけられ黙ってしまう。
「実はこの辺り、既に中級以上の魔獣の群れが発生しております。数は先遣隊が軽く確認した時点で500以上」
「中級が500か。倒すのなら相当骨が折れるがどうするんだ?」
「故に彼女がいるのです、ねぇミアさん?」
「……」
そんなジーマの振りに、ミアは答えなかった。だがそれさえも嬉しそうに見つめると、ジーマは更に話を続けた。
「彼女は上級魔法を詠唱破棄出来るレベルの魔法使いです。魔核に関しては彼女が何とかしてくれます。故に我々の仕事は【彼女を如何に魔核へと導くか】と、そうなってくる訳ですね」
ジーマのこの発言を受けて、その場にいた男たちは「それくらいなら」と互いに顔を見合わせていた。短期決戦、突っ込んで、魔核を破壊し、撤退する。魔獣の討伐は頼まれておらず、依頼されているのはあくまでも魔核の破壊なのだ。
依頼が困難で魔核へと辿り着くのが難しければ難しい程、本当の任務の難易度は下がる。
彼らは皆、自分が騙す側だと信じており、任務達成の為のチームという建前の元、仮初めの団結を見せているに過ぎないのだ。
「何か質問はありますか?」
そう問いかけるジーマに対して、男たちは沈黙を貫いた。これ以上目立ちたくもなければ、必要以上に仲間意識も持ちたくない。任務が始まれば殺す相手達、今回の件は普段のそれに比べて報酬の額が凄まじい事になっている。
着いて行き、後ろからミアを殺す者達を殺して任務達成。
魔核だ魔獣だは極力無視して脱兎の如く逃げ出し、報酬を受け取る。完璧な流れだった。それが一つのギルドに与えられた任務なのであれば。
だがもし、その任務が全てのギルドに言い渡されているのであれば。
現場では誰がどうポジションを取るのか。
「ふふ、それでは明日に備えて今日は解散しましょうか」
ジーマは楽しみで仕方なかった。